おじさんたちの「●●と言えば」は禁句にすべき
■共感力を勘違いするおじさんたち
共感力が重要と言われる時代だ。
しかしあまりに意識しすぎて空回りしている人が多い。とくに世の中の「おじさん」たちの空回りはひどい。意識しすぎてムダな努力ばかりしているのだ。
いったいなぜ、こんなにも「おじさん」たちは若い人の気持ちがわからないのだろうか。
相手の気持ちを「アテ」にいっているのが問題だ、と私は感じている。
ある飲み会に出席したときのことだ。
若い社員とベテラン社員2人が楽しそうに会話していた。若い社員は20代。ベテラン社員は50代ぐらいだったと思う。
そんな飲み会の席で、若い社員が「韓国ドラマが好きです」と言った。ベテラン社員2人は「韓国ドラマか」と言い、少し考えて、次のように質問した。
「韓国ドラマと言えば……『冬ソナ』かな?」
するともう一人のベテラン社員が、
「『愛の不時着』だろ、韓国ドラマと言えば。『冬ソナ』は古いよ」
と返した。
「そうでしょ? 『愛の不時着』でしょ? 違う? 観たことないけど」
若い社員は「まあ、そうですね」と苦笑していた。
「そうだろ! やっぱりそうだ。当たった!」とそのおじさんは大喜びしている。
私はその若い社員を観察しながら「当たってないのだろうな」と思っていた。
■なぜ「●●と言えば」は禁句か?
あまり関係ができない相手と仲良くするためには、どうすればいいか。誰だって考えるものだ。相手がどんなことに興味、関心を持っているかを知りたくなる。
その姿勢はいい。
しかし、それを「アテ」にいこうとする姿勢はどうだろう?
遠回りすぎないか、と私は思っている。
以前もこんなことがあった。
お客様との商談がはじまる前、雑談の最中にふと「最近、大阪に遊びに行きたいと思ってます」とお客様が言った。
それを聞いた営業が「大阪と言えば……」と言いはじめたので、私は危険だなと思った。「アテ」にいこうとしていたからだ。
「大阪と言えば、食べ物が美味しいですよね。お好み焼きとかタコ焼きとか」
「ええ、まあ」
お客様が苦笑しているので、
「違いましたか。それじゃあ……」と言って、営業はさらに「アテ」にいこうとする。
「大阪と言えば吉本新喜劇? あ! USJですか?」
「いや、まあ、そうではないんですが」
「違うんですか。何だろう……」
さらに営業が考えこんでいるので、
「そろそろ本題に入りませんか?」
と、一方的にお客様から雑談を切り上げられてしまった。
■アテずっぽうの質問はやめよう
共感力を磨きたいなら「自分の思い込み+クローズドクエスチョン」をすべきではない。
思い込みを捨てて、シンプルにオープンクエスチョンをすればいいのだ。
商談が終わり、営業がトイレに行っている際、時間があったので私が軽く質問してみた。
「大阪には、いつ旅行される予定ですか?」
「2か月後の予定です」
「大阪のどちらを旅行する予定ですか?」
「四天王寺です」
「四天王寺はどちらにありますか?」
「南のほうで、通天閣に近いです」
「なぜ四天王寺に行きたいのですか?」
「日本最古の建築様式が残ってる寺院だから」
「歴史的建造物がお好きなんですか?」
「そうなんです。神社でも寺院でもいいんですが、古いのが好きです」
相手のことを知りたければ、相手の答えに合わせて4~5回はオープンクエスチョンをしよう。すると点と点が繋がり、相手のことがわかってくる。
次に訪れた際、私は法隆寺や飛鳥寺などについて調べていた。案の定、そのお客様との会話は弾んだ。
このように、「●●と言えば」などと言って「アテ」にいってはいけない。まさに「アテずっぽうな」質問だ。
冒頭の飲み会の席だったらどうか。
私ならシンプルに、
「どんな韓国ドラマが好きなんですか?」
「そのドラマの魅力は何ですか?」
「どうしてそんなに話題になったんですか?」
このように質問しただろう。相手の答えを結びつけながら、何度か質問を続けるのだ。繰り返すが「●●と言えば……」などとアテにいかないことが重要だ。思い込みが当たらなかったら、自分の思い込みを相手に押し付けることになる。