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イエメン:アフリカからの移民・難民が殺到

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 相変わらず世界中のだれからもほとんど気にかけてもらえないイエメンだが、同国の状況が改善に向かっているというわけでは全くない。それどころか、最近はイエメン社会・経済状況やイエメン人民の窮状に一層拍車をかけかねない展開がみられる。国際移住機関が、2023年1月~6月にアフリカ大陸からイエメンに密航した者の人数が、過去3年と比べて急増していると発表したのだ。発表によると、2023年上半期にアフリカ大陸からイエメンに到着した移民・難民は7万7000人を超えている。2022年は通年で7万3000人、同じく2021年と2020年はそれぞれ2万7000人、3万7000人だったので、移民・難民の移動のペースがこのままだと、2023年1年では過去3年間の合計を上回る人数の移民・難民がイエメンに到着することになる。

 アフリカ大陸からイエメンに渡ろうとする者たちが増加しているのは、イエメンから見ると紅海の対岸に位置する「アフリカの角」と呼ばれる地域のエチオピアやソマリアで紛争が続いていること、これらの地域で治安・人道・経済状況が悪化していること、新型コロナウイルス感染防止のための移動制限が緩和されたことが理由だそうだ。彼らは、イエメンを経由してアラビア半島の産油国で働くことを希望しているのだが、イエメンで滞在場所も、食料も、医療サービスもほとんどないという困難にさらされる。彼らはイエメンにいる人々の中でも特に脆弱な状況におり、今年は30万人の移民・難民に人道支援の必要があると見積もられている。

 イエメンは、現在の政治混乱や紛争が始まる以前から、ソマリアなどからアラビア半島の産油国を目指す移民・難民の経由地となっており、沖合で彼らの乗った船が沈没したり、「悪質」業者によって虐待されたりして多数が死亡する事件が多発していた。一方、このころから世界最貧国の一つに挙げられていたイエメンの状況は、紛争の結果さらに悪くなっている。アフリカからの移民・難民への支援が必要であるとともに、イエメン人民も日々の食料や飲料水に事欠く状況であり、こちらへの支援は毎年援助機関が要請する金額が確保できていないし、この件を取り上げる報道機関も識者もいない

 イエメンの紛争は、紛争当事者であるサウジとイランが外交関係の改善に合意し、イエメンでの戦闘も一応小康状態にある。しかし、この合意に基づく双方の実際の行動はゆっくり、慎重に進められており、サウジとイランとの利害関係の調整が容易ではないことがわかる。また、中東内外には両国の「和解」を快く思わない諸国もあることから、イエメン、イラク、シリア、レバノンなどでこれまで繰り広げられてきたサウジとイランとの競合がすんなり収まるわけでもなさそうだ。そうなると、イエメン人民のことだけでも「今世紀最大の」人道危機と言われて久しいところに、それよりもさらに脆弱な立場のアフリカ大陸からの移民・難民の問題が積み重なることになる。残念ながら、問題が積み重なり、事態が一層深刻になったところで、国際社会や報道機関や視聴者の関心がイエメンに注がれ、困難な状況に暮らす人々の状況を改善しようとの機運が盛り上げるとは考えにくい。「悲劇的状況」について、イエメン人民やアフリカ大陸からの移民・難民からの発信も当然あるはずなのだが、そうしたものも特定の国家や大手報道機関の都合や起源によって取捨選択され、イエメンの情報が大きく取り上げられることはなさそうだ、という意味で、SNSや情報通信技術の発達が本当に「世の中を変える」かということについて、筆者はとても悲観的だ。大変不本意だが、イエメンについては今後も状況の悪化や人民の窮状や支援の不足について書き続けることになる可能性が高い。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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