「入れ替え戦のような試合」の向こう側に【天皇杯準々決勝】磐田(J2)vs大分(J1)
■J1昇格を目指す磐田とJ1残留に懸ける大分
10月27日、天皇杯JFA第101回全日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)の準々決勝4試合が行われた。
前回の4回戦(ラウンド16)が行われたのは8月18日(1試合だけ予備日の9月22日に開催)。この頃、13都府県が緊急事態宣言下にあったことを思うと、随分と月日が経過したことを実感する。以前と比べて、落ち着いた雰囲気の中で迎える準々決勝。トーナメントを勝ち残ったのは、いずれもJクラブである。
かつて「ナショナルダービー」と称されたガンバ大阪vs浦和レッズ、今年のルヴァンカップ決勝と同一カードの名古屋グランパスvsセレッソ大阪、そして新旧王者対決の趣のある川崎フロンターレvs鹿島アントラーズ。魅力的な顔合わせが並ぶ中、私が選んだのは、静岡のエコパスタジアムで19時にキックオフとなる、ジュビロ磐田vs大分トリニータ。準々決勝で唯一、カテゴリーが異なる対戦カードだ。
リーグ戦の順位表に視線を移せば、J1の大分は20チーム中18位で、J2の磐田は22チーム中1位。何やら入れ替え戦のようにも感じられるが、もちろんこの試合に勝ったからといって残留、もしくは昇格できるわけでもない。どちらにとっても、今後のリーグ戦を最重要視しているのは間違いないだろう。それでも、来季のACL出場権を手にできるとなれば、天皇杯というタイトルもおろそかにはできない。
ちなみに準々決勝にコマを進めた8クラブのうち、唯一天皇杯の優勝経験がないのが大分。天皇杯における、これまでの最高成績は2013年と19年のベスト8である。この磐田戦に勝利すれば、初のベスト4進出となり、クラブに新たな歴史を刻むこととなる。おりしもJ3時代の2016年から6シーズン、チームを率いてきた片野坂知宏監督が「今季限り」との報道もあった。ならばこそJ1残留と共に、さらなる高みを目指したい──。
それは大分に関わる、すべての人たちの総意であろう。
■セットプレーとカウンターの2ゴールで初のベスト4進出
さすがに準々決勝となると会場の空気も変わる。会場に訪れるメディアの数はいつも以上に多く、平日夜にもかかわらず大分からも熱心なサポーターが駆けつけていた。入場者数は3418人。この日行われた4試合では最も少なかったが、この顔合わせであれば、むしろよく入ったほうだと思う。
直近のリーグ戦から中3日、さらに中2日にもリーグ戦がある磐田は、現在J2ゴールランキング首位(20得点)で、次節は累積で出場できないルキアンを除いて全選手を入れ替え。鈴木政一監督も「体調不良」とのことで、服部年宏ヘッドコーチが急きょ指揮を執ることとなった。対する大分は、前節からの入れ替えは5人のみ。3バックは、いつも中央にいるエンリケ・トレヴィザンが左にずれ、代わりに本職がボランチのペレイラが起用された。
前半、ボールを握っていたのは大分。多くの時間帯、相手陣内でのパス回しを披露していたが、磐田が低い位置で防御壁を敷いていたことも影響していた。「高い位置で行けば行くほど剥がされることがわかっていたので、守備は下がり気味のところからスタートした。自陣に引きこもっていたわけではない」とは、試合後の服部ヘッドコーチの弁。実際、前半の大分はチャンスらしいチャンスもなく、シュートゼロに終わった。
先にカードを切ってきたのは、大分の片野坂知宏監督だった。ハーフタイムでエンリケ・トレヴィザンを下げてFWの藤本一輝を投入。さらに62分には一気に3枚を替えてきた。その3分後の65分、野村直輝の右からのCKに長沢駿がヘディングで合わせ、これが大分の先制ゴールとなった。この日、磐田のゴールを守っていたのは、アレクセイ・コシェレフ。モルドバ人初のJリーガーは、好セーブを連発していたものの、顔と右腕の間を抜くシュートには反応できなかった。
大分はその後も1点のリードをキープ。このままでは終われない磐田は、終盤に猛攻を仕掛けるも、前掛かりになったところで大分のカウンターが炸裂する。途中出場の伊佐耕平から長沢、さらに前線へとボールがつながり、最後は藤本がドリブルから右足でネットを揺らした。時間は、90+1分。この追加点で心理的アドバンテージを得た大分は、4分のアディショナルタイムをしのぎきり、2−0でタイムアップ。クラブ史上初となるベスト4が決まった。
■初の準決勝進出を果たすも喜びを爆発させなかった大分
「過去最高の歴史へ 沸かせ大分」
大分のゴール裏には、こう書かれた横断幕が掲げられていた。この言葉どおり、大分は「過去最高の歴史へ」大きな一歩をしるした。けれども、喜びを爆発させている人は、誰もいなかった。選手も、スタッフも、そしてサポーターも。ある意味、当然なのかもしれない。史上初のベスト4といっても、まだ何も成し遂げてはいないし、それより前にJ1残留という最大のミッションを果たさなければならないのだから。
「今日の試合は、当初から難しさを感じてました」──そう試合後の会見で語るのは、片野坂監督。理由は、磐田がそういうメンバーで来るのかわからないこと。そして同じシステムでミラーゲームとなる公算が高かったこと。そして、このように言葉を続ける。
「結果はターンオーバーでしたが、得点ランキング首位のルキアンは脅威でした。最終ラインでの外国籍選手2人の起用は、トレーニングでもなかなか合わせる時間がなかったんですが、集中していいプレーをしてくれました。ミラーゲームによるにらみ合いで、確かに停滞する時間帯もありました。それでも後半、選手がスペースの使い方とトランジッションを意識してくれた結果、2−0で勝利することができました。セットプレーでの先制点、そして前掛かりの相手に対して、藤本が追加点を決めてくれたのも大きかったです」
かくして「入れ替え戦のような試合」を制した大分だが、続く準決勝の相手は川崎に決まった(もう一方のカードは浦和vsC大阪)。前回大会のチャンピオンであり、2年連続の2冠を十分に射程に収めている相手について、大分の指揮官は「ここまでくれば、どのチームも強い。われわれはチャレンジャーとして挑むだけ」と語るのみ。おそらくは、次のリーグ戦のことで頭がいっぱいなのであろう。
準決勝が行われるのは12月12日。会場もキックオフ時間も未定だが、リーグ戦終了行われることだけは決まっている。もしも大分が、サプライズを起こして初の決勝進出を果たしたなら、J1を4位でフィニッシュした2008年以来の「ACL最接近」となる。しかしその前に、まずはJ1残留をしっかり決めた上で、王者・川崎に挑みたいところだ。
<この稿、了。写真は筆者撮影>