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大学生たちは、ドラマ「あなたのことはそれほど」をどう見ているのか!?

碓井広義メディア文化評論家

今期は、「小さな巨人」(TBS系)、「警視庁捜査一課9係」(テレビ朝日系)、「緊急取調室」(同)など刑事ドラマが林立しています。そのおかげで逆に目立っているのが、「あなたのことはそれほど」(TBS系)かもしれません。

異色の不倫ドラマ「あなそれ」

ヒロインは、優しい夫・涼太(東出昌大、怪演に拍手)との2人暮らしに物足りなさを感じていた美都(波瑠)。彼女が中学時代に憧れていた同級生・有島(鈴木伸之)と出会い、不倫関係に陥ります。

最大の推進力は、美都が有島との再会を「運命」と感じたことです。また有島の方も、妻の麗華(仲里依紗、好演)が出産を控えて実家に戻っていたという、実にわかりやすいタイミングでした。これで美都と有島が芸能人や政治家だったら、フツーにゲス不倫報道されるところです。

現在、涼太はすでに美都の浮気を知ってしまいました。その涼太の“壊れっぷり”が話題になっています。美都は離婚を切り出し、涼太は拒否。あの不自然な笑顔が怖いです(笑)。

また有島のほうも、勘のいい妻に戦々恐々で、美都に向かって「友達に戻ろう」などと言い出す始末です。

このドラマが異色なのは、主な登場人物である2組の夫婦、その4人の誰にも“共感”できない、もしくは共感しづらいことですね。

何より、ヒロインである美都のキャラクターが破天荒です。思い込んだらまっしぐら。直情径行。既婚者意識や倫理感どころか、躊躇(ちゅうちょ)という文字さえ、彼女にはほとんどありません。「運命」行きの暴走列車みたいなものです。

また往年の“冬彦さん”を彷彿とさせる涼太。“運命の人”とは言うものの、夫としても愛人としても軽すぎの感のある有島。そして、じわじわと怖くなってきた麗華。みんな、いわゆる「共感」とは距離のあるキャラクターです。

大学生たちは「あなそれ」をどう見ているのか

ところで、初めて大学の教壇に立った23年前から現在まで、ずっと続けていることがあります。年に4回のドラマ改編に合わせて、授業の合間に、その時放送されている連続ドラマのタイトルを全部読み上げ、それぞれどれくらいの学生が見ているのか、手を挙げてもらうのです。いわば簡便な視聴率調査みたいなものですね(笑)。

これは結構面白い結果が出るもので、高視聴率だった90年代のフジテレビ「月9」であっても、「あれ?これしか見てないのか」というものもあれば、逆に視聴率は振るわないけれど、教室にいる学生たちの20%が見ているというドラマもありました。

つい先日、この教室内視聴率調査を2つの授業で行ってみました。すると、今期ドラマのタイトルを次々と挙げていった中で、「あなたのことはそれほど」(TBS系)が驚きの数字を叩き出したのです。

ひとつの授業では、なんと約60%の学生が見ていました。そして別の授業でも約50%の学生が手を挙げたのです。

実は、「見てます!」という人のパーセンテージとして、50~60%というのは23年間で最高のものです。最近の「逃げ恥」や「カルテット」も遠く及ばない高さです。

またリアルタイムで見ている人が約45%で、残りの学生たちは録画かネット(ティーバーなど)でした。ちなみに、いずれの授業も受講生のほとんどが女子学生です。

そこで、「なぜ、このドラマを見ているのか」を彼女たちに訊いてみました。以下は、回答のいくつかです。

・“縛られないヒロイン”がどうなるか、見てみたい。

・“正常な人”がいないドラマだから、気になる。

・ヒロイン以外の人たちも面白く、人間ドラマになっている。

・「みんな、アホやなあ」と思いながら、毎週見ている。

・罪悪感のない妻とサイコパスな夫の組み合わせに興味。

・どうなるのか予想がつかない。思っていることを直接言わない怖さを感じる。

・「いるんだろうなあ、こういう人」という怖いもの見たさ。

・普通に見えた人が徐々に変わっていく。その怖さが面白い。

・客観的には、あり得ない話なので、逆にヒロインの“のめり込み方”が気になる。

・以前自分も似たような体験(え?)があり、これからの展開に注目している。

全体として、やはりヒロインに対して一般的な「共感」を抱いているわけではなさそうです。かと言って、単純な「反感」でもない。自分たちとは大きく異なるがゆえに、気になる。むしろ共感できないからこそ、見たい。ちょっとした“覗き見”感覚で、4人の様子を観察しているようでした。

特に美都に関しては、あの調子でどこまで行けるのか(行けないのか)、その行く末を見届けたい。そこには、「まさか幸せになったりしないよね」(笑)という興味も見え隠れします。

また美都の暴走や涼太の狂気には、息苦しいコンプライアンス社会からの無意識の脱出、逃走という要素があるのかもしれません。

いずれにせよ、若者のテレビ離れ、ドラマ離れがずっと言われてきたわけですが、”局地的なんちゃって視聴率調査”によれば、「あなたのことはそれほど」はこの23年間で、「大学生に最も見られたドラマ」ということになりました。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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