超人気CMディレクターが映画『おじいちゃん、死んじゃったって。』を撮るまで。そして撮った後。
今回は、私の今月のイチオシ映画『おじいちゃん、死んじゃったって』の、森ガキ侑大監督のインタビューをお送りします。
この方、知る人ぞ知るCM界の超人気ディレクターで、誰もが見たことあるだろうなーと思うのは、例えばこちらのシリーズCM。
そんなわけで満を持しての監督デビュー作は、田舎町のある「お葬式」に久々に集まった家族の悲喜こもごも、バッタバタの3日間を描きます。こうかくと、なんとなくしっとりしたいい映画、っていう感じがしますが、グラブルのCMを見てもわかるように何気ない笑いのセンスが抜群だし、映像もすごくきれい。そして若い人には新しく、大人世代には「はっぴいえんど」を思わせる懐かしさの、Yogee New Wavesの主題歌も、すごーくいい。作品の話はもとより、「映画監督になるまで話」もなかなか興味深いです~。
監督の今を作った「影響を受けた映画」や「好きな映画」を教えてください。
高校を卒業した頃、映画って全然見ていなかったんです。それでレンタル店で「おすすめ作品」を片っ端から見ていました。ベタですが『グリーンマイル』とか『ショーシャンクの空に』とか、その辺は好きですね。
ちょっと前のフランス映画ですが『ベティ・ブルー』も、画作りとか音楽の使い方とかがすごく好き。洋画ばっかり見てちゃいけないと思って邦画を見始めて、好きになった監督は伊丹十三さんとか小津安二郎さん。
最近は韓国映画もいいですよね。『お嬢さん』『母なる照明』『新感染 ファイナル・エクスプレス』『オールドボーイ』『サニー』……どれも面白かった。
別のインタビューで、「どうすれば映画監督になれるか、いろんな人に聞いたけれど誰も答えを知らなかった」という話がすごく可笑しくて。
誰も知らなかったですねえ、「そんなの人に聞くことか」とお叱りを受けそうですが。映画館で普通にかかる映画を撮る監督になるのは、なかなか難しかったです。広告業界に入るのが早いような気もしますし、実際に映画監督になりたくて入ってくる人はすごく多いんですが、そもそも広告業界もめちゃハードルが高いし、広告の勉強もしなきゃいけない。ここですごい時間がかかっちゃうんですよ。
素朴な疑問ですが「森ガキ」さんの「ガキ」は、なんでカタカナなんですか?難しい漢字なんですか?
ほんとに普通の生け垣の「垣」です。CM監督の名鑑みたいな本があるんですが、ものすごい分厚いんですよ。その中でいい作品を作れる人はほんの一握り。だからちょっとでも何か頭の中に残る要素を作ろうと思って。何者でもない自分を、ちょっとでも何者かに感じてもらうための、引っかかりになればと。世代もあるかもしれませんが、僕らの世代ってカタカナの監督が多いんです。やっぱりみんな這い上がるきっかけを作りたいって思ってるんだろうなと。
そういう「ガキ」的発想は、この作品を作る時にも何かありましたか?
やっぱり新しいこと、見たことのない映像にしたいなと思いました。今回は企画自体は「家族もの」で普遍的なものなので、それをフランス映画っぽい光でとろうと。あとは会話劇のドラマなんですが、それだけで終わりでなく「心象風景」みたいなものを入れていく、特に「花火の場面」とかは、このタイプの「家族もの」ではあんまりないと思います。いろんな人から「初監督なんだから、やりたいことは全部やったほうがいい」と言われたし、後悔のないようにしようと。まあやり残してしまった部分もないわけじゃないんですが。
映画のきっかけは、山崎佐保子さんの脚本を読んだことだそうですね。一番の魅力はどんな部分でしたか?
一番は、僕が感動したこと、生きる勇気をもらえたことですね。「生きる意味」って敢えて考えたりしないし、答えもないと思うんです。結局は目の前にある淡々とした時間を大切にすること、楽しむことなんだなあと感じました。
普通、そういうことを映画にするとすごくフラットになっちゃうんです。でも山崎さんの脚本は、その合間に、セックスがあって大喧嘩があって家族の別れがあって。「お葬式」に集まった家族のシンプルな群像劇なのに、笑って泣けるポイントがたくさんありましたね。
おじいちゃんの遺体を前に顔を合わせればケンカする長男(岩松了)と次男(光石研)には、めちゃめちゃ笑いました。
笑っちゃいますよね。お二人は事務所も同じで互いをご存じなので、どんどん乗っていって面白くなりすぎちゃうんです。でもそういうバランスの調整と、細かいタイミング、と感情の確認をしたら、あとはベテランの俳優さんなのでほとんど出来上がっていましたね。あとで光石さんが「その部分で信頼関係ができた」と言って下さいました。
僕は基本的に自分の頭の中にない映像が見たいんですよね。スタッフでもキャストでも優秀な人は「まずは自分のアイディアを一回見てくれ」という気持ちがあるし、そういうクリエイティビティを妨げたくないんです。それが自分のアイディアと化学反応して、思いもしなかったものに発展してときに、「総合芸術」と言われるものになってゆくのかなと。
配役は、皆さんぴったりなんですが、どのように?
山崎さんと「これ岩松さんと光石さんだったらいいよね」「水野さん出てくれたら」と話し合って。演じて下さる場面を想像して、ゲラゲラ笑いながら(笑)。第一希望の方で決まりました。みなさんスケジュールを調整してまで、「出たい」と言って下さって、本当にありがたかったですね。
ヒロインの岸井ゆきのさんはじめ、岡山天音さん、小野花梨さん、池本啓太さんなど、若い世代の配役も素晴らしいですよね。
ヒロインは難しかったと思います。キャラクターが強すぎると観客がついていけないし、でも彼女の魅力でストーリーを引っ張っていかなきゃいけない。何人か候補はいましたが、それを自然にできるのは岸井さんしかいませんでした。
吉子の恋人・圭介役の松澤匠くんも、売れてほしい俳優なんですよね。彼は大根(仁)組とか山下(敦弘)組とかの常連で演技がすごく上手なんですが、変態とかチャラ男の役が多いんですよ。森ガキ組ではそうじゃない役をやらせてあげたいなと思って。小柄な岸井さんとのバランスも良くて、すごくかわいいカップルになったと思います。
監督がここは観てほしい!という場面は?
最後の家族の大喧嘩、あの場面は撮影していてもたまりませんでした。あれだけ上手い役者たちが全員そろって大喧嘩する、もうその日は現場の空気から違いました。みんなに「やったるぞ」って言う感じで。まるで舞台を見ているような感じ、とにかく掛け合いが上手くて、モニター見ながらゲラゲラ笑っちゃって、自分の笑い声でNG出すんじゃないかと(笑)。
そういう部分で出る親類への複雑な思いは、本当に皆さん誰もが持っているものかなと思います。大人になってからの、親に対する気持ちとか、いとことの距離感とか。例えばこの映画でも、長男は離婚してしがない工場勤め、次男は早期退職という名のリストラ組、末妹は未婚のバリバリのキャリアウーマンで、それぞれに他人に指摘されたくないところがあるわけです。長男の息子は引きこもりの浪人生だけど、次男の息子は東京の大学に通ってる。小さい頃はいっしょに遊んでいたいとことに、昔通りに無邪気に接することができない、でも「あそこの子はあんまり話すな」という態度の親にも、なんか嫌悪感があったり。そういう家族、親類の何とも言えない感じって、人生にはつきものですよね。
監督が特に思い入れたキャラクターはありますか?
全員に思い入れはありますが、やっぱりヒロインの吉子ですね。僕も広島で東京に漠然とした憧れを持っていたので、吉子の気持ちはめちゃめちゃわかります。東京で就職活動をしようと、一か月くらい横浜の友人の家に泊まっていたんですが、東京は何しろお金がかかる。横浜から東京に出るのも、腹が減ってカフェに入るのも、めちゃくちゃ高い。ミュージックビデオの会社が一社だけ内定くれたんですが、給料は福岡で決まっていた会社より安い。家賃は相当高いから、これ相当貧乏になるなと。東京の現実を知り、合わないのかなと思ったりもしました。でも福岡の会社に入ってからも、ここでナンバー1になって東京へ、という気持ちは漠然とはありましたけど、人生はそんなに甘くもなく(笑)。もう本当にお金がない貧乏生活が長かったですから。
今回「やれなかったこと」はと?次回作でやるといった構想はありますか?
誰もついてこられないようなアート作品を作りたいという気持ちはあります。今回も、そういう企画の可能性も考えましたが、デビュー作からそれだと次回作が撮れないんじゃないかと(笑)。両方の考え方がありますよね。観客がついていけない作品に意味があるのかという考えと、そういうものこそ映画だという考えと。社会の普遍性と、自分の創造の衝動みたいなもののバランスは、今後も悩み続けると思います。
次回作を含めいつか挑戦したいのは、韓国とのコラボレーションです。韓国の脚本を僕が撮るとか、韓国のスタッフの中に監督として入るとか。その刺激を得ることでまた違ってくるんじゃないかなと。ここ10~20年で一気にレベルが上がってきていますから、日本映画も負けていられませんよね。
原作もの以外でデビューってすごいと思いますが、今後もオリジナル作品こだわっていきたいですか?
オリジナルが撮りたいという気持ちは強いですね。原作ものが撮りたくないというわけではないんです。自分が好きな小説とかマンガとかの企画で機会があれば、という気持ちもあるのですが、原作ものだらけの日本映画界で、自分までそこに乗っかってしまうと、何も変わってゆかない気がして。もちろんオリジナルは資金集めが大変なんですが、そのへんのバランスをどうにか取りながら、2作目3作目と撮っていけたらいいな、とは思っています。
(C)2017「おじいちゃん、死んじゃったって。」製作委員会