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北欧の視点:なぜ欧州議会選挙は関心を集めないのか

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
欧州議会選挙ポスターを見つめるフィンランド市民 首都ヘルシンキにて筆者撮影

欧州議会選挙が近づいている。6月6~9日にいずれかの日程で各加盟国で実施される同選挙は5年ごとに行われている。

筆者が住むノルウェーは、驚くべきことにEU非加盟国という独自路線を走っているため、欧州議会選挙は開催されない(アイスランドも同様)。

北欧諸国を見ると、デンマーク、スウェーデン、フィンランドで開催される。北欧は国政選挙となると投票率は80~90%前後と高めだが、欧州議会選挙となると、驚くほど国民の関心は低くなる。欧州全体では投票率は50.66%、デンマークは66.8%、スウェーデンは55.27%、そしてなんとフィンランドは40.8%という低さだ。

欧州議会選挙の投票率は、なぜ北欧で低いのか

なぜ北欧でEU議会選挙の投票率が低いのか、前回の2019年の欧州議会選挙の開票日、筆者はフィンランドの首都ヘルシンキへ取材に向かった。低い投票率の背景には「自分の1票の影響力を実感できないこと」、普段からの国内ニュース量の減少、そして農民が多い地方でのEU懐疑派の存在が挙げられる。

そもそも、各政党が国政・自治体選挙に比べて、EU議会選挙となると同じような「熱意」を持って、人員と資金を投資して選挙運動を行っていない問題もある。

国会や自治体議員とは日常生活で交流する機会が多い北欧だが、欧州議員となると「ブリュッセル」にいる「遠い存在」となり、「政治が身近」という北欧ならではの利点を実感できないこともある。北欧5か国のニュース番組を毎日見ている筆者でも、欧州議会に関するニュースの少なさは明らかだ。

選挙期間中に話題にするだけでは遅い。普段から学校やニュースで取り上げられていないなら、欧州議会に対する「自分の意見」も固まらず、自分の考えを言語化して議論する機会も減る。このような状況は、「なぜ日本で投票率が低いのか」と通じる部分もある。

フィンランドの都市タンペレでは、メディア学を学ぶ学生が課題として欧州議会選挙ポスターの前で撮影をしていた。若者の政治を関心を高めるためにも、若者が話し手となって選挙を語る必要性を感じる 筆者撮影
フィンランドの都市タンペレでは、メディア学を学ぶ学生が課題として欧州議会選挙ポスターの前で撮影をしていた。若者の政治を関心を高めるためにも、若者が話し手となって選挙を語る必要性を感じる 筆者撮影

とはいえ、北欧ニュースおたくの筆者にとって欧州議会は気になる存在だ。特に、北欧各国の政府が推進する環境・気候政策は欧州議会の影響を直接受けており、EU非加盟国であるノルウェーでさえ、「EUに片足を突っ込んでいるようなもの」と言われ、EUで決まるルールの影響を政界も企業も受けている。特に北欧のファッション業界は、サステナブルな変革が求められており、EUの規則に敏感だ。

極右連合という警報

ノルウェーでも欧州議会選の行方を議論するイベントが続いている。先日、首都オスロで開催された議論では、極右会派がEUをどう変えていくのか、フランスとイタリアの動向に焦点が当てられ、専門家らが意見を交わした。

ノルウェーはEU非加盟だが、EU規制の影響を確実に受ける。選挙結果がどうなるか気にしする市民もいる。ノルウェーの首都オスロ オスロ大学の講堂にて議論する専門家たち 筆者撮影
ノルウェーはEU非加盟だが、EU規制の影響を確実に受ける。選挙結果がどうなるか気にしする市民もいる。ノルウェーの首都オスロ オスロ大学の講堂にて議論する専門家たち 筆者撮影

欧州議会選挙に関するニュースで最も話題になるのは、ポピュリスト・極右政党らの会派が今回どれほど力をつけるのかである。右派会派が力をつければ、ESG分野などの政策進展が鈍化する可能性もある。極右政党らは基本的にEU懐疑派だが、今ではEU内部から変化を起こし、EUの弱体化を進めようとしている。しかし、右派会派とはいえ、各国の右派・極右政党の思想には違いもあり、足並みを揃えてEU議会に変化を起こすことができるかは疑問だ。

北欧で選挙が起きる時の筆者の趣味は、公共局の投票マッチング(ボートマッチ)の分析である。どのような質問で構成されているかに目を通すことで、争点が見えてくる。今回はフィンランドを見てみよう。なぜかというと、単に筆者がフィンランド語の勉強も同時にしたいからである。

フィンランドで問われる欧州議会のポイント

フィンランド公共局のボートマッチの質問は全24問。このような視点が問われている

  • 「フィンランドの利益を守る」という国家中心的な視点と、「EUへの加盟はフィンランドにとってプラス」という国際協力の視点
  • 外交政策を全会一致で決定すべきか、またウクライナやロシアとの関係など、国際的な対応における考え
  • EU内の調達の一元化、ロシアとの貿易停止の影響、小国と大国の競争、集団でのビジネス支援など、経済政策のバランス
  • 人種差別、文化の保護、農業補助金、気候変動難民の受け入れなど、社会的公正と人権に関する視点
  • 人工知能の規制、TikTokの禁止など、新技術との付き合い方
  • 化石燃料の使用停止、農業補助金の環境要件など、環境保護と経済活動のバランス
  • EUの拡大、共通予算への拠出の増加、EUが独自の資金を課税で集めることなど、EUのさらなる統合と将来

EUの政策や方針は、将来的には日本の政策や企業のビジネスにも影響を与える可能性がある。「遠い国で起きていること」のように身近に感じられないかもしれないが、実はじわりじわりと日本の暮らしにも影響を与えるのがEU政策だ。

今回の欧州議会の動向は、近づく米国の大統領選前の国際的な政治情勢とも重なり、右派・ポピュリスト・極右とされる波が押し寄せるかどうかが、2024年に各国で続く選挙年において、注目される舞台となっている。

フィンランド公共局のボートマッチ全質問

  1. フィンランドの利益を守ることは、欧州議会議員に選ばれた者の最も重要な仕事である
  2. EUへの加盟は、フィンランドにとって害よりも益の方が多い
  3. 外交・安全保障政策は、加盟国が全会一致で決定しなければならない
  4. EU諸国は、欧州での調達を一元化し、自国の兵器産業を強化しなければならない
  5. ウクライナがロシアとの戦争に敗れた場合、EU諸国はウクライナを支援するために兵士を派遣しなければならない
  6. パレスチナ人に独立国家を保証しなければならない
  7. 小国が大国と競争することのないよう、欧州におけるビジネス支援については、国単位ではなく、集団で決定することが重要である
  8. フィンランド人の生活水準を低下させることになるとしても、ロシアとの貿易は、全面的に止めなければならない
  9. 人工知能は、たとえそれがヨーロッパの技術開発を遅らせることになろうとも、厳しく規制されなければならない
  10. TikTokはEUで禁止されなければならない
  11. たとえ命の危険にさらされるとしても、ヨーロッパに入国しようとする者を、国境で引き返させることができる
  12. EU域外で取得した資格は、たとえそれがEUの資格要件を完全に満たしていなくても、認められなければならない
  13. 18歳以上のすべての人にインターレイル(鉄道パス)の無料乗車券を与えなければならない
  14. フィンランド人の出生率が低いため、フィンランド文化の伝統が脅かされている
  15. フィンランドでは人種差別が大きな問題となっている
  16. EUをより強固なものにするために、加盟国は共通予算への拠出を増やさなければならない
  17. EUは、例えば課税によって独自の資金を集める可能性を持たなければならない
  18. 欧州全体で農業補助金を削減しなければならないが、フィンランドが受け取る補助金も削減しなければならない
  19. 農業補助金の環境要件は行き過ぎである
  20. EUの拡大は現在の加盟国にとって有益である
  21. ウクライナは、たとえすべての要件を満たしていなくても、EU加盟国として受け入れられる
  22. 欧州議会議員の報酬は高すぎる
  23. たとえ旅行代金が高くなったとしても、化石航空燃料の使用は止めなければならない
  24. 欧州は気候変動難民を受け入れる義務がある

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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