「全国削ろう会」で職人の心意気と日本の建築現場の変遷を感じてきた
11月10日、11日、福岡県久留米市で「第34回全国削ろう会」が開かれた。私は縁あって現場を覗く機会を得た。
「全国削ろう会」を知らない人もいるかもしれないが、ごく簡単に言えば大工や木工職人の祭典であり、腕自慢大会だ。具体的には鉋の削り屑の薄さを競うのである。通常、鉋の削り屑はゴミ扱いだが、木材をいかに薄く削るか、その技に木を扱う職人の意地が詰まっている。
今や大工道具も電動工具が主流となり、また木材も工場でプレカットして出荷されるから、建築現場で鉋がけや鑿でほぞ穴開ける作業などはほとんど見なくなった。だから職人技も必要なくなってきた。しかし、そんな中で技を磨くことに熱中する人々が集うのだ。
実際、鉋がけは、なかなか奥が深い。鉋の刃の切れ味が左右するのはもちろんだが、そのためには研ぎの技術が重要だ。そして刃先の角度や鉋台も影響するし、木材も水分量によって具合が変わってくる。だからその日の温度・湿度によって鉋の調整をしなければならない。鉋をかける前に濡れタオルを木材に被せて調節することもある。それだけに職人技が試されるのだ。
最初は平成9年に名古屋で開かれたが、このときは仲間うちのイベントだった。開かれた場所も鉋店の作業場だったという。それが注目を浴びて年々参加者も増えて全国で開かれるようになるのだが(当初は年に2回、現在は1回)、大規模な大会に変貌していく。今では各市町村で誘致合戦を繰り広げるほどだ。今回の久留米大会は九州で初であり、久留米アリーナという大舞台となった。
参加者は、約200名。全国から集まってくる。プロの大工や木工職人だけでなく、工業系高校の学生や趣味で鉋がけに取り組む人もいる。また女性も目立つ。さらに近年は、海外からの挑戦者も増えてきた。今年はアメリカ、カナダ、スペイン、台湾……とエントリーで9人、ほかに予選会場には十数人いただろう。声をかけてみると、本気でこの大会のために来日したのだそうだ。なんとアメリカでも大会が開かれているという。木工職人の意地は、世界に広がっているのだ。
会場にはずらりと並ぶ鉋がけの台とは別に、古いヤリガンナや巨大な五寸鉋の実演、また素人の鉋がけ体験コーナーなどもあった。今では大会は、木工職人の腕自慢だけでなく、木工の普及イベントの趣である。
鉋屑と言ってもバカにできない。その薄さはミクロン単位だ。透けて見えるが艶があるのがよいそうだ。プロならいずれも薄さ10ミクロンを切っている。決勝では3ミクロンを切るか切れないかの争いとなった。
さて、この大会についてはテレビなどのニュースにもなったので、これ以上紹介は遠慮しておく。むしろ私が注目したのは、鉋がけに使われた木材だ。
実は、大会が始まった頃に削られていたのは、米ヒバだったそうだ。米ヒバとは、アメリカ産の木材(サイプレスやイエロヒシーダー)で、ヒノキ科ではあるが、日本のヒノキやヒバ材とはまったく違う。それが使われたのは、ようは建築現場でもっとも普通に使われていたからだろう。
そう、日本の住宅の多くが米ヒバ製なのだ。腐りにくいことから土台などに重宝されただけでなく、大径木材が容易に手に入ったからである。
だが、途中から国産ヒノキ材に変更された。やはり日本の鉋で削るのだから日本のヒノキを使うべきだ、という声に押されたのである。予選用には参加者が持ち込み、決勝は大会事務局側が用意することになった。
それは、建築現場でも外材から国産材へ移行し始めたことを受けたのかもしれない。実は、一時期建築用製材の6割以上が外材になっていたが、今では7割程度まで国産材に切り替わっている。木材自給率から見ても、2000年当時は18%まで落ちていたのが、昨年は約36%まで回復した。いわば国産材復権の流れを「全国削ろう会」も受けているのである。
そして、今回の久留米大会では、決勝で初めてスギが使われることになった。九州はスギの産地だからだ。スギはヒノキより材質が柔らかい。だから鉋がけでヒノキのような記録が出ないのではないかと不安視する声もあったようだが、実際はヒノキと変わらぬ薄さで削る人々が続出している。ここでも職人の意地と心意気を感じる。
同時に建築現場も、いよいよスギの時代になったことを暗示しているのかもしれない。
一方で、会場には丹沢産の百年檜が展示されていた。林業家がこの場で木材を展示するのはなぜかと言うと「皆さんが削っている木材は、こうして山で育てられたものを伐り出しているのだ、と感じてもらいたいから」(諸戸林業)という意図だそうだ。そしてこの木を伐採した職人と製材した職人が会場に詰めていた。奇しくも両者は女性である。これも時流か?
またプロ仕様の刃物や砥石の販売も行われていた。そして刀剣の研ぎ師や鍛冶も会場に姿を見せていた。そこでは試し研ぎもさせてくれる。山から採掘された希少な天然砥石は、一点数十万円、なかには120万円もする砥石もある。刃物は砥石なくして成り立たない。砥石づくりも職人仕事であった。
今や「全国削ろう会」も大工の腕自慢に終わらず、山と森、そして木工につながる職人の心意気を示す交流会になりつつあるようだ。
それが、失われゆく職人仕事と技の見直しにつながることを期待する。
(写真はすべて筆者撮影)