「差別こそ力の源」人権派弁護士が指摘、入管の闇
著しく健康状態が悪化しているのにもかかわらず適切な治療を受けさせずに死なせる、車椅子の相手を数人がかりで1時間半も床に押し付ける、法律で定められた手続きにすら反して強制送還する―法務省・出入国在留管理庁(入管)の人権や法令を蔑ろにする振る舞いは、事例をあげればキリがない。なぜ、入管はそこまで人権や法令を軽視するのか。それは、今月21日に入管が公表した資料に表れていた。
○外国人差別を助長する入管
今回、入管が報道関係者に対し説明を行った資料によると、入管が退去強制令書を発布し、国外退去させようとした外国人の中で、帰国を拒む「送還忌避者」が、現時点で3103人いるとしている。また、同資料はこうした「送還忌避者」のうち、その約3割にあたる994人が「前科がある者」として、治安上の観点から排除すべき存在と印象づけている。だが、逆に言えば、全体の約7割は犯罪とは無関係なのだ。しかも、「前科がある者」とされる約3割の中には、刑法犯ではない、入管法違反も418件含まれているのである。
こうした入管側のデータに、「入管を変える!弁護士ネットワーク」事務局長の高橋済弁護士は疑問を呈する。今月21日に都内で行った会見で、高橋弁護士は「犯罪歴のない人が大多数なのに外国人が危険な存在であると印象づけ、差別を助長している」と批判。また、入管データでの「入管法違反418件」について、「内訳が示されていないがオーバーステイ(在留期間を超えての滞在)もかなりの数が含まれているのでは」と指摘する。日本では、オーバーステイも刑罰の対象にされ、「前科」とされるものの、殺人や強盗などの被害者がいる刑法犯とは、根本的に性質が異なるものだ。そのため、諸外国では、重大な刑事事件を起こした者でない限り、オーバーステイの非正規滞在の人々に在留許可を与えて正規滞在とする、いわゆる「アムネスティ」も度々行われている。
○外国人への差別が入管の力の源
そもそも、いわゆる「送還忌避者」には祖国での迫害を逃れ、日本での庇護を求める難民認定申請者であったり、日本人と結婚するなど日本に家族がいるという人が多い。法務大臣の私的諮問機関として2019年10月から2020年6月に催された「収容・送還に関する専門部会」での資料によれば、入管の収容施設にいる被収容者が帰国できない理由として述べたものの中で、『難民認定手続中』が39.6%、『家族同居』が18.1%、『子の養育』が12.5%なのだ(いずれも2019年末統計)。日本は難民条約の加盟国であり、難民を助ける国際的な義務を負っている。また、国連の児童の権利条約では「子ども自身の最善の利益」が尊重され、国内法でも、児童福祉法は「健やかな生活」が子どもたちの権利として保障されるとしている。その様な条約及び国内法からは、日本で生まれた、或いは幼少期から日本で育った外国籍の子ども達には、むしろ積極的に在留特別許可を与え、また両親も共に日本で暮らせるようにすることが望ましいのである。
入管は、難民その他の帰国できない事情を抱える外国人に「送還忌避者」としてレッテル貼りし、殺人や強盗等の凶悪犯罪と入管法違反をあえて混同して「外国人は怖い、危ない」という印象を広めるようとしている。こうした入管の振る舞いについて、前出の高橋弁護士は「(外国人への差別が)入管の力の源だからでしょう」と指摘する。外国人に対しては、「ルールの理解に努め、守っていくことが必要」と強調する入管であるが、一方で、入管は難民認定申請者への差別的な対応や収容施設への長期収容等について、過去10年以上にわたり、国連の人権関連の各委員会から度重なる是正勧告を受けながらも、開き直るような暴挙を続けているのだ。入管が自己正当化するために利用しているのが、外国人差別であり、今回の「送還忌避者の前科」を強調する入管の資料も、来年の通常国会での提出が一部報道で報じられている入管法「改正」案への地ならしということなのであろう。
○入管の差別的な体制がウィシュマさんを「殺した」
今年3月には、名古屋入管に収容中だったスリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)が著しい健康状態の悪化で、本人や支援者も入院のため仮放免を求めていたにもかかわらず、適切な医療が行われないまま、死亡するという痛ましい事件が起きた。この事件の背景にも、「送還忌避者は日本社会に対する脅威であり、その人権は制限してもよい」という入管側の差別的な思想があった。ウィシュマさんが元交際相手から帰国すれば「罰を与える」と脅迫されていたこと、DV防止法での救済対象とされるべきであったことも考慮せず、入管側の検査でウィシュマさんが「飢餓・脱水状態」であると示されたにもかかわらず、名古屋入管はウィシュマさんを「帰国すべき立場だと理解させるため」*に仮放免しないまま、死なせてしまったのだ。
前出の高橋弁護士は「入管にとっては、ウィシュマさんも亡くなるまでは、今回の(「送還忌避者」を排除すべき存在とする入管の)資料にあるような、『禍々しい存在』だったんですよ」と指摘する。「だから、死んでしまうまで放置された。正に今回の資料にもある(入管の差別的な)体制によってウィシュマさんは殺されたと言うべきでしょう」(同)。
*ウィシュマさんの死亡経緯に関する入管報告書の記述から
○入管は人権や法を守れ
入管は、ウィシュマさん事件を受け、職員の意識改革や収容施設での医療体制の拡充などの改善策を行うとしている。だが、高橋弁護士が指摘するように、その本質は全く変わっていない。国連の人権関連の各委員会、国内の弁護士会や人権団体などから是正を求められ続けている難民認定審査の改善、収容を原則とする非正規滞在者への対応等の課題をそのままにして、レッテル貼りや差別を煽ることで、外国人を人間としてではなく、「管理する存在」としてみなす政策を推し進めようとするなら、今後も入管によって人が「殺される」ことは後を断たないだろう。行政機関が個人の人権や法を守ることより、差別主義を優先するのであれば、それは、在日外国人のみならず日本社会全体にとっても、非常に憂慮すべき事態なのだ。
(了)