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ヨウ素含有量は上限量の25万分の1 21社が自主回収する茎わさび製品の過剰摂取リスクとは?

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

2021年9月22日現在、21社が自主回収を発表した、塩蔵茎わさびを使った製品。回収の理由は、茎わさびに使われているヨウ素化塩が、海外では認められているものの、日本の食品衛生法では認められていないためである。とはいえ、今回、厚生労働省は、自主回収が報告された全ての事例において「健康被害の可能性はほとんどない」「重篤な健康被害や死亡の原因となり得る可能性が低い」と判定している。

一方、食品安全に関わる方からの「日本人はヨウ素を摂っているので過剰摂取のリスクがあり、安全とはいえない」との声を目にする。

では、ミネラルの一種のヨウ素について、どれほど過剰摂取のリスクが想定されるのか。強調しておくが、ここで議論したいのは、あくまで「今回、自主回収の対象となった、ヨウ素化塩が含まれる茎わさびを使った茶漬やふりかけによるヨウ素過剰摂取のリスク」について、である。

日本人のヨウ素推奨量と耐容上限量は?

まず、日本人にとっての、ヨウ素の成人推奨量と耐容上限量(UL: tolerable upper intake level, 健康障害をもたらすリスクのない上限量)を押さえておきたい。

厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」2020年版(1)を確認すると、

成人推奨量は130μg(マイクログラム)/日

耐容上限量は3mg/日(3,000μg/日)

である。

過剰摂取のリスクは?

女子栄養大学副学長で医学博士の香川靖雄先生に伺ったところ「昆布に多いので、毎日多量の昆布を食べるのを避ける程度で安全でしょう」とのこと。

乾燥昆布は1g中、2,400μgのヨウ素を含む。耐容上限量の80%に相当する。昆布の佃煮は一食15gで1,650μg。耐容上限量の55%だ。

厚生労働省の「食事摂取基準」2020年版でも、「我が国の報告では、主に昆布だし汁からのヨウ素28mg/日の約1年間の摂取事例、昆布チップ1袋を約1ヶ月食べ続けた事例など、明らかに特殊な昆布摂取が行われた場合に、甲状腺機能低下や甲状腺腫が認められている」とある。

2015年3月に、昆布やワカメなどの養殖業を営む漁業従事者とその家族、合計19名を対象にした実験(2)が行われた。すなわち、昆布を大量に摂取する人を被験者にした実験によれば、1日のヨウ素平均摂取量は、男性で実測値が2,582±5,885μg/日、女性の実測値は3,108±8,413μg/日で、個人差が大きい結果となっている。著しく高い値を示した被験者の要因は、昆布、あるいは昆布出し汁の摂取であった。また、男性では、1日のヨウ素摂取量の79.4%を、女性では59.4%を藻類から摂取しており、男女とも、藻類がヨウ素の主な供給源であることが示された。前述の香川先生の言葉通り、ヨウ素の過剰摂取のリスクで気をつけるべき点は、昆布をはじめとした藻類、およびそれを使った調味料などであることがわかる。

不足のリスクは?

「日本人は海藻を多く食べるのでヨウ素不足はない」というのが通例になっている。だが、厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」2015年版(3)によれば、「海藻類を食べない集団のヨウ素摂取量が平均で73μg/日に過ぎないと報告されていることから、継続的な海藻類の摂取忌避はヨウ素不足につながるといえる」としている。

また、日本農産工業株式会社の横山次郎氏は、『近年、ヨウ素の供給源である海藻類や昆布だし、魚を食べる回数が減っており、厚生労働省策定の「日本人の食事摂取基準(2015年版)」にも「海藻類を食べない集団のヨウ素摂取量が平均73μg/日に過ぎない」とも記されているので(ヨウ素不足を回避する最低量、成人95μg/日より少ない)今後、注意が必要なのかもしれません』と述べている(4)。

一方、世界各国を見てみると、ヨウ素不足になりやすい環境下の国も多い。慢性的なヨウ素欠乏は甲状腺機能を低下させ、特に妊娠中のヨウ素欠乏は死産や流産を招く。そのため、ヨウ素を添加したヨウ素化塩は海外では認可され、一般に流通している。

具体的に配合割合を公開しているのは21企業中、おむすびころりん本舗のみ

株式会社おむすびころりん本舗は、自主回収を発表した21社の中で、唯一、プレスリリースで対象製品への配合割合の数字を公開しており、好感が持てる。

プレスリリース(5)では次のように書いている(原文のまま)。

食塩へのヨウ素添加は、中国を初め、アメリカ、スイス、オーストラリアなどで、人体へのヨウ素不足を解消するため添加物として認められています。しかし日本では海産物など高ヨウ素食材を多く摂取する食習慣があるため、食品添加物としては認められていません。当該品の製造工程で使用する食塩の配合は8%で、対象製品への配合割合は1/1000未満と極めて微量です。喫食しても健康被害につながる可能性は非常に少なく、健康被害も確認されておりませんが、当該品の販売を休止し、自主回収をさせていただきます。

ただ、ここまでだと、製品に含まれる塩蔵茎わさびの配合率は1000分の1とわかるが、実際、塩蔵茎わさびに、どれくらいヨウ素が含有されているかまではわからない。

そこで、輸入元の一社である東海澱粉株式会社(6)に伺ったところ、品質保証部から詳しく回答していただいた。

ヨウ素含有率は2ppm(100万分の2)

東海澱粉によれば、今回の塩蔵茎わさび中に含まれるヨウ素の含有率は2ppmである(ppmとは、100万分の1を示す単位)。

今回、対象となった塩蔵茎わさびが含むヨウ素濃度は、日本に輸入した商品サンプルを第三者機関で測定した数値で、200μg/100g(=2mg/kg=2ppm) 。

東海澱粉は、この数値を、茎わさびの納入先企業と保健所に報告している。

東海澱粉品質保証部は、計算上では2ppmであるが、これは加工する前の原材料の段階のデータであり、最終製品まで加工すれば、さらに希釈される(濃度が低くなる)ことが想定されると回答している。

当該品は、日本でのわさび加工製品への加工前の原材料であることにご留意いただければと存じます。日本の消費者の皆様が食される最終商品におけるヨウ素濃度は、さらに希釈されたものになると存じます。ご心配の、消費者の皆様が摂取されたかもしれないヨウ素量としましては、一度の食事におけるワサビの一般的な摂取量から考えても著しく少なく、健康被害に至ることは考えにくいと当社では考えております。

では実際に計算してみよう。

ここでは、おむすびころりんのお茶漬け製品を例にとって計算してみる。今回、自主回収した21社の製品は、わさびふりかけか、わさび茶漬けだ。ふりかけ一食分(1〜2g台)に比べると、茶漬け製品(4〜6g台)の方が容量が大きいので、多い方を例にとって計算する。

おむすびころりん茶漬け製品1食に含まれるヨウ素量=塩蔵茎わさびのヨウ素含有率(2ppm)×茶漬け製品の塩蔵茎わさび配合率(1000分の1)×茶漬け一食分の重量(4g〜6g)

これを計算すると、

一食分に含まれるヨウ素の量は、0.008μgから0.012μgとなる。

ここで冒頭の、成人1日推奨量130μg/日と、耐容上限量の3mg(3,000μg)/日に照らし合わせてみよう。おむすびころりん本舗の公式サイトに掲載されている数値と、標準的製品の一食分の製品重量のうち、多いヨウ素量(0.012μg)から計算してみても、1日の推奨量の10,833分の1、耐容上限量の250,000分の1という結果になる。少ない方で計算すれば、推奨量の16,250分の1、耐容上限量の375,000分の1という結果だ。

まとめると、

一食のヨウ素含有量は

1日の推奨量の10,833分の1から16,250分の1

耐容上限量の250,000分の1から375,000分の1

となる。

お茶漬けを、1日で10,833食分〜16,250食分摂らないと、1日推奨量には満たないほどの量ということだ。1日に10,833食食べるのが非現実的であることはすぐわかる。耐容上限量の25万分の1を気にするなら、たった1gで耐容上限量の80%に達し、過剰摂取リスクが大きい昆布を気にする方が優先順位が高いのではないだろうか。今回の件で過剰摂取リスクを問うた安全性の専門分野の方にぜひ回答いただきたい。

ヨウ素を国際汎用添加物に指定する可能性

長年、毎日新聞社で食の安全や健康、医療問題を担当してきた、食生活ジャーナリストの会の小島正美さんは、今回のことを「どう見ても理不尽な商品の自主回収」「いくら法律違反とはいえ、各企業で働く人たちが汗水たらして製造した食品を、いとも簡単に廃棄処分してよいのでしょうか」と、もどかしさを表明している(7)。

小島さんは、2002年に、国が英断をふるい、回収を防いだ事例を述べている。

過去に国が大英断を振るったこともあります。

2002年に海外から輸入される食塩にフェロシアン化物(固結防止目的の食品添加物)が含まれている事件が発生しました。日本ではフェロシアン化物は未指定の添加物だったのです。この国際的に広く使用されている添加物を法律違反として取り締まれば、大量の食品の回収だけでなく、国際的な批判を浴びることも予想されました。そこで、国は事業者からの申請がなくても、「国際汎用添加物」に指定し、使用や流通を認める決定をしました。

国際汎用添加物は2019年1月8日現在、甘味料のサッカリンカルシウムなど42品目あります。国際的な整合性を図る意味でも、ヨウ素を「国際汎用添加物」に指定すればよいのですが、日本人はヨウ素を十分に摂取しているので、おそらく難しいでしょうね。

通例では「日本人にヨウ素不足はありえない」ということだが、前述の通り、ヨウ素の供給源である海藻類や昆布だし、魚を食べる回数が減っており、海藻類を食べない集団のヨウ素摂取量(73μg/日)がヨウ素不足を回避する最低量(95μg/日)にも満たない、ということも指摘されている。また、個人差も大きい。「日本人にヨウ素不足はない」と一括りにできない時代になってきているかもしれない。

小島さんが引用された記事の中で、ある専門家が、今回のヨウ素化塩について「健康被害がないといっても、絶対に安全とは言い切れない」と話していたが、この専門家が、食品にゼロリスクはありえないことを理解しているのか疑問だ。

ビタミンやミネラルを添加した栄養機能食品では、栄養機能を表示する場合は、定められた上限・下限に適合することが求められる。

今回の自主回収製品の、一食あたりヨウ素含有量を算出するに、推奨量にも耐容上限量にもほど遠いことがわかった。国民の栄養素摂取状況も昔とは変わってきている。ヨウ素が添加された塩は、現行の食品衛生法では認められていないが、上限・下限を設けるのも一つの策ではないだろうか。

ハードローだけ頑なに守ってソフトローがおざなりな日本

オルタナ編集長の森摂さんは、日本企業がとりがちな「合法だからOK」の姿勢に疑問を呈している(8)。

一般的に、企業のコンプライアンスは「ハードロー」を主に見ていて、これを「法令順守」として社内で徹底しています。しかし、コンプライアンスには3種類あって、1)法令順守2)社内規則やマニュアル 3)社会からの要請・意見・批判など――があります。CSR検定の公式テキスト(3級)では1)と2)を「狭義のコンプライアンス」、3)を「広義のコンプライアンス」と明確に区別しています。日本企業は、残念ながら「広義のコンプライアンス」に鈍感なのです。

今回、食品衛生法で認められていない添加物が入っていたから健康被害はほぼ想定されなくとも21社が自主回収し、廃棄するという流れになった。SDGsの観点からはどうだろうか。

日本の労働生産性は50年以上G7最下位 、リサイクル率はOECDで最も低い

筆者は、自主回収による一連の甚大な作業によって、働く人が心身ともに疲弊するということを身をもって体験している。必要のない自主回収はできる限り避けることが、社員自身の持続可能性を保つと考える。ここ20年間を見ていても、「健康被害はないが、念の為に自主回収する」という案件が多過ぎる。後ろ向きの無駄な作業に時間を費やしているから、日本は、1970年から50年以上、G7(主要先進7カ国)で、時間あたりの労働生産性が最下位(9)なのではないか。働く人の命や時間は有限だ。人の持続可能性も考える必要がある。

日本生産性本部「主要先進7カ国の時間あたり労働生産性の順位の変遷」
日本生産性本部「主要先進7カ国の時間あたり労働生産性の順位の変遷」

世界のOECD加盟国の中でも日本はごみ焼却率が最も高い。ではリサイクル率が高いかというと、OECDの中でリサイクル+コンポスト率は最下位だ(10)。

世界のごみ リサイクル+コンポスト率。OECD(2013年もしくは最新)のデータを基にYahoo!News制作
世界のごみ リサイクル+コンポスト率。OECD(2013年もしくは最新)のデータを基にYahoo!News制作

世界幸福度ランキング(2020年)で日本は62位でG7最下位。自殺死亡率は10万人あたり自殺者数が18.5人と、G7で最も多い。「将来への希望があるか」という問いに「ある」と答えたのは日本は61.6%(G7の他国は80〜90%台)。平均賃金もG7最下位。日本の、ともすると杓子定規で「前例に従う」やり方が、資源や人の持続可能性、働く人の幸せに貢献しているのか、考え直す必要があるのではないか。

食品関連企業の代表取締役社長に、今回の件についてどう考えるかを取材すると、次のような答えがかえってきた。

食品ロスについては、消費者の価値観より、生産者やメーカーの過剰基準、流通の過剰要求が主な要因だと考えています。

わたくしどもは、食品製造の仕事に携わっています。健康に影響しない「外観」「官能」「色調」などの過剰基準により、賞味期限を短く設定し、廃棄が多く発生し、過剰包装になり、酸化防止剤や着色料を多用することに繋がっています。

野菜のスムージーやキウイドリンクに「抹茶抽出緑色色素」を入れることのどこが「高品質」なのか?メーカーだけでなく、消費者も高いコストを払っています。

流通からの指示である長年の商慣習「1/3ルール」(賞味期間の3分の1で納品しなければならない義務)、大手コンビニエンスストアからの値引き禁止による廃棄など、業界全体の悪癖を退治することだと思います。

本件については、世界を俯瞰して見ることのできる方の議論を求めたい。

参考情報

1)厚生労働省「日本人の食事摂取基準」2020年版

2)「三陸沿岸漁業地域住民の1日のヨウ素摂取量」千葉啓子他、岩手県立大学盛岡短期大学部研究論集第19号

3)厚生労働省「日本人の食事摂取基準」2015年版

4)横山次郎「知っていますか?千葉県とヨウ素、千葉大学とヨード卵の関係!〜ヨウ素からコレステロール、卵の健康効果まで〜」日本糖尿病教育・看護学会誌 Vol.24, No.1, 65-68, 2020

5)株式会社おむすびころりん本舗 プレスリリース

6)東海澱粉株式会社『輸入「冷凍塩蔵茎わさび」におけるヨウ素添加食塩の使用に関するご報告』2021/9/13

7)小島正美、フードニュースオンライン 第59回 茎わさび製品の自主回収と大量廃棄、繰り返される悲劇に打つ手なし!2021/9/21

8)森摂、東洋経済CVS記事に補足したい「ソフトロー」視点 2019/3/6

9)日本生産性本部、労働生産性の国際比較 2020, p10

10)世界のごみ焼却ランキング 3位はデンマーク、2位はノルウェー、日本は?(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/4/20)

塩蔵茎わさび製品自主回収に関して

ヨウ素化塩を使った塩蔵茎わさび製品の自主回収 全部で21社に(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/9/18)

ヨウ素化塩の塩蔵茎わさび製品自主回収 全20社に 厚生労働省へ報告しない会社も?透けて見える企業姿勢(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/9/17)

ヨウ素化塩を使った中国産塩蔵茎わさび関連製品の自主回収 全部で15社に(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/9/16)

安全性に問題ないが9社が次々自主回収決定「塩にヨウ素添加」法律遵守とはいえ、わさび好きにとっては涙(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/9/14)

追記(2021/9/24 8:07a.m.)

新たに22社目の自主回収が発表された。

グローバルフォルムコンクリート

「MAM CHAZUKE WASABI、MAM CHAZUKE SET02」日本では未認可添加物であるヨウ素が含まれた食塩(ヨウ素化塩)が使用されていることが判明したため

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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