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ミャンマー軍政を揺るがすミルクティー同盟――アジアを結ぶ反独裁の輪

六辻彰二国際政治学者
スー・チーのタトゥーを施したヤンゴンのデモ参加者(2021.2.8)(写真:ロイター/アフロ)

  • ミャンマーにおけるデモ弾圧の激化は、それだけ抗議活動が拡大し、軍事政権がゆさぶられていることの裏返しである
  • 抗議活動の中心にいる若者は香港やタイの若者と結びつき、反独裁のネットワークに加わった
  • この連帯にとって、香港、タイ、ミャンマーの政府の後ろ盾になっている中国は共通の敵になっている

 2月1日のクーデタでミャンマーの実権を握った軍事政権は、アジア各地をつなぐ若者のネットワークに揺さぶられ、いら立ちを深めている。

軍事政権の焦り

 軍事政権にとっては想定外だったかもしれないほど、ミャンマーでの抗議活動は数万人以上の規模に拡大している。首都ネピドーや最大都市ヤンゴンでは当局の禁止にもかかわらず、医師、政府職員、教師、さらに僧侶らも加わったデモが続いている。

 大都市だけではない。南部や東部では、拘束されたスー・チーらに必ずしも好感をもっていないはずのカチンなど少数民族もクーデタに反対する抗議を行なっている。

 これに対する当局の取り締まりは、徐々に暴力的なものになっている。軍事政権はデモが続く場合には「行動を起こす」と警告し、それを踏まえて2月8日には放水銃を、9日にはゴム弾を、そして10日にはついに実弾を、それぞれ治安部隊がデモ隊に向けて用いた。

 エスカレートする取り締まりは、それだけ軍事政権がデモの拡大に手を焼いていることの裏返しでもある。警察の一部はデモ隊に協力しているともいわれる。

「私は彼氏が欲しいだけ」

 軍事政権を揺るがすデモ隊の中心にいるのは、10代後半から20代の若者だ。

 彼ら/彼女らの掲げるメッセージボードには、「私の元カレはよくなかったけど、ミャンマー軍はもっとよくない」、「私は独裁はいらない、私は彼氏が欲しいだけ」など、目を見張るものも少なくない。さらに、マンガのようなイラストを多用するメッセージや、様々なコスプレをした参加者も目立つ。

 「不真面目」「遊び感覚」と捉えることもできるかもしれない。しかし、とってつけたような固いスローガンをただ連呼するより、これらの方がよりストレートに参加者の心情が伝わりやすい。少なくともキャッチーなことは確かだ。実際、若者のこうした活動に引っ張られるように、他の参加者も増えている。

 こうした手法は、香港やタイから輸入されたものだ

 ミャンマーの近隣にある香港やタイでは、やはり若者の抗議デモが拡大してきた。そのなかで、同じような立場にある者同士がSNSでつながって情報を交換し、連帯し、刺激し合う関係ができてきた。

 香港やタイに加えて、台湾の独立を求める若者も参加するこのネットワークは、東南アジアなどでポピュラーな、ミルク入りのスパイシーな紅茶にちなんで「ミルクティー同盟」と呼ばれる。

ミャンマーの若者たちもミルクティー同盟と結びつき、その手法を取り入れるなか、デモを拡大させてきたのだ。

シンボルとマニュアルの共有

 ミルクティー同盟は単なるネット上での結びつきにとどまらず、ミャンマーの抗議デモにとって実践的な意味をもつ

 例えば、ミャンマーの抗議デモでは多くの参加者が三本の指を掲げる敬礼をみせているが、これはもともとタイでみられたものだ。そのおおもとは、2012年に公開されたディストピア映画「ハンガー・ゲーム」で登場人物が用いていたサインといわれる(もとの意味は感謝、称賛、愛する者との別れ)。

 このようにポップカルチャーからヒントを得るのは、その良し悪しはともかく、現代の抗議デモでは珍しくない。その親しみやすさからミャンマーでは若者だけでなく、コロナ対策の防護服をまとった医療従事者も、厳格そうな僧侶や教師も、老若男女を問わず三本指を立てて連帯の意志を示している。

 シンボルだけではない。香港からはミャンマーに抗議活動のマニュアルが渡っている。

 香港デモの中心となった若者は、その経験から得られたノウハウをSNSで共有し、蓄積し、改良を重ねた。統一されたものではないが、何人もの活動家がそれぞれリコメンドしているものをあげていくと、例えば、

・催涙ガスや警棒に備えてヘルメット、ゴーグル、マスクは必需品

・警官に追跡されたときに逃れられるように着替えを用意しておくとよい

・簡単な食糧と水を用意しておく

・荷物を積めるのは、動きやすいようにバックパックにする

・活動の連絡・調整には(Twitterなどより規制の緩い)Telegramを使う

・匿名で情報を共有する際にはAirdropを使う

・逮捕された際にはiPhoneなどの顔認証を使用できなくする

 こうしたマニュアルをビルマ語に翻訳し、SNSで共有した男性はロイターのインタビューに「近くの国で若者がどうやって政治に参加しているかがわかった。それが我々を後押ししている」と述べている。

中国はアジアを代表するか

 ミルクティー同盟の参加者たちは基本的にそれぞれの国の独裁的な政府への抗議活動を続けているが、中国はその「共通の敵」と位置付けられている。香港はいうまでもないが、タイやミャンマーの軍事政権は政治的、経済的に中国の後ろ盾を頼みの綱にしているからだ

 ミャンマー情勢をめぐる2月4日の国連安全保障理事会の決議では、スー・チーらの解放と「民主主義への移行」、さらに国内諸勢力の対話や人権尊重が求められたものの、「内政不干渉」を強調する中国やロシアへの配慮から「クーデタ」の文言が慎重に避けられ、制裁についても触れられなかった。

 こうしたことはタイでもみられたため、ミルクティー同盟が中国を「共通の敵」と捉えても不思議ではない。

 これがイメージの悪いことは、さすがに中国政府も理解している。だからこそ、中国政府は公式には「中国はミャンマー軍事政権を支持しているわけではない」と強調する。

 そればかりか、中国政府系のグローバル・タイムズ(GT)は日本が欧米諸国とともにミャンマー軍事政権に批判的な立場を示したことについては、「日本はアジアの国なのに欧米に与した」と批判している。これはつまり「欧米vsアジア」の構図を持ち出すことで、中国の言い分がアジアを代表するというイメージ化を図るものだ。

 しかし、ミャンマーが加盟する東南アジア諸国連合(ASEAN)もクーデタに関する対応を検討し始めているが、これに関して中国がコメントすることはない。また、少なくとも部分的には「アジアの若者の声」を代表しているミルクティー同盟について、中国政府やGTが論評することもない。

 これらを無視して「アジアの代表」として振る舞うほど、中国の言い分のもろさは際立つことになる。その意味で、アジア各地に広がるミルクティー同盟は中国をも揺さぶり始めているといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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