東京地検特捜部“日産分室”と化した「西川執行部」
1月11日に、特別背任等で追起訴された後も、2度の保釈請求が却下され、勾留が90日近くに及んでいる日産自動車の前会長カルロス・ゴーン氏の事件、日本の「人質司法」の“悪弊”を海外に露呈する状況が続いている。
日産自動車が、2月12日に発表した2018年第3四半期決算で、有価証券報告書に未記載の約92億円をゴーン氏への報酬として一括計上する一方、ゴーン氏の報酬過少申告の事件をめぐる司法判断や、日産が検討しているゴーン被告への損害賠償請求をにらみ、実際の支給は見送ることを明らかにした。
数日前から、そのような日産の方針が報じられていたが「まさか」と思っていた。本当にゴーン氏の役員報酬を決算に計上するとは…。
苦し紛れの「役員報酬約92億円計上」に根拠はあるのか
昨年12月3日にヤフーニュースに出した記事【ゴーン氏「退任後報酬による起訴」で日産経営陣が陥る“無間地獄”】で、私は以下のように述べた。
日産は、臨時取締役会でゴーン氏の会長及び代表取締役を解職しており、さらに、臨時株主総会で取締役も解任する方針を明らかにしているが、「ゴーン氏の退任」が現実化した場合、ゴーン氏へ「退任後の役員報酬」を支払うべきかどうかという問題に直面する。検察が主張するとおり、「退任後の報酬」について合意の時点で支払いは確定しており、単に「支払時期が退任後に後送りされているだけ」だとすれば、日産側は、ゴーン氏退任の際に支払わなければならないことになる。また、退任後の役員報酬自体が「違法」とされたのではなく、開示しなかったことが違法とされているのだから、「違法な役員報酬は支払わない」という理由での支払いの拒絶もできない。日産側の経営判断で支払わないとすれば、「支払は確定していた」という前提を否定する重要な間接事実となる。
有価証券報告書等の虚偽記載で起訴された前経営者に、巨額の退任後報酬を支払うなどということは、株主には到底理解されない。しかし、検察の主張と整合性をとろうと思えば、ゴーン氏への約80憶円の支払いを拒絶することは容易ではないのである。
ゴーン氏自身も、1月8日の勾留理由開示公判で、「退任後の役員報酬の支払は確定していない」と強く主張し、「報酬の支払が確定しているのなら、今、私が死亡した場合に相続人が受け取れるはずだが、そうでないことは明らかだ」と述べていた。
この点が、検察の有価証券報告書の虚偽記載の起訴事実の立証にとって最大の障害になることは必至だった。
そして、日産は、臨時株主総会で、ゴーン氏を取締役から解任する方針を示しており、早くも、「ゴーン氏の退任後の役員報酬」の支払いの問題が現実化することになった。
「退任後の役員報酬の支払は確定していた」という検察の主張と整合性をとるために、日産経営陣は、不記載だったとされた役員報酬を一括計上し、しかも、ゴーン氏への損害賠償請求の可能性があることなどを理由に、その役員報酬の支払をせず、「未払金」にするという方法を選択したということだろう。
【前掲記事】で述べたように、ゴーン氏の役員報酬に関する文書については、朝日記事によると、年間報酬の総額(約20億円)と、その年に受け取った額(約10億円)、差額(約10億円)の3項目が具体的に記載された合意文書(「書類1」)があり、一部のものにはゴーン前会長と秘書室幹部の署名があるとされる。そして、それ以外に、退任後の支払い方法が書かれたという書面(「書類2」)があり、コンサルタント契約や競合他社に再就職しない契約など、複数の別の名目が記されているとのことで、特捜部は、「書類2」は隠蔽工作のためのものとみているとのことだ。
では、今回計上されたゴーン氏の役員報酬計上は、一体何を根拠とするものなのだろうか。「書類1」は、ゴーン氏と秘書室幹部との間で交わされただけである。会社としての正式決定といえるのであろうか。「書類2」には、西川氏も署名を行っているとのことであり、有効なものである可能性もある。しかし、それが有効だとすれば、支払はコンサル契約、競業避止契約の対価であり、契約関係の存在が支払の条件となる。現在のゴーン氏が、そのような契約関係が考えられる状況ではないことは明らかだ。
つまり、どう考えても、「役員報酬」を計上する根拠などないのだ。
西川氏らにゴーン氏の「特別背任」を批判する資格があるのか
役員報酬を計上すれば、日産は、会計上、ゴーン氏への債務の存在を認めることになる。西川氏は、決算発表の会見で、「これを実際に支払うことを決めたわけではない。私としては支払いをする、という結論に至るとは思っていない。」と述べたとのことだが、ゴーン氏は損害賠償債務を認めるわけがないし、実際に裁判上、日産の損害賠償請求が認められるかどうか全く不明だ。しかも、日産側が「支払わない方針」だとしても、役員報酬という債務の存在を明確に認めることで、ゴーン氏に対する債務という「会社にとっての損害」が発生することに変わりはない。十分な根拠もなく、ゴーン氏の役員報酬を計上し、損害を発生させるのは「背任的行為」とも言える。
「デリバティブの評価損を日産に付け替えただけで、形式上損害が発生し、特別背任が成立する」という「検察の理屈」からすると、支払を凍結したとしても、役員報酬を計上した段階で、ゴーン氏への役員報酬の「未払金」という「損害の発生」は否定できないことになる。
今回の「役員報酬計上」は、日産CEOの西川廣人社長が最終的に判断したものであることは間違いない。これまで述べてきたように、西川氏は、「直近2年分」の有価証券報告書虚偽記載については、自らがCEOであり、有価証券報告書の真実性について直接責任を負う作成・提出者であり、ゴーン氏・ケリー氏の虚偽記載罪の刑事責任を問うのであれば、本来、西川氏も刑事責任を問われることは避けられない(【ゴーン氏「直近3年分再逮捕」なら“西川社長逮捕”は避けられない ~検察捜査「崩壊」の可能性も】)。
ところが、ゴーン氏・ケリー氏が、「直近3年分」も含めて起訴されたのに、西川氏は刑事立件すらされていない。検察との「ヤミ取引」で「お目こぼし」をしてもらっている疑いが濃厚だ。
そうなると、西川氏にとって、検察の意向に従って、或いは、検察の意向を慮り、本来行うべきではないゴーン氏の役員報酬の計上を行う動機は、「自らの刑事責任を免れるため」という「自己の利益を図る目的」で行われたということになる。しかも、西川氏は、前年度でもCEOとして、5億円近くもの役員報酬を得ているのであり、検察の意向に従い、CEOの地位を守ることは、個人的にも大きな利益をもたらす。
このような西川CEOをトップとする日産経営陣には、特別背任で起訴されているゴーン氏を批判する資格があるのだろうか。
ルノーに「検察の手先」と批判された日産
この日産第3四半期決算発表の少し前に、2月10日に、フランスのジュルナル・デュ・ディマンシュ(Journal de Dimanche)紙に、【ゴーン事件、日産を非難するルノーの書簡~自動車メーカーの弁護士が日本の調査の「逸脱」を非難】と題する記事が掲載された。
日本でも、共同通信、産経新聞等の記事で、【ルノー「検察の手先」と日産非難】などと報じられていたが、ジュネーブ在住の和泉純子氏(@junko1958)からジュルナル・デュ・ディマンシュ紙記事の送付を受けた。以下が、その概要の日本語訳だ。→【全文はこちら】
推定無罪の原則の尊重とアライアンスの維持のため、ルノーは何週間も沈黙していたが、水面下では日産の行動に対して動いており、二社の関係は緊迫していった。
本件の発生から2ヶ月後の1月19日、ルノーの弁護士クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン(以下、「ルノー弁護士」)から、日産側のレイサムアンドワトキンスの弁護士に、10頁にわたる書簡が送られていた。
ルノー弁護士はまず、ルノーが十分に早い段階で情報提供も適切な主張もなされなかったことに遺憾の意を示し、数十年間の協力関係を強固にするため2015年に二社が合意したRAMA (Restated Alliance Master Agreement) の精神を妨げるものだと指摘し、ルノーと日産のアライアンス内で不正があったならば、その調査には全面的に協力するとした上で、調査の重大な逸脱を指摘して「日産及び日産の弁護士による内部調査の手法ならびにルノー従業員への対応の仕方についての重大な懸念」を表明した。
書簡によると、日産とレイサムは二度目の逮捕の後、ルノーに報告することなく、フランスでゴーンに対する告発を補強する要素を探していた。また、「ルノーの書類が存在するかもしれないにもかかわらず」ルノーに知らせず、ゴーンのブラジル、レバノン、オランダのマンションの捜索も試みていた。
「ルノーは日産とその弁護士が、日本の検察庁によるルノー従業員へのインタビューを得るのに使った手法について、理解し非難するに足る十分な証拠を収集した。」「日産は、ルノー側に許可を求めることなく、ルノー従業員に電話やメールで直接接触した。これはアメリカ、フランス、その他どの国の規範や規則とも相容れない。日産担当者は、検察庁と日産との調整を行っているとして、日産と同取締役会を、検察庁の延長であるかのように思わせた。旅費と東京での宿泊費の支払いまでも申し出た。」と批判した。
書簡では、裏付けとしてクボヒデアキなる人物とルノー従業員との12月14日から1月3日のメールが引用されている。
12月14日にクボは西川社長と日産取締役会の責任のもとでゴーンの容疑の内部調査を行っており、東京地検との仲介役と名乗った上で、検察が対面でのインタビューを求めているとして、東京に来てほしいと従業員にメールを送った。
12月21日、ルノー従業員は、証人として検察庁に力を貸すという原則に反対するつもりはないが、検察からではなく日産から連絡があったことに驚いていると述べた上で、正式な手続きの元、パリでの聴取にならば応じる用意があると返信。
それに対し、翌12月22日、クボは「国際法の下では、検察庁は外国にいる人々に対し、電話やビデオ会議で直接質問する権限を有さない。その国の主権を侵害することになるからだ。そのため、関係のある会社が関係者を他国から日本へ連れてくることが慣例だ。本調査のために、複数人がすでに来日し、帰国した。」として、再度来日を要請。
12月27日、クボはアプローチを変える。日本とフランスの司法条約を尊重した法的手続に時間がかかることに言及した上で、内部調査員が弁護士同席のもとでビデオ会議による尋問を行うことを提案した。
同日、当該従業員は「公的な法的手続、つまり、日本とフランスの司法共助条約に従いたい。遠隔地からであっても、検察庁の公的な調査の妨げとなる可能性のあることを行なったり参加したりしたくない。ご理解いただけると思う。」と返信。
同日、クボは「検察の行う犯罪捜査のいかんを問わず、我々日産はコーポレートカバナンスの中で、我々自身の調査を行い、真実を突き止め、適切な対応を行わなければならない。我々が必要とする情報の範囲は必ずしも検察のそれと同じとは限らない。これは我々にとって緊急の事項だ」と聴取を正当化。「他の従業員やCFO含む元幹部も、既に受け入れたか受け入れようとしている。今のところ協力に応じないのはルノーのもう一人の従業員とあなただけだ。…検察はビデオ会議のことを認識しており、検察の捜査の妨げになることを心配する必要はない。」と恫喝に近いメールを送信した。
2019年1月3日、当該従業員は、条約の規定に従った公式の法的な手続きでないとして、再度インタビューを断る。また、12月27日の依頼内容が、不明確なプロセスであり、最初のメールで言及したものとは異なる問題だと指摘した。
このやり取りを受け、ルノー弁護士は「国際協定の枠組みから外れてルノー従業員にインタビューすることは、フランス法に違反する。」と厳しく批判。1月1日のインタビューを12月31日に知らせたことにも遺憾の意を示した。
ゴーンの社長辞任から数日後に、ルノー弁護士は、日産に対する不満事項をまとめ、徹底的に攻撃することを決めた。日産がルノーに知らせずに、ルノーアライアンスで働く幹部の報酬を調査したことに驚き、また、日産の役員報酬の方針に深く関与し、日産取締役会で様々な事項の助言を行なっていたレイサムの利益相反を指摘した。
日産でゴーンの執務を率いていたハリ・ナダも批判の対象だ。ハリ・ナダが1月11日にルノー社長のティエリー・ボロレに対してメールを送り、日産でゴーンに近い立場にいたホセ・ムニョスの辞任を伝え、「ルノーのいかなる社員も幹部も日産あるいはアライアンスに関して話し合うために接触してはならない」と要請したことに触れ、内部通報者の一人とされているナダが本件で日産を代表する立場で長期間関与していることは、調査の動機と客観性に疑問を生じさせるとして、「中立的な事実調査というよりは政治的キャンペーンのようだ」と抗議した。
終始「検察の手先」として動いている日産
この記事が紹介しているルノーの弁護士の手紙によれば、日産の「クボヒデアキ」氏は、検察の意向を受け、ルノー側の了解を得ることなく、ルノー従業員に連絡をとって、来日して検察の取調べを受けるよう要請し、従業員がそれを拒むと、ビデオ会議で、日産側の弁護士とのインタビューを受けさせようと画策していたというのである。
そもそも、今回の事件で、ゴーン氏と同時にケリー氏が逮捕された際も、ケリー氏が厳しい腰痛と脊髄の病気を抱えていて手術直前のところを、日産に「どうしてもビデオ会議ではダメな、参加が必須な会議があるから」と騙されて飛行機に乗せられ、日本に着いたところを逮捕された事実を、同氏の夫人が明らかにしている。
日産は、この時も、「検察の手先」となって、ケリー氏を騙して来日させて逮捕させた。そして、その逮捕事実である「退任後の報酬」についての有価証券報告書虚偽記載の事実での検察の起訴を維持するために、根拠もなくゴーン氏の役員報酬の計上を行って日産に形式上の損害を与え、それと並行して、「検察の手先」となってルノー従業員に検察の聴取を受けさせるために来日させようとしたり、その代わりに日産の弁護士による聴取に応じさせようとしたりしているというのである。
西川氏ら日産経営陣は、ゴーン氏の逮捕以降、終始「検察の手先」として動いており、もはや、独立した判断を行う会社執行部ではなく、東京地検特捜部“日産分室”と化したと言わざるを得ない。
このようなやり方が、日産の43%超の株式を持つルノーに対して重大な背信行為であることは明らかであり、このようなことを行いながら、ルノーとのアライアンスについての交渉を行っても、ルノー側が日産の求めに応じることは考えられないし、日産という会社や株主にとって大きな損失につながることは避けられない。
西川氏は、ゴーン氏による支配・権限の集中を、日産のガバナンス問題だと言い、「ガバナンス改善特別委員会」まで設置した。しかし、では、西川氏の下での日産のガバナンスはどうなのか。今回の「ゴーン氏への未払い役員報酬」の計上による西川氏ら日産経営陣による「会社の私物化」と言うべきではないのか。