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中国のネットアイドルに狂って息子を殺した農民の男に死刑執行

宮崎紀秀ジャーナリスト
中国で大人気のネット配信。本文とは関係ありません(2015年2月10日撮影)(写真:ロイター/アフロ)

 中国の重慶市で、殺人罪で死刑判決を受けた男の刑が執行された。男は32歳の農民。ライブ配信のネットアイドルに払う金を欲しさに息子を殺害したという。男を駆り立てたものは何だったのか? 

ネットアイドルに夢中

 重慶市の第三中級人民法院が発表した内容を、中国の各メディアが伝えた。

 事件は3年前にさかのぼる。

 重慶市興湖村に住む農民の男、張科は、2019年前半に、ネットを通じ、ライブ配信などを行うネットアイドルの一人の女性を知った。発表では、このネットアイドルが、様々な理由をつけて、張に対し常に金銭財物を要求したとなっているが、金銭財物とは、状況から考えて、ライブ配信中に視聴者がパフォーマーに送るバーチャルのプレゼント、いわゆる「投げ銭」だろう。

 張はネットアイドルに送る金や借金の返済に充てる金欲しさに、当時10歳の息子を殺害した。同年12月21日の午後10時頃、張は息子を近くの採石場に誘い出した上、両手で息子の口や鼻を押さえつけ窒息死させた。その後、息子の遺体を採石場まで運び、崖の下に落とした。事故を装うためだった。張は、息子の生命保険金と採石場を所有する会社からの賠償金を騙し取ろうとしたのだという。

 翌日、張は息子の遺体を見つけた後、自ら警察に通報した。

死刑囚の背景は?

 張は、故意殺人罪で死刑判決を受けた。金でネットアイドルの歓心を買おうとして保険金や賠償金を騙し取ろうとした動機は卑劣であり、手段は残忍、その罪は極めて重いという理由だった。検察側、張の側も上訴せず刑は確定した。

 そして2022年7月27日、張の死刑は執行された。

 この事件は、2つの点で痛ましい。

 1つは、わずか10歳の少年が、実の父親の身勝手な理由によって命を奪われたという点。

 もう1つは、中国が抱える農村と都市の格差という点が透けて見える点だ。

 中国のこうした司法案件の発表においては、しばしば、“文化程度”として、被告らの学歴が明かされる。張の最終学歴は小学校だった。学歴を含め、中国の農村と都市では、収入のみではない生活環境の格差が大きい。張の住んでいた興湖村を取材したメディアによれば、張には年老いた母がおり、廃品拾いをしている姿がよく目にされていたという。

ライブ配信の功罪

 中国で爆発的に人気を得たライブ配信だが、その魅力は、「双方向性だ」と、あるファンは語っていた。視聴者が、パフォーマーに投げ銭やメッセージを送れば、パフォーマーがそれに応える。張が、農村では恐らく出会えないような華やかで美しい女性パフォーマーとの、投げ銭を通じたコミュニケーションに夢中になったであろうことは、想像に難くない。

 中国ではライブ配信に関わる犯罪が多発している。ネット配信で媚態を振りまく女性が嫉妬に狂った夫に殺害された事件や、パフォーマーの熱狂的なファンが投げ銭欲しさに盗みや横領を働いた事件も起きている。人々の欲望や欲求を巧みに刺激して成長したライブ配信の市場が“ホルモン経済”と呼ばれたのもうなずける。

 もちろん、幼い息子を殺めた張の行為が許されるわけはないが、農村に生まれ育ち、ライブ配信という虚構の世界に踊らされ、死刑囚として人生を終えた張もまた、被害者だったかもしれないと思えるのである。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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