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激戦地・補給路66号幹線道路の攻防。ウクライナの勝利が間近か:第二次クレミンナ・スヴァトヴェ線の戦い

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
スヴィアトヒルスクでドネツ川に架かる破壊された橋に立つウクライナ国家警備隊の兵士(写真:ロイター/アフロ)

英国国防省は1月2日、「この5日間、ロシア軍とウクライナ軍は、ロシアが支配するルハンスク州の町クレミンナの北を通る66号線幹線道路(P66)の支配権をめぐって、おそらく戦闘を続けている」と報告した。

66号線はロシア軍にとって、ロシアのベルゴロド地方からドンバス戦線北部への、重要な補給路となっている。

ここの地域では、道路と沿うように鉄道も走っている。

ロシアは首都キーウから撤退した後、東部に力を結集させることを選択した。

そして4月18日から19日にかけて、一夜にして、最初に陥落させたのがドネツク州のクレミンナであった。それほど、補給路として重要な地だったのだ。戦争が始まる前は1万8000人の住人がいた小さな町だったのだが。

クレミンナの鉄道駅。en.wikipedia.orgより。Visem作。
クレミンナの鉄道駅。en.wikipedia.orgより。Visem作。

クレミンナは、ドネツク州のクラマトルスクの、北東約50キロメートルに位置している。2014年以来、親ロシア派の分離主義者によって部分的に支配されてきた。

クラマトルスクと言われても、ピンと来ないに違いない。

でも、この地域を流れるドネツ川(ドン川の支流)に関しては、聞いたことがあるかもしれない。川を渡る作戦にロシア軍が失敗して、多くの戦車が床に落ちた卵パックのようになった光景は、覚えている方も多いのではないか。

ウクライナ軍がドネツ川のポンツーン橋を破壊したことで、両岸にロシア軍の数十台の壊された装甲車両があるように見える写真が、同軍によって公開された。 2022年5月12日。
ウクライナ軍がドネツ川のポンツーン橋を破壊したことで、両岸にロシア軍の数十台の壊された装甲車両があるように見える写真が、同軍によって公開された。 2022年5月12日。提供:Ukraine Armed Forces/REX/アフロ

下の地図を見ていただきたい。ドネツ川がクレミンナ(地図左上)の南で蛇行しているのがわかる。

ロシアは、ルハンスク州の都市セベロドネツク(右下)を支配して、この周辺に戦力を投入していた。ここから見て西方であり、川の向こうのドネツク州の都市クラマトルスク(左下方面)は、ウクライナが守っている。クラマトルスク方面の掌握を目指した過程で、ドロニフカという場所で川を渡れなかった失敗が起きたと言われる。

右下の縮尺は2キロなことに注意。黄色い線は道路を表す。この地図はほぼルハンスク州内だが、すぐ西はドネツク州だ。二重線は筆者。GoogleMapより。
右下の縮尺は2キロなことに注意。黄色い線は道路を表す。この地図はほぼルハンスク州内だが、すぐ西はドネツク州だ。二重線は筆者。GoogleMapより。

そして現在の戦いだ。ウクライナにとっては、川に邪魔されずに補給路66号線を断つには、クレミンナが重要な位置にあることがわかる。

そしてセベロドネツクを奪還して、ルハンスク州の奪還につなげたいのである。

第二次クレミンナ・スヴァトヴェ線の戦い

半年弱の間、クレミンナはロシアに占領されたままだった。しかしその後、ウクライナは反抗に転じた。10月2日以降、ウクライナ軍はクレミンナのロシア軍陣地への激しい砲撃を開始し、66号線幹線道路まで進攻してきた。

この10月2日からの戦いを「第二次クレミンナ・スヴァトヴェ線の戦い」と呼ぶことがある。この二つの町は、ロシア軍にとって重要な補給路である66号線幹線道路沿いにあり、直線距離だと40キロくらいしかない。

その後両軍は、進んだり押し戻されたりを繰り返してきた。

10月2日から始まった戦線を描いた地図。en.wikipedia.orgより。Viewsridge作。スヴァトヴェとクレミンナの白い下線は筆者。
10月2日から始まった戦線を描いた地図。en.wikipedia.orgより。Viewsridge作。スヴァトヴェとクレミンナの白い下線は筆者。

11月には連日激しい戦闘が繰り広げられたものの、ぬかるんだ地面のために、領土の変動はほとんどなかったという。

ルハンスク州北部のロシア防衛線の多くは、11月中に新しく動員されたロシア人召集兵で構成されるようになった。

11月2日には、ウクライナ情報筋は、ロシア軍大隊全体を破壊したと主張している。

米誌『フォーブス』は、ツイートを引用して、ロシアの連隊は12日間で2500人が死亡し、その人員の半分が失われたと報告している。

それも当然で、ウクライナの「第92機械化旅団は、よく整備されたT-64 戦車と BTR戦闘車両を備えた志願兵部隊」であり、2月からずっと戦ってきた旅団である。対して、ロシア側の第362連隊では、将校たちは不可能な命令を発し、召集兵が撤退した場合は、脱走兵として厳しい罰を与えると脅迫している、と同誌は述べた。

しかも、その後、将校たちは比較的安全な連隊の後ろのエリアに姿を消し、訓練を受けていない徴兵者は、リーダーシップなしで戦うことになったのだという。

無事に残ったロシア兵士は100人だけで、300人の負傷者が境界線からはい出てきたとき、将校たちは彼らも脱走兵であると宣言。複数の召集兵が「私たちを刑務所に入れろ」「墓よりも牢獄がいい」と叫んだとのことだ。

ただ、この話は大きく広まったものの、当時別途に確認がとれた情報ではなかった。全部が真実か否かは、「?」付きのほうがいいかもしれない。

クレミンナ・ライオン(地区)の紋章。中心地はクレミンナ町。2020年にウクライナの行政区画変更でライオンが廃止された。en.wikipedia.orgより。
クレミンナ・ライオン(地区)の紋章。中心地はクレミンナ町。2020年にウクライナの行政区画変更でライオンが廃止された。en.wikipedia.orgより。

12月初旬、ウクライナ軍は、クレミンナとスヴァトヴェの間にあるチェルボノポピフカ村(・・・発音できない)の、西方の丘まで前進してきた。ここは、クレミンナの北西6キロの所にある。

ウクライナ軍は、同地周辺のロシア軍戦線を突破し、戦闘は主にクレミンナとスヴァトヴェを結ぶ66号線幹線道路の西側に集中したという。

12月中、ロシア軍とウクライナ軍の両方が毎日攻防を続け、執拗な戦闘が防衛線に沿って起こっていた。

英国国防省は昨日2日、「もしウクライナがこのルートを確保できれば、ロシアのクレミンナ防衛をさらに弱体化させる可能性が高い」と述べている。

66号線の攻防は、12月23日にアメリカのシンクタンク・戦争研究所も報告していた。「ウクライナ軍はクレミンナ・スヴァトヴェ線に沿ったロシア軍の攻撃を撃退し続けた」としている。

スヴァトヴェの町。2014年の自称ルハンスク共和国独立以来、戦場になってしまった。en.wikipedia.orgより。Олександр Олександрович Павленко作。
スヴァトヴェの町。2014年の自称ルハンスク共和国独立以来、戦場になってしまった。en.wikipedia.orgより。Олександр Олександрович Павленко作。

同研究所は、「ウクライナは、チェルボノポピフカ村でも露軍を撃退した」とし、「チェルボノポピフカ村解放の視覚的証拠はないものの、ウクライナ軍が同村にいる可能性が高いと見ている」と述べている。

また12月28日には、ルハンスク州のハイダイ知事が、クレミンナの戦況に触れ、同市に派遣されていた医師や修理要員らロシアの民間人全員がそれぞれの業務を中断して退去、ロシア軍司令部もクレミンナからほかの場所へ移ったと説明した。

ハイダイ知事は、数ヶ月ごとにUkrinformでルハンスクの報告をしている。最新は2022年10月13日。https://www.youtube.com/watch?v=k32k1FMmxkQを参照。
ハイダイ知事は、数ヶ月ごとにUkrinformでルハンスクの報告をしている。最新は2022年10月13日。https://www.youtube.com/watch?v=k32k1FMmxkQを参照。

CNNによると、ハイダイ知事は、もしロシア軍をクレミンナから駆逐できた場合、ウクライナ軍には今後、二つの選択肢が出てくると指摘した。

一つ目は、ルハンスク州の後方支援の拠点となっているスタロビルスクへの進軍。ここを押さえれば、同州の全体的な兵站(へいたん)態勢を火力で制御できることにつながるだろうとした。ロシア軍が、兵員や装備を無事に移動させることが可能な道路がほぼなくなることを意味する。

二つ目の戦術は、クレミンナに近いルビージュネ、セベロドネツク両市へ前進すること。ルハンスク州に隣接する東部ドネツク州にあるウクライナ側の拠点・バフムートへ近づくウクライナ軍を二つに分けることも可能だと予想。そうすればウクライナ軍のバフムート防衛がより容易になると分析した。

バフムートは、ロシア軍が半年以上にわたって懸命に奪取しようとしている。ロシアにとって、この都市を占領することは、ウクライナの供給ラインを寸断し、クラマトルスクやスロビアンスクなど、東部の他のウクライナの拠点へ、進撃の道を開くことになると、BBCは報じる。

ウクライナが死守するバフムートの状況は、壊滅的なものではないが、決して予断は許さない状況だ。都市そのものに、ロシア軍のせいによる惨事があったと、ウクライナの情報局長ブダノフ氏がSNSに書いている。

両軍とも、相手の補給(兵站)ルートを絶ち、自分の補給ルートを死守しようと、ギリギリまで追い詰められた戦いをしているのだ。

ロシア軍は「バフムートを取りさえすれば」と思いウクライナ軍を追い詰め、ウクライナ軍は「クレミンナを取りさえすれば」と思いロシア軍を追い詰めている。どちらが先に取るのか、英米の機関は、ウクライナの優勢を伝えている。

もう少し長い目で見るなら、今後、ロシアで二度目の召集があると予測されている。

徴兵された兵士には訓練を与えなくてはならず、すぐに戦線に投入できないにしても、大人数を再び投入してきた場合、戦争はどのような展開になるだろうか。

兵士の数、武器、上官の能力、士気、運・・・すべてが問われる戦いとなる。

なぜこのような戦いをしなければならないのか。ロシアが人権のある民主主義の国家なら、こんな戦争は起きなかったに違いないのに。

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追記:バフムートという街の戦略的価値

バフムートの周辺は、夏以降、間違いなく主戦場の一つとなっている。ロシア軍が、数カ月にわたって奪取を試みているのだ。

ワグネルのトップであるプリゴジン氏が、この作戦を「バフムートの屠殺」と命名したほど、血生臭い戦いが繰り広げられている。

その場では、塹壕戦が繰り広げられている。泥沼の溝で大砲と戦う兵士の姿は、第一次世界大戦を彷彿とさせると言われる。塹壕戦は、戦線があまり機動的でないことを明確に示しているという。

それほどまでの戦いをしているのに、バフムートという場所の戦略的価値については「実際にはほとんど価値がない」と、疑問を投げかける意見が見られる。

アメリカのシンクタンク戦争研究所はその側で、バフムートに対する「ロシアの強迫観念」と描写し、「バフムートで前進させるロシア側の努力は、ロシアの人員と装備の継続的な消耗をもたらし、数週間から数か月間、比較的重要でない地域の周りに軍隊を固定した」と分析した。

ウクライナ軍東部戦線報道官のセルヒ・チェレヴァティ氏も、戦略的重要性はないものの、モスクワが「ある種の勝利を得る」ために何としても(11月と12月は)バフムートを手に入れたがったと語

しかし、アメリカの研究機関CNAのロシア部門ディレクターであるマイケル・コフマン氏は「ロシア司令部はドネツク地域全体を支配したいと考えている」と主張、「バフムートは、ドンバスの重要都市であるスロビアンスクとクラマトリスクへの主要な玄関口だ」と述べたという。上記で紹介したBBCの報道も、同様であ

フランスBFM TVの防衛コンサルタント、ペリストランディ将軍によれば、都市はそれ自体が戦略的でないとしても、「象徴的」な価値を持っており、ある意味、クラマトルスクの玄関口になるのではないかと語ってい

ドンバス南部、キーウ地方の失敗の後、ロシア軍には勝利が必要である。そのためロシアは、ロシア側がアクセスしやすく、勝利したと言えるはずのバクムートに戦力を集中することに決めたのだと、将軍は説明する。

筆者は、この将軍の言い分は、とてもバランスが取れていると感じている。

確かに、戦略上の地点という意味では、バフムートよりもクレミンナの価値のほうが高いのかもしれない。でも万が一、ロシア側が先にバフムートで勝利した場合、特にウクライナ側のクレミンナ奪取がうまくいかなかった時は、予期しなかった事態や展開が起こる可能性は十分あると思う。

そのようなことは、歴史が教えてくれることだ。実利の価値だけを重視しすぎたり、アメリカの特定の情報に影響されすぎたりするのは、危険なのではないだろうか。

前線の陣地近くのシェルターでラジオ局を使う、ウクライナ軍の兵士。ドネツク州バフムート。2023年1月1日
前線の陣地近くのシェルターでラジオ局を使う、ウクライナ軍の兵士。ドネツク州バフムート。2023年1月1日写真:ロイター/アフロ

付け加えると、バフムートでは、ウクライナ軍と戦っているのは、ロシア軍だけではない。ワグネル・グループの傭兵が支えており、その中には恩赦を約束された囚人もいる。さらに、9月に動員された民間の予備兵などもいるのだ。

ワグネルを率いるプリゴジン氏は、1月4日のロシアの通信社RIA Novostiのインタビューで、現地の状況が厳しいことを認めている。

彼は部下が「一軒の家を(奪う)ために何週間も」戦ってきたと説明した。一軒一軒が「要塞」であり、ウクライナ軍は10メートルごとに防御線を張り、自軍は一軒一軒「掃除」しなければならなかったと語った。『ル・モンド』が報じ

ちなみに、ウクライナで展開しているワグネルの傭兵は、ホワイトハウスのジョン・カービー国防総省報道官によると約5万人で、内1万人は傭兵、4万人はロシアの刑務所から徴集されたとみられている。BBCが引用した他の推定では、4万人ではなく2万人とされている。

囚人・犯罪者と一口にいっても、様々な人がいるとは思う。でも、犯罪とはまったく無縁の生活をしてきた召集兵が、特に経験値の低い若い人がそういう人たちと一緒に戦うとは・・・。彼らは共に「殺人」を行うのだから、問題ないという理屈なのだろうか・・・。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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