侮れない感染症、専門家に聞く「マイコプラズマ肺炎」とは何か。その謎めいた特徴と予防法
国立感染症研究所の週報によれば、マイコプラズマ肺炎は7月に入ってから増加が続き、過去5年間の同時期の平均と比較してかなり多くなっているとのことだ。過去最多の2016年以来、8年ぶりの高い水準となっているが、マイコプラズマ肺炎とは何か。専門家に聞いた。
診断が難しいマイコプラズマによる感染症
マイコプラズマ肺炎は、インフルエンザや流行性結膜炎などと同じ5類感染症だ。あまり耳なじみのない病気で報告数も少ないが、実は意外に患者さんの数は多い。
そして新型コロナウイルス感染症を含む他の間質性肺炎の病気に紛れるなどにより、実態がよくわかっていないのではないかという専門家もいる。松田和洋氏もそう主張する専門家の一人だ。松田氏にマイコプラズマ肺炎について聞いた。
──マイコプラズマ肺炎とはどんな病気ですか。
松田「マイコプラズマ肺炎は、マイコプラズマという細菌の一種の感染により、いろいろな合併症や免疫難病の症状を起こす肺炎のことで、感染して肺炎を引き起こすのはマイコプラズマ・ニューモニエという種類のマイコプラズマです。初期の典型的な肺炎症状はウイルス感染に近い特徴を持ちます。マイコプラズマによる肺炎は、X線やCTなどの胸部画像が細菌でみられる肺炎の特徴と違い、ウイルス肺炎の特徴である間質性肺炎とよく似ています。このことから以前は異形肺炎ともいわれていました」
──他の感染症と区別しにくい病気なんですね。
松田「マイコプラズマ感染症の病態は、通常の細菌よりもウイルス感染に近いですが、細菌であるという性質も持つことから画像も症状も多彩で実は診断が困難な病気です。肺炎以外でも、初期の風邪症状、長引く咳、咳喘息、慢性疲労症状、免疫難病症状、自己免疫疾患などは、現状原因が特定できないことが多いのですが、患者さんの苦痛や生活への支障は大きい。患者さんのQOL改善のために強く治療や回復を求められているものをアンメット・メディカルな病気といいますが、マイコプラズマによる感染症は、まさにアンメットな医療領域です。これはヘルスケアの領域とも大きくかぶりますが、肺炎以外のマイコプラズマ感染による症状を広く含めた概念として、私はマイコプラズマ肺炎ではなく、マイコプラズマ感染症と呼んでいます」
──マイコプラズマ感染による肺炎はよくかかる病気なのでしょうか。
松田「成人の肺炎の10%から30%がマイコプラズマ肺炎と言われています。小児では特に多く50%と報告されています。診断がつかない患者や医療機関にかからない患者も入れると年間100万人くらいと推定されています。米国の疾病予防管理センター(CDC)によれば、米国で年間に100万人から200万人と推定されています。いい診断法がないので、実数はより多いと推測され、その中の10%くらいが入院治療するとされています。今回の流行は海外から始まりましたが、国立感染症研究所のアナウンスにある通り、国内でもマイコプラズマ肺炎の患者さんが増加してきています。また、薬剤耐性菌の出現も見られ、それも脅威となってきています」
──あまり耳なじみのない感染症ですが、新しく出現した病気なのでしょうか。
松田「いえ、マイコプラズマによる肺炎は、以前からありふれた病気です。ただ、繰り返しますがマイコプラズマ肺炎を診断するのは難しく、従来の検査法やPCR、血清学的診断法などでは疫学的な感染の実態を把握しにくい感染症です。マイコプラズマ肺炎や新型コロナ感染症、コロナの後遺症、インフルエンザなどとの区別は困難で、喫煙者や受動喫煙を受けている方の症状の診断にも注意が必要ですし、実臨床では診断薬の感度や特異性で陽性とならない患者さんも多いと考えています。また、報告されていない患者さんも多数いるため、マイコプラズマ肺炎の公的な報告数は実態よりかなり少ないのではと考えています」
原因不明の長引く症状も
──報告数が少ないのはなぜでしょうか。
松田「前述したように、診断が難しいことが最も大きな理由です。日常診療で肺炎の診療は胸部画像診断から始まりますが、マイコプラズマ肺炎では胸部の画像診断で疑ったのちに確認のために感度が低いながらも抗原検査をしているのが実情です。ただ、実際は原因がわからないことが多いです。なぜなら、マイコプラズマ肺炎は、検査が陰性だからといって必ずしも否定ができないからで、陰性でも否定できないということが、臨床の現場や社会的に広く理解されていないことも大きいのです。私に来た親御さんからのメールでは、お嬢さんがマイコプラズマ肺炎と診断され治療された後に2カ月以上の微熱(37度から37.5度)が続き、頭痛に苦しんでいるが、いくつかの病院を受診しても原因がわからないとのことでした。肺炎が確認されないと、マイコプラズマ感染として診断と治療が行えないという現状があります。また、マイコプラズマ感染症は実際には成人もかかりますが、小児や若年層の病気と思われているため、5類感染症として基幹定点医療機関(全国約500カ所の病床数300以上の医療機関)が届出される中で、対象が小児科に偏ったものになっているのもその理由の一つと思います」
──他の肺炎にまぎれて目立ちにくくなっているというわけですね。
松田「おっしゃるとおりで、細菌ともウイルスともいえない特徴から、長くマイコプラズマによる肺炎が見過ごされてきました。しかし、最近になって、マイコプラズマが、免疫の仕組みから逃れ、毒性は弱いけれど慢性的に炎症や組織破壊を繰り返していくことがわかり、原因不明の肺炎にマイコプラズマによるものが多く含まれているのではないかと考えられ始めています」
──マイコプラズマ感染の特徴などはどのようなものでしょうか。
松田「マイコプラズマ感染症による症状は、呼吸器感染、間質性肺炎、合併症、感染後後遺症など、新型コロナウイルス感染症とそっくりだと思います。また、心筋炎などの血管炎、神経疾患、皮膚疾患など全身の炎症性疾患の症状が出ることもあり、それもマイコプラズマ感染症の恐ろしさです」
基本的な感染症対策に効果
──マイコプラズマ感染症による肺炎の予防や治療について教えてください。
松田「マイコプラズマ・ニューモニエは、主に感染者からの飛沫感染や接触感染で感染します。エアロゾルでも感染しますし、乾燥に強いので厄介です。不織布マスクの着用や手洗い、うがいといった基本的な感染防止が効果的です。風邪や気管支炎、長引く咳のような症状が出ますが、多くの人では自然治癒していると考えられます。肺炎が確認されると治療が開始されますが、細胞壁をもたないマイコプラズマに効果のある限られた抗菌薬を使う必要があります。そのため、早期の診断と治療が必要です。しかし、前述したように実際の臨床現場では確定的な診断が難しいため、マイコプラズマによる感染が疑われた場合、場当たりな対処的に抗菌剤が投与されることも多いようです」
──なぜ、場当たり的な抗菌剤の投与になっているのでしょうか。
松田「現状では、マイコプラズマによる肺炎が診療ガイドラインの主な対象となっているため、医療関係者の間で呼吸器感染症として認識されており、マイコプラズマ感染を疑って肺炎が確認されて初めて確認のための診断が行われます。しかし、マイコプラズマによる感染症は、特に小児の場合、感染から喘息、スティーブンジョンソン症候群、IgA紫斑病、ギランバレー症候群など免疫難病に至ることも知られており、肺炎以外の感染症においても診断と治療が望ましいのにそれができていないからです。また、成人肺炎では繰り返し感染や慢性化するため、現状の診断法では感染が確認できない場合も多いのです。呼吸器感染症の実態の把握が難しく、多くの感染が見逃されているのです。現状では肺炎以外の症状や早期の診断法はありませんが、私たちは技術的な壁を越えてマイコプラズマ感染症を診断できるシステム(MID Prism)を研究開発しています。そのため、できるだけ早く臨床研究やワクチンによる予防、新しい治療法の確立が必要です。そして、これには日本だけでなくWHOなどグローバルな協力も重要なのです」
マイコプラズマ感染症は、飛沫感染やエアロゾル感染、接触感染でかかるようだ。予防には、基本的な感染症対策、不織布マスクの着用と手指衛生、うがいなどが効果的だ。松田氏が言うように診断が難しい病気だが、やはり早期に専門医の診断を受け、適切に治療することが最も重要になるだろう。
松田 和洋(まつだ かずひろ)
山口大学医学部卒業、医学博士。東京医科歯科大学医学部微生物学教室助手、国立がんセンター研究所主任研究官などを経て、2005年にエムバイオテック株式会社を設立。代表取締役。マイコプラズマ感染症研究センター長。専門は、マイコプラズマ感染症、微生物学、臨床免疫学、生化学、臨床血液学、内科学。