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井上尚弥とPFPトップを争うクロフォードがミドル級進出か。二世ボクサーが対戦迫る

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
5年前アミール・カーンに圧勝したクロフォード(写真:ロイター/アフロ)

トレーナーは同じ

 ウェルター級4団体統一王者に君臨し現在3団体統一王者のテレンス・クロフォード(米)の次回リング登場が具体的になってきた。ただしウェルター級王座の防衛には専念せず、2階級上のミドル級へ舵をとるもようだ。8日、ミドル級上位ランカー、クリス・ユーバンク・ジュニア(英=WBO1位、WBC2位)がX(旧ツイッター)でクロフォードとの対戦をアピールするバナー(ポスター)を投稿。今夏、2人が対決するムードが高揚している。

 正直、予想外な名前だった。クロフォード(40勝31KO無敗=36歳)はウェルター級4団体統一王者に就いた相手、エロール・スペンス・ジュニア(米)とのダイレクトリマッチが既定路線だった。しかしスペンスは以前も手術を要した右目を再度、手術したことで長期離脱が避けられない状況。他方でクロフォードが熱望するスーパーミドル級4団体統一王者サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)は次回、5月4日ラスベガスでハイメ・ムンギア(メキシコ)との防衛戦が有力となり、近々、正式アナウンスされる見込み。さらにファンが望む、クロフォードがはく奪されたベルトを継承したジャロン”ブーツ”エニス(米=IBF世界ウェルター級王者)とは相手の実力を警戒してクロフォードは極力、対戦を拒否する態度を貫く。

 だが、クロフォードとユーバンク・ジュニアには接点がある。長年にわたりクロフォードとコンビを組む“ボーマック”ことブライアン・マッキンタイア・トレーナーは、ユーバンク・ジュニア(33勝24KO3敗=34歳)が昨年9月リアム・スミス(英)にTKO勝ちでリベンジを果たした最新戦からチーフトレーナーを務めている。マッキンタイア氏を通じてクロフォード戦が身近なものになったとも推測できる。

ユーバンク・ジュニアが投稿した試合のバナー(写真:BoxingScene.com)
ユーバンク・ジュニアが投稿した試合のバナー(写真:BoxingScene.com)

カネロ挑戦へのジャンプ台

 クロフォードにとってユーバンク・ジュニアと対戦するメリットは何だろうか。2階級重いミドル級は普通に考えれば大きな冒険である。だが、もともとスペンスとの再戦は1階級上のスーパーウェルター級リミットで行われる可能性が高かった。手を伸ばせば次はミドル級だ。伝統があり、数々の名チャンピオンを生んだ同級は、カネロが去り、ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)が引退間近と言われる今、輝きを失っている。ゴロフキンの後継者と目されるジャニベク・アリムハヌリ(カザフスタン)がIBF・WBO統一王者に君臨するが、まだ知名度は高くない。大物クロフォードの参戦で活性化するとも思われる。

 そしてクロフォードが最大のターゲットに据えるカネロを引き寄せる突破口、ジャンプ台になるのではないか。

 メジャータイトル獲得の経験がないユーバンク・ジュニアだが、ミドル級上位の一人をスペクタクルな勝利で下せばクロフォードの評価は際立ってアップするはずだ。「次はスーパーミドル級制覇だ」と一気にベクトルは伸びるに違いない。即、カネロ挑戦が実現するとは断言できないが、箔づけになり、報酬の交渉でも有利に運べるに違いない。

父は14度防衛の名チャンピオン

 交渉が成立する理由はまだある。ユーバンク・ジュニアが地元英国でファンを呼び込む人気選手であることだ。それは父クリス・ユーバンク(英)から引き継いだものが大きい。父はWBO世界ミドル級王座を3度防衛、WBO世界スーパーミドル級王者として連続14度防衛を果たした英国を代表するボクサーの一人だった。同時に奇行にも定評があり、スキャンダルやゴシップネタを提供することもあった。しばらくユーバンク・ジュニアのチーフトレーナーを担当し、試合ではタキシード姿で息子のセコンドを務め話題となった。

 息子の方は2019年にマイナー団体IBОスーパーミドル級王座、WBAミドル級暫定王座を獲得したことがあるが、上記のように正規タイトルとは縁がない。昨年、父とライバルだったナイジェル・ベン(英)の息子でウェルター級ランカーのコナー・ベン(英)との二世対決が計量後キャンセルされた。ベンがドーピング検査で失格したためだった。ベンと陣営は英国のコミッションに当たる英国ボクシング管理委員会に潔白を主張し処分の撤回を求めているが問題はまだ解決していない。ベンとの仕切り直しが実現しないユーバンク・ジュニアがクロフォードになびいたのは当然の成り行きだったのかもしれない。

 親の七光りがあるとはいえ、英国では人気抜群のユーバンク・ジュニアだけにクロフォードをホームへ呼び込む可能性は低くない。あるいは今日、アンソニー・ジョシュアvs.フランシス・ガヌーが行われているサウジアラビアも試合候補地に挙がるだろう。また米国開催の線も捨てがたい。

井上のライバルはフルトンの友人エニス

 ファンの意見はクロフォードはエニスと戦ってほしいというものが主流だ。2023年、世界のMVPはスーパーバンタム級4団体統一チャンピオン井上尚弥(大橋)だとしてもパウンド・フォー・パウンド(PFP)ナンバーワンはクロフォードではないか――と私は思っている。クロフォードがその座を堅守したいのなら、強敵エニスと雌雄を決することが一番に求められる。

 だがビジネス優先のリングの世界ではファンの思惑通りに事が進まないのが普通だ。むしろ井上のように順番に従って最強を証明する選手の方が希少価値がある。クロフォードvs.ユーバンク・ジュニアが実現して前者が勝っても、よほど印象的なものでない限り、PFPキングの座は井上に譲ることになるのではないか。もちろんモンスターが5月6日、ルイス・ネリ(メキシコ)を撃退するという条件が付くのだが……。

 複数のメディアの意見を総合するとクロフォードのモチベーションを刺激する試合はカネロ戦のみだと思われる。そして現実として、たとえ実現してもクロフォードが勝つ確率はそれほど高くない。今後、PFPランキングで井上のライバルとなるのは、むしろクロフォードから対戦を避けられている26歳のエニス(31勝28KO無敗1無効試合)かもしれない。エニスが井上のライバルだったスティーブン・フルトン(米)と同郷で友人というのは何かの因縁だろう。

エニスの最新試合、ロイマン・ビジャ戦

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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