「ロシア政府に徴兵されたくない」SNSで相談が殺到するメディア「ヘルプデスク」とは?
「ロシア政府に徴兵されたくない」。SNSでそんな相談が殺到しているメディア「ヘルプデスク」とは――。
ロシア軍の「予備役30万人」の動員に翻弄されるロシア人たちに、「徴兵回避」「国外脱出」などのアドバイスをするメディア「ヘルプデスク」への、相談件数が急増しているという。
立ち上げたのは、ロシア語の独立系ニュースメディアとして知られる「メドゥーザ」の前発行人だ。
ロシア政府の言論弾圧が強まる中、自身も「フェイクニュース法」で起訴されており、隣国ジョージアを拠点に発信する。
カスタマーサポートとしての問い合わせ対応と、ニュースとしての情報提供を組み合わせ、リアルタイムで求められている「実用情報としてのニュース」を提供する。
ロシア政府の情報弾圧をくぐり抜けるため、ソーシャルメディアを主な舞台として、刻々と変わる状況に合わせたアドバイスを提供する。
ロシアによるウクライナ侵攻の中で生まれた、「サービス化」するメディアとは?
●「どうしたら徴兵から逃れられますか」
「ヘルプデスク」を運営するイリア・クラシルシュチク氏は9月27日付のニューヨーク・タイムズへの寄稿で、こんな相談事例を紹介している。相談者は7年前に義務的な兵役を終えていたが、今回、ウクライナへの召集を受けたのだという。
メディアサイト「ニーマンラボ」のジョシュア・ベントン氏の10月3日付の記事によると、直近の9日間だけで2万件以上の相談が寄せられたという。
ロシアのプーチン大統領は9月21日、30万人規模に上る予備役の「部分動員」を発表すると、ロシア人の国外脱出の動きが急増した。
ブルームバーグの10月4日付の報道によると、すでに20万人が動員されている一方で、その倍にあたる40万人近いロシア人が国外に脱出しているという。
ロシア国内でも抗議デモが頻発。シベリア南部・イルクーツクの入隊事務所では発砲事件も起きている。
「ヘルプデスク」のサイトは、そう説明している。
「ロシアからは、どの国に移動できますか?」「息子が召集されるかもしれず、パニックになって眠れません。どうしたらいいですか?」「職場から軍に召集されるのを避けるにはどうしたらいいですか?」
サイトには様々な相談事例が並ぶ。その大半は、ロシアでの「徴兵回避」だという。
「ヘルプデスク」のユーザーとの主な接点は、メッセージサービス「テレグラム」(フォロワー13万人)とインスタグラム(フォロワー20万人)のアカウントだ。
「ヘルプデスク」のサポート窓口では、「動員対応」のためのカイドラインの専門ページを公開しているほか、「テレグラム」には24時間対応のチャットボットも開設している。
「動員対応」のガイドラインでは、「軍の登録や入隊事務所には決して出向かないように」などのアドバスや、「移住のための書類のチェックリスト」なども公開している。
「国外脱出先」も具体的に示し、「パスポートなし(アルメニア、カザフスタン、キルギスタン)」「パスポートあり(アゼルバイジャン、エジプト、トルコ、ウズベキスタン、ジョージア)」「シェンゲンビザあり(フィンランド、ノルウェー)」などとしている。
トルコのアナドル通信によると、パスポートのいらないカザフスタンには、10月4日の時点で20万人超のロシア人が入国しているという。
ただ、状況は刻々と変化し、国外脱出の可能性は狭まっている。フィンランドは9月30日付で、EU域内の自由な移動を認める「シェンゲン協定」加盟国発行の観光ビザを持つロシア人に対しても、入国禁止措置を取った。
●ジャーナリズムとヘルプデスク
クラシルシュチク氏が「ヘルプデスク」を立ち上げたのは6月。現在は、ラトビアを拠点とするNPOとして登録されている。
ジョシュア・ベントン氏の記事によると、サイトのスタッフは、リガ(ラトビア)、キーウ(ウクライナ)、トビリシ(ジョージア)を拠点にしたロシアとウクライナのジャーナリストら約50人。サイトのユーザーはロシア6割、ウクライナ4割。
「ヘルプデスク」のプロジェクトは、クラシルシュチク氏自身のキャリアとも大きく関わっている。
クラシルシュチク氏は2014年にリガ(ラトビア)に設立されたロシア語と英語の独立系メディアサイト「メドゥーザ」の共同創設者で、2019年まで発行人も務めていた。
ロシア政府に批判的な報道を続ける「メドゥーザ」に対し、ロシア司法省は2021年、スパイを意味する「外国代理人」に指定している。
クラシルシュチク氏はその後、ロシアのポータルサイト「ヤンデックス」に移籍。食品配送サービス「ヤンデックス・ラウカ」のCEOを務めてきた。
最新情報の分析などのジャーナリズムの機能と、カスタマーサポートのノウハウ。その両方の機能を組み合わせ、互いの機能が支えあっているのが「ヘルプデスク」だという。
バズフィード・ニュース編集長、ニューヨーク・タイムズのメディアコラムニストなどを歴任した新メディア「セマフォ」共同創設者、ベン・スミス氏は「ヘルプデスク」を「紛争地域のサービスジャーナリズム」と呼び、「ウクライナ紛争から立ち上がった最も興味深いメディアプロジェクト」と述べている。
「サービスとしてのジャーナリズム」の考え方は、「コンテンツとしてのジャーナリズム」に対比するものとして、ニューヨーク市立大学ジャーナリズム大学院教授のジェフ・ジャービス氏が提起したことで知られる。
それが、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、紛争地のジャーナリズムとして、実装されていることになる。
運営資金は、米メディア投資会社「ノース・ベース・メディア」経由で160万ドルを調達し、年間予算として300万ドルを予定しているという。
●ロシア「フェイクニュース法」の被告に
クラシルシュチク氏は、ロシアからジョージアのトビリシに拠点を移している。そして、自身もロシア政府による弾圧の対象となっている。
ロシア人のクラシルシュチク氏は、ロシアによるウクライナ侵攻に批判的な立場を発信し続け、3月16日付のニューヨーク・タイムズには、プーチン政権批判の寄稿を掲載している。
また、4月3日に自身のインスタグラムで、ロシア軍によるウクライナ・ブチャでの虐殺事件を批判する投稿をしたことに対して、ロシアの「フェイクニュース法」によって4月22日に起訴され、帰国すれば最大3年の禁固刑の可能性があるという。
3月初めに成立したロシアの「フェイクニュース法」では、「ロシア軍の作戦に関する虚偽の情報を広めること」に対して最大で15年の禁固刑を科すことができる。
「ヘルプデスク」は、ロシア政府に翻弄される当事者でもあるクラシルシュチク氏による、抵抗の手立てでもあるようだ。
●「サービス化」する戦争
ウクライナ政府も9月16日、投降を希望するロシア兵のホットライン「私は生きたい」を開設している。
電話のほか、「テレグラム」のチャンネル、そしてチャットボットでも連絡を受け付けている。
ウクライナのネットメディア「ユーロマイダン・プレス」の9月30日付の報道によると、2,000件以上の連絡が寄せられているという。
戦争もまた、「サービス化」している。
(※2022年10月7日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)