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2014年・AKB48メンバー襲撃事件における「無敵の人」の間接自殺──握手会の凶行はなぜ起きたのか

松谷創一郎ジャーナリスト
photo: Pexels

 ネットスラングである「無敵の人」──この言葉が人口に膾炙したのは、2000年代後半のことだ。非行や犯罪歴のない人物が突然ある日、凶悪犯罪を起こすケースが目立ってきたからだ。一方で、凶悪犯罪自体は減る傾向が続いている。

 治安は良くなっているのに、治安が悪くなっている──そう感じるのは、相対的に突発的な凶行が目立つからだ。現在まで続くそうした凶行のひとつがエンタテインメント界に降り掛かったのは、2014年のAKB48の握手会における事件だった(初出:『論座』2014年06月04日)。

対人関係が苦手な若者の「間接自殺」

 2014年5月25日、AKB48のメンバーふたりが岩手・滝沢市の握手会で襲撃された。しかし、その騒がれ方には当初から違和感がある。

 週刊誌はここぞとばかりにAKB48をバッシングし、対してアイドルの専門家たちはそれに反論して、過去の事件を参照して今回の一件が特別なことではないと論ずる。それらのなかには耳を傾けるべきものもあるが、しかし、そもそもこの事件はアイドルの握手会だから起きたことなのだろうか。

「人が集まるところで人を殺そうと思った」

「AKB48のメンバーなら、だれでもよかった」

「ファンではない」

 そう供述する24歳の容疑者とアイドルを結ぶ線は極めて薄い。注視すべきは、彼の境遇だろう。

 入学した高校を中退し、転入した通信制高校を卒業。その後、青森や大阪で、非正規雇用のまま職を転々としている。取材を受けた家族によると、友達はおらず、ふだんは自室でパソコンに向かっている時間が長かったという。

 知人や出身校の中学校教諭は「おとなしくて無口」、家族は「人見知り」だと彼を評する。

 こうした経歴から見えてくるのは、きわめてコミュニケーションが不得手な人物像だ。そんな彼が、事件の前日に青森県十和田市の自宅を出て翌日、100キロ以上も離れた岩手県滝沢市で凶行に及んでしまった。

 さまざまな報道を踏まえると、この事件がアイドル文化とはさほど関係のないことが見えてくる。AKB48が襲われたのは偶然でしかない。タイミングと地理的要件さえ合えば、他の場所で彼はこの事件を起こしていた可能性も高い。

 がゆえに、この事件はAKB48やアイドル文化の枠内だけで語るべきではないだろう。なぜならこの事件は、社会との接点を失ったコミュニケーションが苦手な青年による「間接自殺」だからである。

もともとオタクは孤独ではない

 オタクがまだ「おたく」と呼ばれていた80年代前半、その存在に奇異な視線が送られていたのは、彼らが決して社会的に孤立をしていたからではなかった。

 当初は「おたく族」ともしばしば呼ばれたように、オタクは常に集団性を持った存在だと見なされてきた。また、その語源が相手を「おたく」と呼ぶことに由来していたように、当時はその独特なコミュニケーションも注目されていた。

 なんにせよここで重要なのは、オタクは決して孤独な存在を指した言葉ではなかったことだ。当時たしかに「ふつう」とは見なされなかったかもしれないが、そこには趣味を介した独自のコミュニケーション作法があった(コスプレはそのわかりやすい例だ)。オタク文化が一般化した現在は、こうしたコミュニケーションももはや奇異には思われない。

 逆に現在の若者において孤立がちになるのは、趣味を持たない存在である。その趣味とは、アイドルでもゲームでも音楽でもスポーツでもなんでもいい。他者と日常的に交流をはかる趣味を持たない(持てない)存在が孤立する傾向にある。

 こうした存在を指す「コミュ障」という言葉がある。「コミュニケーション障害」を略したネットスラングだが、それは趣味がなく、友人もおらず、そしてネットにひきこもるような存在を想像すればよいだろう。今回の事件の容疑者は、典型的なこのタイプである。

「無敵の人」の最期の一撃

 多くのひとは、この容疑者像には既知感を覚えるはずだ。

 思い出すのは、2008年の秋葉原通り魔事件と、2013年末に容疑者が逮捕された『黒子のバスケ』脅迫事件である。これらの被告と今回の事件の容疑者像は共通点が多い。非正規雇用者で、コミュニケーションの苦手な存在が、死刑になるために無差別殺人を図る──これが「間接自殺」である。言い換えるならば、無差別無理心中といったものである。

 そこで選ばれたのは、秋葉原・マンガ・アイドルだった。しかし、これはほとんど偶然でしかない。秋葉原も『黒子のバスケ』もAKB48も、オタク文化だから選ばれたわけではなく、とても注目される存在だったから選ばれただけだ。その対象や場所は違った可能性も高い。

 『黒子のバスケ』脅迫事件の被告は、初公判の意見陳述で自分のような存在を「無敵の人」と呼び、こう語った。

死にたいのですから、命も惜しくないし、死刑は大歓迎です。自分のように人間関係も社会的地位もなく、失うものが何もないから罪を犯すことに心理的抵抗のない人間を『無敵の人』とネットスラングでは表現します。これからの日本社会はこの「無敵の人」が増えこそすれ減りはしません。日本社会はこの「無敵の人」とどう向き合うべきかを真剣に考えるべきです。また「無敵の人」の犯罪者に対する効果的な処罰方法を刑事司法行政は真剣に考えるべきです。

(篠田博之「『黒子のバスケ』脅迫事件の被告人意見陳述全文公開2」)

 その陳述内容は、そのまま読めば正論とも言えるような内容である。が、問題は被告が他人ごとのように話していることである。そこには、「無敵の人」である被告の独善的な自己顕示欲も十分に見て取れる。

 秋葉原事件や今回のAKB48襲撃事件の犯人にも、こうした自己顕示欲がうかがえる。それは、死刑を目指す「無敵の人」が自らの存在を世間にアピールするための「最期の一撃」だったように思える。

選択肢を持たない者の宿命論的感性

 昨今の日本では、凶悪犯罪は減少傾向にある。また、巷間ささやかれる「若者関係希薄化説」も、さまざまな研究によって否定されている。こうした状況を踏まえると、このような間接自殺型の事件はやはり極めて稀なケースだと言える。

 もちろん低いながらも確率的にはどこかで起き、今回はたまたまそれがAKB48の握手会だったということにしか過ぎない。だから、今回の事件についてそれほど大騒ぎする必要はない──というのは極めて真っ当な見識であろう。リスクは、決してゼロにはならないのだから。

 ただしやはり気になるのは、こうした事件を起こす犯人が共通したタイプであることだ。そして、それは日本に限らないことでもある。たとえば、2007年に起きたバージニア工科大学銃乱射事件や、今年5月27日にカリフォルニア州アイラビスタで6人が亡くなった銃乱射事件も似たような状況を示している。犯人は被害妄想を膨らませ、無関係な人々を死に追いやったうえで自らも死ぬ。日本と違うのは、その場で銃による自殺をしたことだった。

 現代とは、コミュニケーションが苦手な若者は、とても生きにくい時代である。それは社会のさまざまな局面において人格(ひとがら)が重視されるからだ。よって、対人関係を円滑に保てない者や、愛想が悪い者は、秀でた能力を持っていてもなかなか評価されなかったりもする(逆に言えば、対人関係を上手く運ぶ者は、その能力以上の評価をされることもある)。

 そして、そもそものコミュニケーション能力は、その本人の生育環境に多大な影響を受ける。つまり、親の経済状況がコミュニケーションにも大きな影響を及ぼす。

 そうした彼らからなんとなしにうかがえるのは、その宿命論的感性である。自分の生き方を規定し、その結果として凶行に走る。そこには「そういう人生なのだ」という諦観が見え隠れする。そうした宿命論的感性が、さまざまな選択肢を持つことを許さなかった社会環境によってもたらされた隘路だということに、本人は気づくことはない。

 こうした事件は確かにレアケースで、大騒ぎすることではない。しかし、いま一度彼らが追い込まれる社会環境について再検討する必要があるだろう。たとえ、その結果が同じソリューションになろうとも、こういう事件を契機に何度も考えなおすことが必要である。

 ここでひとつ気になる存在は、昨今問題となっている街頭でヘイトスピーチを繰り広げる排外主義者である。いくつかの調査で浮き彫りとなっているのは、彼らには対人コミュニケーションを不得手とする存在が多いということだ。がゆえに、彼らは妄想的に仮想敵をでっち上げてヘイトスピーチに及び、同時に同じ志向を持つ者同士で集団を形成する。つまり、負の妄想を基盤とするコミュニティを存立させている。

 これまでの「無敵の人」による事件は、その孤立ゆえにこうしたコミュニティ形成にすら至らなかった存在だとも言える。が、こうした「無敵の人」同士がネットを介して徒党を組み、極めて重大な事件を起こす可能性もないとは言えない。いま注視すべきはそのことである。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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