コロナ禍で変わる北欧の価値観と暮らし、働き方
9月、北欧ノルウェーの首都では毎年恒例のオスロ・イノベーションウィークが開催された。起業家や投資家、政治家などが集まるノルウェー最大級のイノベーション行事だが、今年はいつもと様子が違った。
新型コロナの影響で60以上の全イベントはオンラインで開催されることに。人と人が出会うことで新しいつながりや発想がうまれるイベントだったが、「そんなことは言ってられない」と、イベント中止ではなく「今できること」をノルウェーの人々は模索した。
今年はどのようなテーマが話し合われたか?
「今北欧の人々が何を考えていて、どのような未来と理想を目指しているか」という価値観の変化のカケラを拾うことができる内容になっていた。
みんなでちょっとずつゴミを減らしていこう
「ゴミはゴミではなく、資源」(ゴミをどう呼ぶかは私たち次第)というセリフがオープニングトークで出てきた。
ノルウェーでは環境や気候危機対策というテーマに敏感だ。しかし石油産業で発展した国でもあるため、気候危機につながる排出量を増やし続けてきたことから、独特な罪悪感が人々の中に根付いている。
デンマーク発、食品ロスを減らすアプリを開発した「Too Good to Go」メッテ・リッケCEOは「1人がゴミの量をゼロにしようとするよりも、多くの人が自分たちが出すゴミの量を少しずつ減らしたほうが大きなインパクトを生む」と話した。
ノルウェー在フィンランド大使館が主催する「石油で作れるものは、木材でも作れる」イベントでは、サステイナブルなパッケージの未来が話し合われる。「新しいパッケージ時代に向けて、北欧チームで世界のショーケースになりたい」、「プラスチックの袋が再利用されていたとしても、海のクジラは喜ばない」と、プラスチック以外のパッケージ素材を作るフィンランドのPaptic社やWoodly社の取り組みが紹介された。
間違えて成長していこう
コロナ禍で働き方をテーマとしたイベントも多かった。「間違えよう・失敗しようとする意志」、「成長しようとするマインドセット」がこれからより必要になっていくこと、またオフィスの形が変わることも指摘された。
オフィスの新しい位置付け、ハイブリッド・ワークプレイスへ
コロナ禍のビジネスシーンで増えてきた「ビデオ会議」。北欧社会はもともとデジタル化が進んでいることから、柔軟に臨機応変に対応している。
このビデオ会議とオフィスの変化についても議論された。主な内容はこうだ。
- リモートワークはこれからも続く
- コロナ前の社会に戻ることはない
- オフィスとテレワーク(ホームワーカーとオフィスワーカー)の融合である「ハイブリッド・オフィス」、「ハイブリッド・ワークプレイス」がこれからの普通になる
- 個人のタスクは家で、オフィスはハブとして人と触れ合う場所になる
- ホームオフィス・テクノロジーに大きなチャンスが到来するだろう
- 全ての会議にリモート参加者がいるようになる
- 従来のオフィスはいらなくなる
- リソースのシフトが起きる
- ビデオ会議ができない会議室は使われなくなる
- より柔軟な働き方ができる企業が残る
- これからのオフィスは、個人が自宅にはないリソース、ツール、テクノロジー、人にアクセスするために行く場所となる
高齢になっても働ける社会を
「高齢者でも働きやすい社会の風潮や政策が必要だ」というテーマもあった。話された内容はこうだ。
- 気候対策を訴えるデモは若者の姿が目立つかもしれないけれど、高齢者もその現象に貢献したいと思っている
- ノルウェー社会は若者にフォーカスしすぎている、50歳を超えると様々な場所に招待されなくなる
- 補助制度に申し込んでも「残念ながらご縁がありませんでしたが、今後の検討をお祈りしています」という政治家からの返事にぶち当たる。「イエスというカルチャーがもっと必要だ」(★「政治家の金銭的サポートがなくても、自分たちの力だけでなんとかしよう」という方向性にいかずに、ビデオ会議を通じて政治家に補助金を求めるシーンがノルウェーらしいと私は思った)
- 50歳以上を雇用しようとする企業が少ない。自信を失い、孤独感が増す。職を探す高齢者のためのネットワークが必要
- ノルウェー労働福祉局NAVでは高齢者の起業を手伝う試験プロジェクトが実行されている
- ノルウェー社会には高齢者への偏見がある。なぜ高齢者を魅力的な働き人としてみることができないのか
理想ばかりを語るのではなく、改善したほうがいい国民性や社会の仕組みが指摘されることもあった。
- ノルウェーはもっとマーケティング上手になる必要がある
- 若い人には教育の機会、大人にはスキルをアップデートする機会をもっと提供するべき
オンラインイベントの課題と可能性
毎年イノベーションウィークを取材している私だが、いつもは現場を訪れて、人に話を聞いて記事ネタを発掘しているため、今年はパソコン越しでずっとオンラインイベントを見るという変化に当惑はした。スクリーン越しだと記事にまでしようという気持ちがわきにくい。それでもこの変化に慣れていく必要はあるだろう。
主催者側は初の試みにどのような可能性や課題を感じたかを取材した。
イノベーションウィークのプロジェクトマネージャーであるトム・ミスキン(Tom Miskin)さんは「デジタルでも可能な限り人々が没頭・参加できるようなコンテンツを生み出す」ことに集中したという。
「多くの企業パートナーにとっても初のデジタル・イノベーションウィークとなりました。できる限りベストな結果をうみだすデジタルイベントがどのようにして可能か、企業のサポートやガイドに徹底しました」
「自宅で視聴する人たちのことを考えて、イベントを短い時間に短縮するという課題もありました。イベント開催前に参加申込者に連絡して、何を聞きたいと思っているか、何を期待しているかを事前に聞きこむことで解決しました」
「参加者の多くは、『オンラインは自分たちに合っているかも』と感じたようです。デジタルなら自分に合った時間帯に閲覧することができます。また、これまでのイベント形式では不可能だった、ノルウェー国外に住む人々にも見てもらうことができました。例えばあるイベントでは50か国から329人が視聴していました」
「もし来年またオンラインでイベントをするとしたら、参加者の体験満足度をさらに上げたいですね。今年学んだことといえば、私たちの公式HPは従来の対面イベントのためにデザインされていたことでした。参加者は各イベントを閲覧するために、何度も登録作業をして、複数のリンクをクリックしないといけませんでした。来年はもっとデジタル参加者のことを考えて、その点を改善したいと思います」
世界一のデジタル解決策の国を目指す?
北欧諸国がコロナの打撃を緩和できている背景のひとつには、「もともと進んでいた社会のデジタル化」がある。パンデミックのショックで、デジタル化をさらに急いで進めないといけなくなった。
ノルウェー首相は「世界一のデジタル解決策の国を目指す」と言い放ち、「意外と実現できるのでは」と思わせるエネルギーとデジタル化の歴史がこの国にはある。
小国だからこそ北欧は「アイデア、政策、イノベーションの工場・実験場」として他国の参考にされやすい。
北欧モデルの特徴ともいえる、「解決型・透明性・協働」の枠を北欧各国がより強化できれば、コロナ禍の北欧モデルをうみだすことは可能だろう。
- 食品ロスアプリなどを紹介したパケトラ記事「北欧流「もったいない」の解決法。アプリが2つの業界に革命を起こした」
Photo&Text: Asaki Abumi