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ロシアの反撃か。露軍がクレミンナに精鋭を注入。ゼレンスキー大統領「ベラルーシ国境からの脅威」に言及。

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
1月6日、正教会のクリスマス期間中のクレミンナの前線地域で、指揮官が歩く。(写真:ロイター/アフロ)

ここ数日、バフムート・ソレダルの戦線に、メディアの注目が集中している。

しかし、クレミンナはどうなっているのか。仮にバフムート・ソレダルがロシア軍のものになっても、クレミンナをウクライナ軍が奪取できれば、戦況は大きく変わるのではないだろうか。

筆者は10日前に「激戦地・補給路66号幹線道路の攻防:第二次クレミンナ・スヴァトヴェ線の戦い」という記事で、ロシア軍は「バフムートを取りさえすれば」と思いウクライナ軍を追い詰め、ウクライナ軍は「クレミンナを取りさえすれば」と思いロシア軍を追い詰めていることを書いた。

(なぜこの地域で戦っているかは、この記事をご参照ください)

いまロシア軍の優勢が伝えられるバフムート・ソレダルは、道路や鉄道の分岐点だ。

ロシア軍にとっては、ウクライナの供給ラインを寸断し、クラマトルスクやスロビアンスクなど、東部の他のウクライナの拠点へ進撃の道を開くことになると言われる。

一方、ウクライナ軍の優勢が伝えられるルハンスク州の町クレミンナには、北を通る66号線幹線道路(P66)がある。

ウクライナ軍にとっては、ロシアのベルゴロド地方からドンバス戦線北部への、ロシア軍の重要な補給路を断ち切り、セベロドネツクやリシヤンスクに通じる主要道路を支配できるようになるとされる。

西側識者の意見を総合してみると、場所の戦略的重要性から言えば、バフムートよりはクレミンナのほうが上なのかもしれない。

というのは、仮にバフムートがロシア軍のものになったとしても、ロシア軍が主要都市に到着するまでには、地形の利もあり、ウクライナ軍は防衛戦を張ることができる。だから、すぐに直接的な致命傷にはならないと言われているからだ。

ただし、ロシア軍にとってバフムートは国家的に象徴的な意味をもちうるので、ここでもし彼らが勝利したら、影響は未知数のものがある。

1月6日、クレミンナの最前線地域で、第80独立空襲旅団の兵士が、正教のクリスマスにロシアが発表した停戦中に、休憩所での夕食時にクリスマスに乾杯して祝う。
1月6日、クレミンナの最前線地域で、第80独立空襲旅団の兵士が、正教のクリスマスにロシアが発表した停戦中に、休憩所での夕食時にクリスマスに乾杯して祝う。写真:ロイター/アフロ

そんなクレミンナであるが、ルハンスク州知事のセルヒイ・ハイダイ氏は、1月6日、ウクライナ軍がスヴァトベークレミンナ方面に前進しているが、ロシア軍によって地雷が多く埋められているため、状況は複雑になっていると述べ

さらに1月8日知事は、ロシア軍がバフムート地区からクレミンナ地区へ、いくつかの大隊を移したと述べ

そしてロシア軍は、スバトベークレミンナ線沿いの失われたポジションを取り戻すため、反撃を続けたという。アメリカのシンクタンク・戦争研究所が報告した。

さらに英国国防省は1月12日、この2日間、ルハンスク州クレミンナ郊外と、ドネツク州ソレダルの町周辺で激しい戦闘が続いていると報告している。

また、「2023年1月初めから、ロシアはクレミンナ前線をたいへん脆弱と評価して、(ロシア空挺軍の)第76親衛航空上陸師団 (the 76th Guards Air Landing Division)の要素を、強化のために割り当てているのはほぼ確かである」と報告。

さらに、ロシアは2022年11月まで、展開可能なほぼすべての空挺軍を、ヘルソン地域の前線に沿って、長期的な地上待機(堅持)部隊として投入していたが、「ドンバス地方とウクライナ南部に再配置された今、指揮官たちは空挺軍を、比較的エリートの即応部隊として、教義上の役割に沿った形で使おうとしているようだ」と分析している。

ウクライナ優勢が伝えられていたが、ロシア側も正規軍の(比較的?)精鋭部隊を、「正しい」使い方で投入してくるようだ。

やはりロシアは手強い。まだクレミンナ地域は、決着がつきそうにない。

ゼレンスキー大統領がベラルーシ国境を警戒

ゼレンスキー大統領が、ロシアの同盟国であるベラルーシの国境からの脅威に「備えなければなりません」と述べた

大統領は、1月11日にリヴィウ地方を訪問し、国境警備とウクライナ北西部の治安状況について話し合う安全保障調整会議に出席して、ロシア軍によって殺害されたウクライナ兵を称える式典に参加したが、その終わりにこの発言をした。

ポーランドのドゥダ大統領とゼレンスキー大統領は、1月11日、ウクライナの西部の街リヴィウで、街を守った者の墓地を訪れた。
ポーランドのドゥダ大統領とゼレンスキー大統領は、1月11日、ウクライナの西部の街リヴィウで、街を守った者の墓地を訪れた。写真:ロイター/アフロ

「我々は、国家の国境保護、ベラルーシ共和国との国境における作戦の状況、これらの領土における破壊に対抗するための措置について議論しました」と説明し、「我々は、強力な声明を除いては、そこに強力なものを何も見ていないことを理解しています。それでも、我々は国境と地域の両方で準備する必要があります」と述べたのだ。

大統領は、SNSではこの内容を発信しなかったという。

プーチン大統領は先月、ベラルーシの首都ミンスクで、ルカシェンコ大統領と会談した。その頃から、北部からの新たな攻勢と、ベラルーシ軍の参加の可能性が噂されるようになった。

キーウはすでに、ロシアが昨年2月に侵攻作戦を開始したときのように、ベラルーシの領土から侵略してきて、ウクライナ北西部への攻撃、あるいは首都への進攻を目指しているのではないかと懸念していた。

ベラルーシ国防省によると、ロシアとベラルーシの共同防空軍は、新しい軍事ユニットを設立して強化されたという。

ウクライナ軍は既に、北部とベラルーシとの国境付近で、ロシアの攻勢に備えて演習を実施している。

ウクライナのヴォリン地域で、ベラルーシとの国境近くでヴォリン領土防衛旅団のウクライナ軍人が任務にあたっている。1月12日。
ウクライナのヴォリン地域で、ベラルーシとの国境近くでヴォリン領土防衛旅団のウクライナ軍人が任務にあたっている。1月12日。写真:ロイター/アフロ

一方で、ミンスクは紛争に直接関与しないことを改めて表明した。

それに、現地に展開するウクライナ軍司令官によると、ロシアは現在ベラルーシに約1万5千人の兵力を有しているが、大規模な攻勢をかけるには十分でないという。

切羽詰まった現実味のある可能性とは、今の所考えられていないようだ。それでも、注意は必要だろう。

戦略研究財団の研究員で、ロシア軍の専門家であるヴァンサン・トゥーレ氏は、他の多くの識者と同じように「バフムートが奪取されても、ウクライナの崩壊につながることはないでしょう」とは言っている。

さらに、「ウクライナ軍の防衛線はこの地域でよく組織化されており、ロシア軍はもはや十分な起動能力をもっていません」とも評価している。

しかし「バフムートはウクライナ軍の一部を、前線の特定地点に固定してしまい、他の地点で反撃をする能力を妨害してしまいます。同時に、ロシア側に軍を補充し、新しい隊の動員を実行させる時間を与えてしまうのです」と分析してい。『ル・モンド』が報じた。

さらに、北部に新たな前線を開くことになれば、ロシアは数カ月にわたって東部と南部の防衛に奮闘してきたウクライナ軍の力を分散させることに成功する可能性がある。

前も少し書いたことがあるが、たとえウクライナ人の戦いが驚嘆すべきもので、ロシア側に大打撃を与えているとしても、もともとの兵士の数では(動員できるなら)圧倒的にロシアのほうが勝っている。既に多くの犠牲者が出ているが、ウクライナは持ち堪えることができるのだろうか。

ウクライナのリヴィウで、ゼレンスキー大統領、右はポーランドのドゥダ大統領、左はリトアニアのナウセダ大統領が握手を交わす。1月11日。
ウクライナのリヴィウで、ゼレンスキー大統領、右はポーランドのドゥダ大統領、左はリトアニアのナウセダ大統領が握手を交わす。1月11日。提供:Ukrainian Presidential Press Service/ロイター/アフロ

最後に付け加えると、リヴィウでは11日、ゼレンスキー大統領はポーランド大統領、リトアニア大統領と会談した。

ドゥダ・ポーランド大統領は、レオパルド戦車一式をウクライナに引き渡す用意があると言った。しかし、これを実現するには、製造元であるドイツの許可が必要だ。緑の党は積極的(?!)だが、まだショルツ政権は答えを出していない。

リトアニアのナウセダ大統領は、ゼニット対空システムおよび必要な弾薬を提供することを共同記者会見で発表した。

ウクライナの切望している重戦車の供給に応じている国は、今の段階では存在しない。フランスも英国もドイツもアメリカも出していない。少しずつ提供する武器のレベルが上っているが、結局、最後には欧米はどうしたいのだろうか。

ロシアという国が消滅することは考えにくく、結局ロシアとどのような欧州を築くのかという、冷戦崩壊後から一向に根本解決しない最初の問題に立ち戻ってしまうのだ。

それは日本も同じだ。結局、日本人はロシア(や中国)とどのような東アジア、日本海沿岸地域を築きたいのだろうか。

1月3日、クレミンナの最前線近くで演習を行うカルパティア・ シッチ国際大隊の兵士(1939年に3日間だけ独立国だった、チェコスロバキアの東にあったカルパト・ウクライナ共和国に由来がある)
1月3日、クレミンナの最前線近くで演習を行うカルパティア・ シッチ国際大隊の兵士(1939年に3日間だけ独立国だった、チェコスロバキアの東にあったカルパト・ウクライナ共和国に由来がある)写真:ロイター/アフロ

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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