ウィシュマさん入管死亡訴訟、ビデオ映像「年内提出」も真相解明にまだ遠い道のり
名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)で昨年3月、スリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさん=当時33歳=が収容中に死亡した事件を巡り、遺族が国を相手に損害賠償を求めて提訴した裁判の第4回口頭弁論が12月12日、名古屋地裁で開かれた。
焦点となっていた収容中のウィシュマさんの様子を写したビデオ映像の開示について、国は約5時間分の映像を「年内」には証拠提出する方針を示した。
当初は頑なに映像提出を拒んできた国側だが、9月の第3回弁論で裁判長から提出を促す「勧告」が出たのを受け、ようやく譲歩した形だ。しかし、遺族らはあくまで約295時間分の全面開示を求めており、入管内で何が起こっていたのかという真相解明への道のりはまだ遠い。
5時間分は法廷で上映へ、残り290時間分も提出求める
ビデオ映像を巡っては、国が11月14日付で、保安上の理由から一部をマスキングした上で約5時間分の映像を出すとの上申書を裁判所に提出。今回の弁論で実際にいつまでに出すと表明するのかが注目されていた。
原告側弁護団の指宿昭一弁護士は、閉廷後の記者会見で「もし(国側が)今日いつまでに出すと答えなかったら、それをどうやって詰めていこうかと万全の態勢で手ぐすねを引いて待っていた」と明かした。
その意味では、国が年内(具体的には12月28日まで、早ければ「その前に」とも述べた)と期限を示したのは、弁護団にとってやや肩透かしではあった。しかし、指宿弁護士は「そもそも提訴から9カ月。ここまで出てこなかったのが決定的に遅い」と批判した。
ウィシュマさんの妹のワヨミさんは、この日の法廷でビデオ映像について「姉の死の真実は、295時間分の映像がすべてそろわなければ、絶対に明らかになりません。姉の最期の日々の姿を、いつまでも入管に独占させないでほしい」と意見陳述。そして記者会見では「期待はしていなかったので(年内の提出方針が示されたことは)よかった。けれど、今でも遅い。残り290時間のビデオも早めに出してもらいたい」と訴えた。
もう一人の妹のポールニマさんは「うれしい気持ちではあるが、もっと前からビデオを出すべきだった」とした上で、「弁護団や関心を持ってくれた皆さんのおかげで、国が早く出さざるを得なくなったのだと思う」と支援者らに感謝を述べた。
今後は年明けの1月18日に非公開の進行協議が行われ、ビデオの法廷での開示方法などについて話し合われる見込みだ。指宿弁護士は「このビデオは事件の真相を社会に対してはっきりと伝える役割を持っており、公開の法廷で5時間分を上映してもらう。その上で何らかの形で社会的にも明らかにして、誰もが見られる状態にしていきたい」と述べた。
入管収容は「精神的苦痛などの不利益生じるのが当然」
この日までに、国からは新たな準備書面と、ウィシュマさんの死亡前後の鑑定書の写しなどが証拠として提出された。
第2準備書面では、ウィシュマさんの収容の継続などを違法とした原告側の主張に、国側の反論が30ページ近くにわたって述べられている。
全体的には、国家賠償法に違反する「公権力の行使」などはなかったとして、入管側の行為や手続きを正当化。「退去強制手続における収容は、国内秩序の維持という高度の公益性を有し、法律(入管法)に定める理由及び手続による身柄拘束の手段」だとするこれまでの主張を繰り返し、「入管法は、同収容により、被収容者の移動の自由が制限され、それに伴って精神的苦痛等の一定の不利益が生じることを当然に予定している」と開き直っている。
また、今回の事件の背景にあるとして原告が批判する「収容前置主義」や「原則収容主義」に基づく収容も、「合理性を欠いた恣意的なものであるなどということはできない」。そして、国際的な「自由権規約」や国連の恣意的拘禁作業部会の意見書などに反するのではないかとの指摘も「(日本国内での)法的な拘束力がない」として意に介さない姿勢を示す。
病理鑑定書の結論否定する意見書を国が用意
第3準備書面では、ウィシュマさんの死因に関する病理鑑定書を証拠提出した上で、その結論が「信用性に欠ける」と主張する。
病理鑑定書を作成した大学教授は、ウィシュマさんの死亡に深く関わった疾患として「自己免疫性甲状腺炎」と「血球貪食性リンパ組織球症」を列挙。そして、これらと「食思不振による脱水と低栄養」が合併した「複合的な要因による多臓器不全であると結論する」などと記載していた。
この病理鑑定書は今年2月28日付とされており、遺族や弁護士が今年8月に名古屋地検の事件記録を閲覧した際に、同日付の鑑定書の中で同様の死因が記載されていたことを確認している。
一方、国側は今年11月16日付で作成された別の医師による意見書を証拠提出。そこでは、死亡前のウィシュマさんに持続的な高熱の症状が認められなかったことなどから、病理鑑定書に記載された「自己免疫疾患に合併した血球貪食性リンパ組織球症」や「自己免疫性甲状腺炎に起因する未完成の血球貪食症候群」などが「直接的な死因となったとは考え難い」としている。
ウィシュマさんの死因を巡っては、殺人罪での刑事告訴を受けた名古屋地検が今年6月、死因は特定できなかったなどの理由で当時の入管職員ら13人を不起訴処分とした。この処分を不服として、遺族らは検察審査会に審査請求を申し立てており、この日も弁論の前に遺族と支援者が審査会に対し、死因解明のために鑑定書を再検証し、起訴相当の判断を出すよう求める要望書を提出した。
原告側弁護団の川口直也弁護士は「意見書の日付(11月16日)からすれば、国側もいま死因に関する資料を集めている段階であることが分かる。本来は死因の鑑定を受けてビデオの映像もどこを見るべきか議論しなければならず、非常に“いびつ”なことになっている」と指摘する。
この第3準備書面の内容は、国が原告側の主張や立証を受けて、さらに詳細な論証を重ねる予定だという。死因を巡る議論は、もう一つの大きな駆け引きの材料となりそうだ。
次回の弁論は来年2月15日の予定。