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イギリスEU離脱~科学技術はどうなる?

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
イギリスのEU離脱で、イギリス、EUの科学技術はどう変化するだろうか?(写真:アフロ)

国民投票の衝撃

イギリスがEUから離脱する…

2016年6月23日に行われた国民投票の結果は、後世の教科書に必ず記載されるだろう。市場は大荒れ、円高が進み、世界中が大混乱に陥った。

混乱に陥ったのは科学者も同じだ。

基本は落胆の声だ。

EU残留派だった科学者たち

科学者にはEU残留派が多かった。

声明は、「我々はEUの補助金を得た若者を含む、数多くの優秀な研究者を欧州大陸から採用している」と指摘。EUに非加盟のスイスが労働者の「移動の自由」を制限した結果、若い研究者の獲得に苦労しているとして、「もし英国がEUを離脱し、科学者たちの移動の自由が失われれば、英国の科学と大学にとって災難だ」と訴えた。

出典:ホーキング博士「EU離脱は災難」 英科学者有志が声明

科学者たちがEU離脱に反対しているのは、移動の自由が失われることを懸念しているだけではない。

BBCのニュース「ホーキング博士たち英科学者がEU離脱に反対するわけ」によれば、人材獲得のほか、たとえばノーベル賞受賞対象になったグラフェンの研究などが、EUからの研究資金に支えられたことを指摘する。イギリスの研究予算より、イギリスがEUから受け取る研究予算のほうが多いというのだ。

EUは、フレームワークプログラム(FP)と呼ばれる研究助成プログラムを実施してきた。

統一された仕組みでの競争化段階前の研究開発のコーディネーションプログラムとして開始された FP は、FP2 の段階で研究インフラの整備にも予算配分を始め、FP3 では単一市場を見据え、標準化につながる研究を推奨した。FP4 ではイノベーションがキーワードとして現れるようになり、FP5 以降でその傾向が強化されている。FP6 では、前述の欧州研究圏(ERA)に初めて言及した。FP7 において 5 年間から 7 年間のプログラムに変更されるとともに、予算額も大幅に増加した。

出典:EUの 科学技術情勢 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット

現在は、FP7の後継プログラムである「Horizon 2020」が運営されている。これはEU加盟国以外にも門戸が開かれているが、参加には条件がある。

イギリスがEUから離脱すれば、当然Horizon 2020から外れなければならなくなり、単一市場であるEUの恩恵を十分受けられなくなる。

しかし、先のBBCのニュースによれば、EUの規制が研究を阻害しているのではないかという声や、大型研究はEU以外の国も含めた国際共同研究で行われているから、EUにこだわる必要ないという声もあり、離脱を支持する科学者もいるという。

EUにとっても打撃

いっぽう、イギリスに離脱されるEUにとっても 世界有数の科学大国イギリスが抜ければ打撃だろう。

以前よりEUには域内格差があった。

研究開発投資や研究人材の配置は、旧来からのメンバー国に集中していた。また、FP7 の最終評価報告書によると、FP7 への参加者においても、大きな偏りが見られた。たとえば、高等教育機関については、上位 50位の参加機関は、10 の加盟国と 2 の準加盟国に集中していた。研究機関で 12 の加盟国と3 の準加盟国、企業では 11 の加盟国と 3 の準加盟国が上位 50 位を独占していた。また、上位を独占する国の顔ぶれも一定の範囲に収まっていた。

出典:EUの 科学技術情勢

イギリスは当然上位にくるEU主要国であり、EU域内の科学者にとっては、イギリスに異動しにくくなり、共同研究もしにくくなることが大きなデメリットだ。しかしながら、イギリスのほうがEUからの恩恵を受けていたともいえるので、イギリスの打撃のほうが大きいのかもしれない。イギリスに来たかもしれない人材が同じEU内のドイツや、EU外のアメリカに流出することになるだろう。

実際、イギリス在住の学生やポスドクらが「もう国に戻る」「アメリカに行く」などとツイートしたりしているようだ(Nature News記事)。

科学に国籍はないが…

科学者、とくに基礎研究、純粋研究を行っている者は、科学的知見に国境はないと考えており、国際的共同研究も多い。だから、今回のEU離脱のような、国の間の壁を高める動きに反対するのは当然だ。

しかし、科学に国籍はなくても、科学者には国籍がある。今回のイギリスの国民投票は、このことをあらためて思い起こさせた。

イギリスはEUから離脱しても、科学研究のレベルの高さや言語で当面は優位性を保つだろう。しかし、徐々にその地位を低下させる可能性が懸念されている。

イギリスと同じ島国である日本は、科学者が異動にしくく、言語的にも障壁がある。それゆえか、日本の科学界における地位は低下している。人材獲得競争では苦戦しており、インパクトのある研究論文の割合も、世界の趨勢から取り残されつつある。

イギリスが、いわば「日本化」するということか。

今後のイギリス、EUの動向は、日本にとっても他人事ではない。今後の動向を注視していきたい。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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