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なぜヤバいのか「味付きタバコ」の正体

石田雅彦科学ジャーナリスト
写真撮影筆者

 味や香りを添加したタバコが多い。つい最近は、チョコレート味やココナッツ味の人気ブランドが販売終了になるかどうか、ネットで話題になったりもしている。ただ、これらの香料には発がん性のある物質も含まれる危険性があり、タバコの研究では長くその悪影響が警告されてきた。

メンソールでスッとするわけ

 タバコに添加される物質で有名なのは、やはりメンソールだろう。最初にメンソール・タバコが作られたのは、米国のオハイオで1925年のことだった。

 製法は、1ポンド(約453.6グラム)の紙巻きタバコに、メンソール(Menthol、C10H20O)2.7グラム、カシア油(桂皮油、Cassia Oil)2ミリリットル、アルコール10ミリリットルを加えて作る。このタバコを吸った場合、スッと爽やかに口や喉を刺激させるのが目的だった。

 その後、1933年にブラウン・アンド・ウィリアムソンというタバコ会社が、メンソール・シガレットとしてクール(Kool、現在はインペリアル・ブランド、米国内以外ではブリティッシュ・アメリカン・タバコのブランド)を発売して一般に広まった。

 以来、キャメル(Camel)のメンソール・タイプやセーラム(Salem)などが現れ、多くのブランドにメンソール・タイプがラインナップすることになる。現在では、メンソールを入れたフィルター内のカプセルをいちいち潰して吸う仕組みのものまであるのだ。

 ハッカやミントなどのハーブには、メンソールが含まれ、これが冷たい感覚(冷感)を引き起こす。こうした物質による感覚は、トウガラシに含まれる辛み成分のカプサイシン(Capsaicin)で暖かさを感じることでも知られているが、ヒトやマウスを含む哺乳類は第2染色体にTRPM8という寒さを感知する遺伝子を持っていて(※1)、メンソールはTRPM8遺伝子に作用してあたかも冷たさを感知したかのように錯覚させるのだという(※2)。

 メンソール・タバコの喫煙者は禁煙しにくいことが知られている(※3)。これは、女性でより強い傾向にあり(※4)、女性向けのブランドにメンソールが多い理由の一つなのかもしれない。

 なぜ、メンソール・タバコで禁煙しづらいのかといえば、メンソールが血中のニコチン濃度を上げるため、中毒作用をより強めるからではないかと考えられている(※5)。

メンソール・タバコの規制

 加熱式タバコを含むタバコ製品にメンソールの添加は世界各国で認められているが、メンソール・タバコの喫煙者がそうでない喫煙者に比べ、ある種の疾患リスクが高くなることが知られている。

 例えば、米国で2001〜2008年にかけて得られたデータの中から喫煙者5028人(女性2289人)を抽出し、メンソール・タバコの喫煙者1286人(25.6%)とそうでない喫煙者を比べた研究によれば、メンソール・タバコの喫煙者のほうが脳卒中のリスクが高かったという(※6)。

 メンソール・タバコのリスクについては議論があり、心血管疾患のリスクを高める反面、発がん性は低くなるのではないかという研究もある(※7)。

 だが、タバコ会社は当然、メンソールに中毒性を高める作用があることを知っている(※8)。健康への悪影響を抜きにしても、喫煙者に禁煙をしづらくさせ、子どもが喫煙を始めるゲートウエイとなる危険性もあり、メンソール・タバコにいいところは何もない(※9)。

 タバコ会社はニコチン依存症を増やすため、より中毒性の強い物質をタバコに添加してきた。血中ニコチン濃度を高めるメンソールと同様の作用があるアンモニアをタバコに加えてきた過去もある(※10)。

 そのため、カナダのオンタリオ州は、メンソール・タバコの販売を禁止した(2017年1月施行)。これに対し、タバコ会社はフィルターに入れていたメンソール入りのカプセルを別売りにするなどして規制を逃れようとしている(※11)。

 また、合法的にタバコに添加されているメンソールは、ほかの香料に門戸を広げる口実にもなっている。

 米国のFDA(食品医薬品局)は先日、食品に添加される香料7種について使用禁止の措置をとったが(※12)、加熱式タバコを含むタバコにもメンソール以外の香料が添加され、チョコレート味やココナッツ味、ストロベリー味、マンゴー味など多種多様なラインナップをそろえている。こうした甘い味付けにより、虫歯のリスクが高まるのは当然といえよう(※13)。

香料に組織炎症の危険性

 欧米ではニコチンが添加された電子タバコ(E-Cigarette)が若い世代の間で広がりつつあるが、これはニコチン入りリキッド(液体)を電気的に加熱して発生させた蒸気(Vaper)を吸う。このリキッドに様々な香料を加えることで使用者に対する訴求効果を高めているが、米国では7700種類以上のリキッドが販売されているらしい(※14)。

 こうした電子タバコのリキッドにはニコチンを含まない単なる味付け用のリキッドもあり、JTの加熱式タバコであるプルーム・テック(Ploom TECH)のカートリッジは、まさにこうしたニコチンを含まないタイプのものとなる。

 米国で販売されているニコチンを含まない電子タバコのリキッドを分析した研究(※15)によれば、蒸気に含まれる香料が酸化ストレスで活性酸素(Reactive Oxygen Species、ROS)を作り出し、その結果として炎症反応が引き起こされて体細胞が損傷する危険性があるようだ。

 この研究によれば、リキッドの使用容量が増えるほど細胞の損傷度が大きくなり、香料の種類が多くなると同様に細胞を傷つけるリスクが高くなったという。炎症が慢性化すれば、細胞ががん化する引き金にもなりかねない。

 タバコに添加された香料の危険性は、プルーム・テックはもちろん、蒸気タイプではないアイコス(IQOS)やグロー(glo)といった加熱式タバコでも同じだ。板状にしたタバコ葉を燻らせるという従来にはない機構による加熱方式であり、研究者は新たな有害物質が発生するかもしれないと警告する(※16)。

 加熱式タバコを含む電子タバコに添加された香料の毒性についても、肺などに害を及ぼし、酸化ストレスの原因になり、DNAにダメージを与えて炎症を起こすなどの悪影響があると考えられている(※17)。ニコチンも血管を収縮させて心血管疾患のリスクを高めるのだから、香料を吸い込むことによって、さらに病気になる危険性を高めるのはバカバカしいだろう。

※1:Diana M. Bautista, et al., "The menthol receptor TRPM8 is the principal detector of environmental cold." nature, Vol.448, 204-208, 2007

※2:R Eccles, "Menthol and Related Cooling Compounds." Journal of Pharmacy and Pharmacology, Vol.46, Issue8, 618-630, 1994

※3:Cristine D. Delnevo, et al., "Smoking-Cessation Prevalence Among U.S. Smokers of Menthol Versus Non-Menthol Cigarettes." American Journal of Preventive Medicine, Vol.41, Issue4, 357-365, 2011

※4:Judith Rosenbloom, et al., "A cross-sectional study on tobacco use and dependence among women: Does menthol matter?" BMC Tobacco Induced Diseases, doi.org/10.1186/1617-9625-10-19, 2012

※5:Michael A. Ha, et al., "Menthol Attenuates Respiratory Irritation and Elevates Blood Cotinine in Cigarette Smoke Exposed Mice." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0117128, 2015

※6-1:Nicholas T. Vozoris, et al., "Mentholated Cigarettes and Cardiovascular and Pulmonary Diseases: A Population-Based Study." JAMA Internal Medicine, Vol.172(7), 590-593, 2012

※6-2:脳卒中リスク:全体のオッズ比(OR)2.25:95%CI:1.33-3.78、女性のオッズ比3.28:95%CI:1.74-6.19、非アフリカ系米国人のオッズ比3.48:95%CI:1.70-7.13、変数調整後の脳卒中リスク:全体のオッズ比(OR)2.19:95%CI:1.05-4.58、女性のオッズ比3.54:95%CI:1.60-7.84、非アフリカ系米国人のオッズ比3.02:95%CI:1.24-7.34

※7:Miranda R. Jones, et al., "Smoking, Menthol Cigarettes and All-Cause, Cancer and Cardiovascular Mortality: Evidence from the National Health and Nutrition Examination Survey (NHANES) and a Meta-Analysis." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0077941, 2013

※8:Valerie B. Yerger, et al., "Menthol's potential effects on nicotine dependence: a tobacco industry perspective." Tobacco Control, Vol.20, doi.org/10.1136/tc.2010.041970, 2011

※9:Jonathan M. Samet, et al., "Flavoured tobacco products and the public's health: lessons from the TPSAC menthol report." Tobacco Control, Vol.25, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2016-053208, 2016

※10-1:Geoffrey Ferris Wayne, et al., "Tobacco Industry Manipulation of Nicotine Dosing." Nicotine Psychopharmacology,

Handbook of Experimental Pharmacology 192, 2009

※10-2:Terrell Stevenson, et al., "The SECRET and SOUL of Marlboro: Phillip Morris and the Origins, Spread, and Denial of Nicotine Freebasing." American Journal of Public Health, Vol.98, No.7, 1184-1194, 2008

※11:Robert Schwartz, et al., "Tobacco industry tactics in preparing for menthol ban." Tobacco Control, Vol.27, Issue5, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2017-053910, 2018

※12:U.S. FOOD & GRUG:"FDA Removes 7 Synthetic Flavoring Substances from Food Additives List." October, 5, 2018(2018/10/20アクセス)

※13:Shin Ae Kim, et al., "Cariogenic potential of sweet flavors in electronic-cigarette liquids." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0203717, 2018

※14:Shu-Hong Zhu, et al., "Four hundred and sixty brands of e-cigarettes and counting: implications for product regulation." Tobacco Control, Vol.23, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2014-051670, 2014

※15:Thivanka Muthumalage, et al., "Inflammatory and Oxidative Responses Induced by Exposure to Commonly Used e-Cigarette Flavoring Chemicals and Flavored e-Liquids without Nicotine." frontiers, doi.org/10.3389/fphys.2017.01130, 2018

※16-1:Kanae Bekki, et al., "Comparison of Chemicals in Mainstream Smoke in Heat-not-burn Tobacco and Combustion Cigarettes." Journal of UOEH, Vol.39, Issue3, 2017

※16-2:Xiangyu Li, et al., "Chemical Analysis and Simulated Pyrolysis of Tobacco Heating System 2.2 Compared to Conventional Cigarettes." NICOTINE & TOBACCO RESEARCH, doi.org/10.1093/ntr/nty005, 2018

※17:Gurjot Kaur, et al., "Mechanisms of toxicity and biomarkers of flavoring and flavor enhancing chemicals in emerging tobacco and non-tobacco products." Toxicology, Letters, Vol.288, 143-155, 2018

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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