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シリア領内からイスラエルにミサイルが発射される:イスラエルの爆撃は報復なのか?

青山弘之東京外国語大学 教授
Enab Baladi、2023年7月2日

イスラエル軍は7月2日、シリア領に爆撃を実施したと発表した。

爆撃はシリア領内からのミサイル攻撃への報復として行われたように読み取れる。だが、イスラエルとシリアの双方が開示した情報を精査すると、シリア側がイスラエルに報復を行ったというのがおそらく事実だろう。

イスラエルによる異例の発表

イスラエルがシリアに対して爆撃をはじめとする侵犯行為を行うのは今年に入って18回目、2月6日にトルコ・シリア大地震が発生して以降では15回目となる。

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イスラエルは通常、シリアに対する侵犯行為について公式に発表することはほとんどなく、シリア側が発表するのみである。だが、今回は、イスラエル軍がまず発表を行った。その経緯は以下の通りである。

イスラエル軍のアヴィハイ・アドライ報道官は7月2日午前0時48分、ツイッターを通じて、シリア領内からイスラエル領内に向けて対空ミサイル1発が発射され、同ミサイルは上空で爆発したと見られるとの速報を発表した。

その1分後の午前0時49分、イスラエル国防省もツイッターを通じて、シリア領内からイスラエルに向かって対空ミサイルが発射され、ミサイルがイスラエル領空で爆発したと発表した。

そして、その7分後の午前0時56分、イスラエル軍は、これに対する報復として、イスラエル軍戦闘機複数機が地対空ミサイル発射台を含む複数の標的を爆撃したと発表した。

その後、アドライ報道官が午前4時53分に、イスラエル軍の戦闘機複数機が、イスラエル領内にミサイルを発射したシリア領内の防空ミサイル発射台を狙ったと発表した。

さらに、アドライ報道官が午前11時1分、イスラエル軍の戦闘機複数機が、イスラエル領内にミサイルを発射したシリア領内の防空ミサイル発射台を爆撃したとしたうえで、同地の複数の標的も爆撃したと発表した。

イスラエル国防省とイスラエル軍の発表に従うと、シリア軍から地対空ミサイルが飛来したことへの報復として、イスラエル軍がシリア領内を爆撃したことになる。

シリア側の発表

だが、シリアの発表は異なっていた。

シリア国防省は7月2日午前1時28分、以下のような声明を発表した。

軍事筋:本日(2日)夜明け前、午前0時20分頃、敵イスラエルは、(レバノンの首都)ベイルート北東上空方面から(ヒムス県)ヒムス市一帯の複数ヶ所に対して爆撃を行い、シリア軍防空部隊がこれを迎撃し、被害は物的被害に限定された。

Facebook (@mod.gov.sy)、2023年7月2日
Facebook (@mod.gov.sy)、2023年7月2日

また、これに先立って、国営のシリア・アラブ通信(SANA)は、テレグラムで7月2日午前0時48分、フェイスブックで7月2日午前0時49分、ツイッターで午前0時50分に、爆撃が行われたと速報で伝えた。

Telegram (@SyrianArabNewsAgency)、2023年7月2日
Telegram (@SyrianArabNewsAgency)、2023年7月2日

Facebook (@syrianarabnews)、2023年7月2日
Facebook (@syrianarabnews)、2023年7月2日

つまり、シリア側もイスラエル側も7月2日午前0時48分に相手が攻撃を行ったと発表している。なお爆撃の時間について、シリア側はイスラエルの爆撃が午前0時20分頃に行われたとしている一方、イスラエル側はシリアからのミサイル発射(あるいは爆発)の時間は明示していない。

シリアから発射されたのは地対空ミサイル

この主張の違いに関して、シリア北部のフマイミーム航空基地(ラタキア県)に司令部を設置するシリア駐留ロシア軍当事者和解調整センターのオレグ・グリノフ

副センター長は以下の通り発表した。

7月2日の午前0時20分から午前0時30分にかけて、イスラエル空軍のF-15戦術戦闘機4機が、地中海からレバノン北部を経由して、ヒムス県一帯の標的に8発の誘導ミサイルによる爆撃を行った。また、午前4時35分から4時39分にかけて、イスラエル空軍F-16戦術戦闘機2機が、レバノン北部からハマー県ミスヤーフ市一帯地域のインフラ施設に対して2発の誘導ミサイルによる爆撃を行った。

グリノフ副センター長は、シリア側からの攻撃については言及していない。しかし、この発表からは、イスラエル軍による1度目の爆撃(午前0時20分から午前0時30分の爆撃)に対して、シリア軍が迎撃、ミサイルがイスラエル領内に侵入したことを受けて、イスラエル軍が2度目の爆撃(午前4時35分から4時39分の爆撃)を行ったと推察することができた。

そして、それを実質的に裏づけたのはイスラエルのメディアだった。タイム・オブ・イスラエルは、シリア領内から発射されたのが、ロシア製のS-200地対空ミサイルでそれがイスラエル領空で爆発し、その金属片が同国南部のラハトに着弾したと伝え、金属片の写真を公開したのだ。

Time of Israel、2023年7月2日
Time of Israel、2023年7月2日

Time of Israel、2023年7月2日
Time of Israel、2023年7月2日

スカッドに代表される地対地ミサイルを多数保有するシリア軍(陸軍)が、イスラエル領内を攻撃することを目的に防空部隊に配備されている地対空ミサイルを使用するとは考えられない。また、S-200は、Bukなどと併用して、イスラエル軍のミサイルや戦闘機を迎撃している。

シリア軍は、2018年2月10日に領空を侵犯したイスラエル軍4機を迎撃し、F-16戦闘機1機を撃墜、1機に損害を与えたが、この時に使用されたのもS-200である。

SANA、2018年2月10日
SANA、2018年2月10日

また、2021年4月22日には、イスラエル軍が占領下のゴラン高原上空から首都ダマスカス一帯に向けて爆撃を行ったことを受けて、シリア軍防空部隊がS-200で迎撃し、そのうちの1発がイスラエル南部に着弾している。

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なお、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、イスラエル軍の爆撃は、ヒムス市北東のナジュマ村にある貯蔵施設、タルトゥース県のカドムース町近郊のS-200防空システムを狙ったもので、「イランの民兵」1人が死亡、外国人4人とシリア人4人が負傷したという。だが、シリア国防省、ロシア軍当事者和解調整センターによると、死傷者はなく、物的被害が生じただけだという。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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