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「手術支援ロボット」は「直腸がん手術後の男性の性機能」への悪影響を低減する。横浜市立大学などの研究

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 患者への身体の負担を低減することが期待されている手術支援ロボットだが、横浜市立大学などの研究グループは直腸がん手術で手術支援ロボットによる手術のほうが術後の男性の性機能をより良く保つ効果があることを明らかにした。

直腸がんによる性機能障害とは

 国立がん研究センターの予測によれば、直腸を含む大腸がんの患者数(診断された人)は2023年に男性で9万700人、女性で7万400人となっている。そのうち、2020年のデータによれば、直腸がんの患者数は男性で3万1076人、女性で1万8408人だ。

 直腸がんは、大腸の肛門に近い部分にできるがんで、大腸がんの約40%を占める。直腸がんは、ステージIIIまでの早期に発見でき、標準治療の手術で切除することができれば個人差にもよるが高い確率で治癒する(5年後生存率はステージ0からIで90%以上、ステージIIで70%から80%、ステージIIIで50%から60%、ステージIVで約20%)。

 ただ、直腸がんの手術の場合、直腸の周辺に膀胱、前立腺、精のうなどがあり、手術中に骨盤内の自律神経が損傷されることもある。そのため、男女とも術後にQOLの低下や性欲減退などの性機能障害が起き、特に男性患者では射精や勃起などの障害が高い確率で起きる(※1)。

 こうした性機能障害は、QOLの低下や不妊の原因にもなりかねず、患者にとっては大きな問題になっているが、これまで直腸がん手術で主要な評価項目になって検討されたことはほとんどなかった。

手術法の違いによる術後の性機能障害の発生率

 そこで横浜市立大学付属市民総合医療センターの沼田正勝氏らの研究グループは、直腸がんの男性患者で腹腔鏡手術、手術支援ロボット、 経肛門的直腸間膜切除術(TaTME)の患者の身体への負担が低い(低侵襲性)三つの手術法について、術後の勃起不全、射精障害、性交障害の発生率を調べ、その結果を国際的な外科雑誌に発表した(※2)。

 同研究グループは、腹腔鏡下大腸切除研究会(※3)に所属する全国の大学病院、がんセンター、地域基幹病院など49施設における70歳以下の直腸がんの男性患者で手術予定の410人を対象にし、術前と術後(3カ月、6カ月、12カ月)で性機能についてのアンケートを実施し、患者の条件をそろえ、それぞれの手術法と性機能への影響を調べた。

 その結果、術後12カ月の時点で、腹腔鏡手術群(n=152)では40.9%の患者で射精障害が発生したのに比べ、手術支援ロボット群(n=152)の射精障害の発生率は25.0%と統計的に有意に低く、性交障害の発生率は手術支援ロボット群で17.8%、腹腔鏡手術群で29.0%と手術支援ロボットのほうが低いことがわかったという。また、経肛門的直腸間膜切除術(TaTME)は手術数が少なく(n=25)比較できなかった。

腹腔鏡手術と手術支援ロボットの直腸がん手術後の射精障害と性交障害の発生率の経時変化の違い。横浜市立大学のリリースより
腹腔鏡手術と手術支援ロボットの直腸がん手術後の射精障害と性交障害の発生率の経時変化の違い。横浜市立大学のリリースより

 直腸がんの手術後の性機能障害について、手術方法による違いを明らかにしたのは世界初という。同研究グループは、今後、手術支援ロボットによる手術が増えることで性機能障害に苦しむ患者が減ることを期待するとしている。また、性機能障害のリスク因子や各年代ごとの性機能障害の発生率を調べていくとしている。

広がる手術支援ロボットによる手術

 消化器領域では、2018年4月から胃、食道、直腸の切除手術に手術支援ロボットが保険適用され、2021年には胃がん手術の約22%が手術支援ロボットによるものになり、これまでの開腹手術や腹腔鏡手術より増えつつある。

 直腸がんの場合、従来の腹腔鏡手術ではお腹に小さな穴を5箇所ほど開け、お腹の中に炭酸ガスを入れてふくらませ、開けた穴から内視鏡や鉗子などを入れて内視鏡からのモニターを見ながら鉗子などの手術機器を操作する。直腸がんの手術では、手術支援ロボットが腹腔鏡手術を支援することになる。

 手術支援ロボットでは、手術を担当する専門の医師が患者から少し離れた位置に座ったまま、手術する部位を映し出す3D画像のモニターを見つつ、Motion Scalingという微細な動きを可能にする技術で内視鏡や鉗子、メスなどの手術機器を操作し、その操作を多関節機能を持ったロボットが支援して手ぶれなどを抑制することで、手術する部位をよりはっきりと立体的に観察でき、円滑で直感的かつ微細な手術が可能となった。

 そして、手術支援ロボットを使った手術では患者への負担も少ない。傷口が小さくてすみ、出血量が少なく、術後の痛みも軽く、回復が早い。

 一方、直腸がん手術で手術支援ロボットを使っても、術前に化学放射線治療を受けた場合、男性患者の勃起機能の回復が不良となるという報告もある(※4)。個人差もあるだろうが、性機能障害のリスクについてどのような治療を受けるのか、医師らとよく相談したほうがいいだろう。

※1-1:M J. Traa, et al., "Sexual (dys)function and the quality of sexual life in patients with colorectal cancer: a systematic review" Annals of Oncology, Vol.23, Issue1, 19-27, January, 2012

※1-2:V Celentano, et al., "Sexual dysfunction following rectal cancer surgery" International Journal of Colorectal Disease, Vol.32(11), 1523-1530, 11, May, 2017

※1-3:Marissa B. Savoie, et al., "Sexual function remains persistently low in women after treatment for colorectal cancer and anal squamous cell carcinoma" The Journal of Sexual Medicine, Vol.20, Issue4, 439-446, April, 2023

※1-4:Sebastian B. Hansen, et al., "High prevalence of erectile dysfunction within the first year after surgery for rectal cancer: A systematic review and meta-analysis" European Journal of Surgical Oncology, Vol.50, Issue12, December, 2024

※2:Masakatsu Numata, et al., "Prospective Multicenter Comprehensive Survey on Male Sexual Dysfunction following Laparoscopic, Robotic, and Transanal Approaches for Rectal Cancer (the LANDMARC Study)" Annals of Surgery, DOI: 10.1097/SLA.0000000000006574, 22, October, 2024

※3:一般社団法人腹腔鏡下大腸切除研究会:腹腔鏡や手術支援ロボットを使った大腸手術に関する研究と技術の発展を目的にした団体。

※4:Marie Hanaoka, et al., "Risk factors for and longitudinal course of male sexual dysfunction after robotic rectal cancer surgery'" Colorectal Disease, Vol.25, Issue5, 932-942, May, 2023

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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