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「サードハンドスモーク(残留タバコ煙)」部屋や衣服に染み付いた「毒物」、最新研究からエビデンスを探る

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 タバコの煙(加熱式タバコを含む)はしつこく残る。部屋の壁や絨毯、衣服、頭髪などに付着したタバコ煙由来の毒物は、当然ながら子どもを含むタバコを吸わない人の健康へ悪影響をおよぼし、それはサードハンドスモーク(三次喫煙)といわれる。最新の研究からサードハンドスモークの害悪について考える。

サードハンドスモークは特に子どもが危険

 ホテルなどで禁煙ルームが増えてきたが、禁止されているのにもかかわらず、室内でタバコを吸う人もいる。室内に残ったタバコ臭はなかなか消えないし、タバコを吸わない人にとってとても不快なものだ。

 タバコ煙による残留化学物質を吸い込んだり触れたりすることを「サードハンドスモーク(Thirdhand Smoke)」とか「三次喫煙」などという。サードハンドスモークは、残留したタバコ臭が不快というだけでない。

 1980年代から研究され始めたサードハンドスモークは、その健康への害が少しずつ明らかになり、タバコを吸わない人にとって切実な問題だということが次第にわかってきた(※1)。

 サードハンドスモークは、特に小さな子どものいる家庭内で問題となる。たとえ子どもの前ではタバコを吸わなくても、そのタバコ煙(加熱式タバコのエアロゾルを含む)はカーテンや壁、床などに確実に付着する。

 そして、室内で長く過ごす子どもの健康へサードハンドスモークの害が及ぶというわけだ(※2)。まだ、立て歩きのできない乳幼児は、床を這い回るが、絨毯などの床にタバコ煙が染みこんでいることもあり、乳幼児は這い回った手指を口にくわえたりしゃぶったりする。

 家庭だけでなく公共の場でも換気が悪かったり狭い空間だったりする場合、サードハンドスモークによる化学物質が多く検出される。そうした場に出入りする喫煙者が、身にまとったタバコ由来の化学物質を持ち込むためと考えられている(※3)。

 サードハンドスモークの化学物質は、ニコチン、アセトアルデヒド、芳香性化合物、アクロレイン、ニトロソアミン類などの発がん性物質を含むタバコ由来の成分が主になる(※4)。だが、環境中で化学反応を起こすこともあり、最近の分析ではこれまでタバコ由来では見つかっていなかった物質がハウスダストから確認されてもいる(※5)。

増えてきたエビデンス

 もっとも、非喫煙者の多くは直接的な受動喫煙(セカンドハンドスモーク)とサードハンドスモークの両方を受けていることもあり、サードハンドスモークのみの影響を評価するのは難しいのは確かだ。それでもサードハンドスモーク由来の物質がおよぼす健康への有害性については、これまで多くの研究が出されてきた。

 例えば、サードハンドスモークへの曝露は、実験動物のマウスの肺がん発症率を高め、DNAを傷つけ、小児のがんリスクを増加させるなどすることがわかっている(※6)。

 非喫煙者がサードハンドスモークに曝露すると、血液中のバイオマーカーが喫煙者と同じように変化する。米国カリフォルニア大学などの研究グループが、非喫煙者に喫煙者の衣服を3時間着せ、その後の尿と血液を調べたところ、喫煙者と同じような炎症反応や血中タンパク質の変化などが起きた(※7)。同研究グループは、サードハンドスモークは受動喫煙者の酸化ストレスを増加させ、特に皮膚疾患に関する炎症系のバイオマーカーを上昇させたのではないかと考えている。

 ヒトの遺伝的な多様性を再現した実験用マウスでサードハンドスモークの影響を調べた中国と米国の研究グループによる研究によると、サードハンドスモークにさらされたマウスで発がんに関する遺伝子の腫瘍感受性が高くなることがわかった。同研究グループは、特に幼少期にサードハンドスモークにさらされると、がんの発症リスクが上がる危険性があると警告している(※8)。

 また最近になって、サードハンドスモークの健康へ悪影響を示す研究が増えてきてもいる。サードハンドスモークが皮膚疾患の炎症や増悪へ影響するという研究(※9)、短期間の曝露でも心血管疾患の発症リスクを上げるという研究(※10)、胃がんの発症リスクを上げるという研究(定性あり、※11)、ミトコンドリアの機能不全や酸化ストレスによる老化を加速させるという研究(※12)などだ。

 このようにサードハンドスモークは、健康へ悪影響をおよぼす受動喫煙の一つであり、世界的な公衆衛生上の問題になっている。屋外でタバコを吸ったり喫煙所へ行くために離席し、戻ってくるまで45分間は間をおくという45分ルールをもうける企業や組織も増えてきた。

 ステルス的に害をおよぼすサードハンドスモークを防ぐためには、やはり喫煙者に禁煙を勧めるしかない。喫煙者が減れば自ずから受動喫煙もサードハンドスモークも減っていくだろう。

※1-1:野口美由貴ら、「サードハンドスモーク─もう一つの喫煙環境問題─」、Indoor Environment, Vol.21, No.1, 51-60, 2018

※1-2:Ana Diez-Izquierdo, et al., "Update on thirdhand smoke: A comprehensive systematic review" Environmental Research, Vol.167, 341-371, November, 2018

※2-1:G. Ferrante, et al., "Third-hand smoke exposure and health hazards in children" Archives for Chest Disease, Vol.79, No.1, 2013

※2-2:Si-Qi Wang, et al., "Potential health risk of human exposure to tobacco-specific nitrosamines in second-hand and third-hand smoke" Journal of Hazardous Materials, Vol.480, 136446, 5, December, 2024

※3:Roger Sheu, et al., "Human transport of thirdhand tobacco smoke: A prominent source of hazardous air pollutants into indoor nonsmoking environments" ScienceAdvances, Vol.6, No.10, 4, March, 2020

※4-1:Suzaynn F. Schick, et al., "Thirdhand cigarette smoke in an experimental chamber: evidence of surface deposition of nicotine, nitorosamines and polycyclic aromatic hydrocarbons and de novo formation of NNK" Tobacco Control, Vol.23, Issue2, March, 2014

※4-2:Noelia Ramirez, et al., "Comparative study of comprehensive gas chromatography-nitrogen chemiluminescence detection and gas chromatography-ion trap-tandem mass spectrometry for determining nicotine and carcinogen organic nitrogen compounds in thirdhand tobacco smoke" Journal of Chromatography A, Vol.1426, 191-200, 24, December, 2015

※4-3:Vasundhra Bahl, et al., "Cytotoxicity of Thirdhand Smoke and Identification of Acrolein as a Volatile Thirdhand Smoke Chemical That Inhibits Cell Proliferation" Toxicological Science, Vol.150, Issue1, 234-246, March, 2016

※5:William H. Richardot, et al., "Novel chemical contaminants associated with thirdhand smoke in settled house dust" Chemosphere, Vol.352, 141138, 23, January, 2024

※6:Bo Hand, et al., "Thirdhand smoke: Genotoxicity and carcinogenic potential" Chronic Diseases and translational Medicine, Vol.6, 27-34, 26, September, 2019

※7:Shane Sakamaki-Ching, et al., "Dermal thirdhand smoke exposure induces oxidative damage, initiates skin inflammatory markers, and adversely alters the human plasma proteome" eBioMedicine, Vol.84, 104256, October, 2022

※8:Hui Yang, et al., "Thirdhand tobacco smoke exposure increases the genetic background-dependent risk of pan-tumor development in Collaborative Cross mice" Environmental International, Vol.174, April, 2023

※9-1:Rengin Reis, et al., "Dermal thirdhand smoke exposure induced epidermal alterations in human keratinocyte cells through oxidative damage and MMP-1 expression" Experimental Dermatology, Vol.33, Issue2, February, 2024

※10-2:Shahanz Qadri, et al., "" NICOTINE & TOBACCO RESEARCH, Vol.26, Issue9, 1225-1233, September, 2024

※11-3:Chengfei Jiang, et al., "Thirdhand smoke exposure promotes gastric tumor development in mouse and human" Environmental International, Vol.191, 108986, September, 2024

※12-4:Wenbo Jiang, et al., "Long-term exposure to third-hand smoke could accelerate biological aging via mitochondrial dysfunction: Evidence from population and animal studies" Journal of Hazardous Materials, Vol.480, 136061, 5, December, 2024

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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