財務省に異議あり いじめ認知増で35人学級から40人学級へ? データの誤読、正反対の結論
財務省のデータ解釈に異議あり
教育界に激震が走った。財務省が、「公立校の35人学級を40人学級に戻すべき」との方針を打ち出したからである。(47NEWS,ハフィントンポスト,TBS News)
そしてその記事をみて、私はもう一つの驚きを覚えた。というのも、財務省はその根拠となる「いじめ」などの統計データを誤って理解し、「40人学級に戻すべき」と提案しているからである。私の理解では、財務省が示した数字からは、「35人学級を継続すべき」という結論しか得られない。
「35人学級を40人学級に戻すべき」
財務省が、「公立校の35人学級を40人学級に戻すべき」との方針を打ち出した。「少人数学級」は、教育界が長年訴え続けてきた最重要課題の一つである。全学年とまではいっていないものの、2011年度から小学校の1年生で35人学級が実現したばかりであった。
学級規模が小さくなるとき、その増えた学級分については教員を充てなければならない。そこに要する人件費の額は、けっして小さくない。それが今回、財務省のターゲットとなったのである。報道によると、財務省の試算では、従来の40人学級に戻すと教職員を約4千人減らすことができ、人件費86億円が削減可能という。
教員数削減の根拠となった危うい数字
さて、ここで注目したいのが、教員数削減の根拠とされた統計の数字である。財務省は、単に「教員数削減(予算削減)」を訴えたのではなく、統計的根拠を持ち出してそう主張した。その根拠というのが、いじめ、不登校、暴力行為のデータである。
財務省が標的としたのは、下記の図表の数字である。35人学級導入の以前(2006~2010)と以後(2011~2012)を比べてみると、35人学級が適用された小学校1年生において、いじめの数値が増加、暴力行為が微増、不登校が微減している。不登校はほんのわずか減少したものの、いじめは増加し、暴力行為も微増した。これをもって、「目立った改善は見られず」と判断し、35人学級の効果はないと結論したのである。
なおこの数字(計算結果)は、文部科学省の問題行動に関する調査結果を財務省が独自に分析したものである。たとえば、いじめであれば2006~2010年度の各年度について小学1年生と小学2~6年生の割合を算出し(注1)、その値について2006~2010年度で平均をとったものである。
認知件数と発生件数の混同
ここで財務省が犯したミスとは、認知件数と発生件数の混同である。すでに、過去の記事(「いじめの都道府県格差『小学校で過去最多 11万件』の何が問題なのか?」「児童虐待7万件超 過去最悪」のウソ」)で明らかにしたように、問題行動の公式統計を読解する際には、それが認知件数なのか発生件数なのかを慎重に見極める必要がある。
大雑把に言うならば、発生件数とはまさにその出来事が起きた件数で、認知件数というのはその出来事が「見つかった」件数である。統計のなかには、発生件数がそのまま数字となってあらわれているものと、発生件数はまったくの不明だが「見つかった」件数が数字になったものがある。
そしてここで重要なことは、おおまかに分けてしまえば「いじめ」と「暴力行為」は認知件数であり、「不登校は」発生件数であるという点だ。前者は、たとえば教師が見て見ぬふりをすれば、件数は限りなくゼロに近づけることができる。逆に敏感になれば、「いじめ」や「暴力行為」を拾い上げることが可能となる。したがって,「いじめ」と「暴力行為」の件数が増えるということは,基本的には前向きに評価すべきことなのである。
しかし、「不登校」はそうはいかない。子どもが学校に来ていないものを見て見ぬふりはできない。学校に来ているかどうかは、YES/NOではっきりと確認ができるため、客観的な発生件数として把握されうる。(じつは細かいことをいうと、「不登校」の件数を隠すことも可能であるが、ここでは触れない。) したがって不登校の件数は、(学校に子どもが来ることを善とするならば)基本的には減るほうが前向きに評価される。
認知/発生のちがいについて、都道府県格差をみることで、確認しておきたい。右図は、2012年度の「いじめ」「暴力行為」「不登校」いずれも1000人あたりの件数について、それぞれの都道府県格差を示したものである。公表されているデータの都合上、「いじめ」と「暴力行為」は小中高、「不登校」は小中を対象としている。図からわかるのは、「いじめ」と「暴力行為」は都道府県格差が大きく、「不登校」は小さいということである。前者は、行政が積極的に当該事象を見つけようとする/しないの態度が顕在化する。それゆ隣同士の県でも大きく値が異なっている。後者は、見つけようとする/しないにかかわらず不登校は出現する(数え上げられる)ものであるため、その都道府県格差はそれほど大きくはならない。
35人学級はむしろ「効果あり」?!
このように考えると、財務省が示した数値はまったく逆の読み方ができてしまう。
基本的に「いじめ」と「暴力行為」の数値が増えたことには前向きな意味をもたせることができる。なぜなら、学校の教職員たちが積極的にいじめを発見していると考えられるからである。そして「不登校」の数値が減ったことについても、前向きな評価ができる。なぜなら、まさに発生件数が減ったと考えられるからである。
小学1年生のクラスでは、35人学級の導入によりクラスサイズが小さくなり、いじめや暴力がちゃんと教師の目にとまり、そして不登校が減っていった。そうだとすれば、財務省のデータは「35人学級効果あり」を意味することになる。
なお、最後に参考までに、財務省とは異なる角度から、「いじめ」「暴力行為」「不登校」の変化を提示しておこう。なぜなら、財務省の視点は、小学2~6年に対する小学1年生の姿を描くにとどまっている。小学1年生の件数がどう時間軸で変化していったのかが問われていない。そこで、同じ文部科学省のデータを用いて、35人学級を導入していなかった時期と、導入して以降の時期で、1年生の件数(1000人あたり)がどう変化したかを追った。
そこで新たに、公立校の小学1年生と2~6年生それぞれについて、2006~2010年度の増加率、2010~2012年度の増加率を算出した。
集計の結果は、財務省の数値とそれほど大きくは変わらないものの,若干異なる姿がみえてくる。いじめでは、35人学級導入後に小学1年生と2~6年生の差が拡大している。暴力行為では、35人学級導入後に差は縮小、不登校はほぼ変化なしであるが、35人学級の導入以前と以後では、小学1年生と2~6年生の大小が逆転している(小学1年生で不登校が相対的に減少している)。総じて、小学1年生において、35人学級導入以降いじめが発見されやすくなったことが、目立った知見である。
数字というのは、その切り口や解釈の仕方によって、いくらでも結論を変えうるものである。そしてそこでは、億単位のお金が動く。それだけに数字は、慎重に扱わなければならない。
財務省の数字をそのまま受け止めるべきか。それとも逆の読み方をすべきか。いや、そもそもいじめや不登校などの件数だけで学級規模あるいは教職員雇用の政治を動かしてしまってよいのか。
数字に慎重に向き合い、ときに適度に距離をとりながら、教育の明日を考えていく必要がある(注2)。
※注1
いじめの場合、小学1年生と小学2~6年生の割合は、2006年度が10.68%:89.32%、2007年度が10.97%:89.03%、2008年度が11.02%:88.98%、2009年度が11.03%:88.97%、2010年度が9.50%:90.5%、2011年度が9.60%:90.4%、2012年度が12.80%:87.2%である。これを小学1年生について2006~2010年度で平均すると10.64%となり、財務省が発表した数値「10.6%」と一致する。
※注2
今回、この記事で「35人学級」の是非を問うつもりはない。この記事に関して、私自身はとくにどちらの立場もとっていない。そもそも、いじめ等の件数だけでクラスサイズや教職員の雇用が右に左に揺れることに疑問を抱いている。