公務員にまで広がる「ハラスメント自死」 「隠蔽体質」は民間以上か?
日本全体に職場でのいじめやハラスメントが蔓延する中で、比較的安定した職場だと考えられる公務においても、事件が頻発している。
7月に厚生労働省が発表した「2021年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によれば、「いじめ・嫌がらせ」に関する相談が86,034件と全体の24.4%を占め、「自己都合退職」や「解雇」の倍以上と問題分類別では最大であった。2012年は約5万件であったことを踏まえると、ここ10年間でさらに職場のいじめやハラスメントが深刻化している様子がわかる。
その結果、仕事を理由とした精神疾患も急増している。警察庁の「2021年中における自殺の状況」でも、「勤務問題」を理由として自殺が昨年は1935件もあった。また、厚生労働省の2021年度「過労死等の労災補償状況」によれば、2021年度に精神疾患を理由に労災を申請した件数が2346件と過去最多を更新し、うち171件が自殺であった。職場での問題が引き金となって、多くの人が精神を病み、自死に追い込まれている。
増え続けるいじめやハラスメントの問題に対して、2019年には改正労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)も成立し、パワーハラスメント防止のための措置を講じることが義務付けることになったが、それでも被害が収まる気配はない。
そうした中で、見過ごされがちなのは公務員の過労死・自死・鬱の問題である。比較的安定した職場だと思われる公務の世界においても、苛烈なパワーハラスメントによって自死に追い込まれる事例がある。地方自治体については国の統計そのものが存在していないが、国家公務員に関しては、「パワー・ハラスメント、いじめ・嫌がらせ」の件数は次の通り増加傾向にあることがわかる。
ハラスメントによる労働問題、特に過労自死に至った場合には組織的隠ぺいが行われることがめずらしくはない。これまでにも多くの企業で隠蔽が問題となってきたが、それは公務労働というより透明性が求められるはずの職場にも広がっている。
この記事では、新潟市の水道局という公務職場で働いていた当時38歳の男性が、職場のいじめによって自死に追い込まれたケースを紹介したい。このケースは上記のパワハラ防止法が成立する以前に起こっているが、ハラスメント行為が行政にまで広がり、しかも事実の隠蔽が遺族側から問題にされているため、極めて重要な事件である。以下、遺族の証言に従って事例をみていこう。
いじめと困難な業務によるハラスメント自死
1990年に新潟市水道局に採用されたAさんは、入局以降、水道管維持管理の現場業務などに従事してきた。仕事は順調で、2001年には結婚して2人の子供にも恵まれた。しかし、2006年の夏ごろから配属部署の係長の態度が変化していき、ハラスメント自死のきっかけの一つとなったいじめが始まることになる。
係長の態度が変化した理由は不明だが、Aさんが2006年12月に家族と旅行に行くために数日間有給を取得した際に、係長から叱責を受けたという。Aさんの妻によれば、有給取得前からAさんは上司に無視されていると家族に話していたが、有給取得後には仕事で必要な最低限度のコミュニケーションもなくなったという。
そもそも労働者として当然の権利である有給休暇を取得したことを理由に叱責を受けること自体がハラスメントに該当する。そして、翌年1月以降は長時間の叱責や無視などが始まった。職場の上司からこのようないじめを受けていたことで、Aさんは精神的にも追い詰められていった。
そのうえで、Aさんはこれまでとは全く異なる業務を2007年3月頃から指示されるようになった。現場での作業を主にしてきたAさんに対し、3月に「給水装置修繕工事単価表」などの改定作業を命じられた。
外部からはその業務内容を理解するのは容易ではないが、複雑な関数が組み込まれたシートが45もあるエクセルファイルの全面的な改定作業であり、マニュアルもないなか、パソコン作業が得意でなくこれまでに経験のない業務を指示されたAさんは途方に暮れてしまった。
そもそも作業開始時に前任者からの十分な引き継ぎや、改定にあたっての具体的な業務指示すらなかったようだ。同僚も、Aさんが亡くなった後に行われた調査において、この業務は難易度が高く、業務量も多いと証言しているほど、大変で精神的に負荷がかかる作業であった。
係長からのいじめ、そして、業務内容の急激な変化によってAさんは精神的に追い詰められていった。病院で治療は受けていなかったものの、遅くとも2007年4月か5月頃には精神疾患を発症していたと考えられる。その後、締め切りがゴールデンウィーク明けと設定されていた改定作業を終わらせることなく、Aさんは連休明けに、妻と子供2人を遺して38歳で自死した。
公務災害と認められても、いじめを否定する新潟市
Aさんは遺書を遺しており、そこには「どんなにがんばろうとおもってもいじめが続く以上生きていけない」などと書かれていた。ハラスメントが始まって以降、朝食が食べられなくなったり家族に辛く当たったりと、これまでとは異なる夫の様子がおかしいと思っていたAさんの妻は、Aさんの死は仕事が原因だと考えて公務災害を申請した。
そして、2009年1月、地方公務員災害補償基金新潟支部長は公務外と判断したが、Aさんの家族が不服申立を行った結果、2011年11月、地方公務災害補償基金新潟市支部審査会は、「係長の被災職員(引用者注:Aさんのこと)に対する言動は、著しく理不尽な「ひどいいじめ」であったもので、その心理的負荷の強度は大(3段階に分けたときの最高段階のもの)であったと判断される」「係長の言動及び担当業務の困難性により強度の精神的ストレスによって、本件精神疾患を発症した」として、業務の困難性や係長によるいじめ行為が認めて、Aさんの死は公務災害と認定された。
公務災害と認定されたことを踏まえて、Aさんの家族は新潟市に対して補償を求めた。しかし、新潟市のハラスメントへの対応は自死遺族にとって想像を絶するものであった。
Aさんの妻によれば、新潟市は当初、Aさんの家族に対して補償に応じる意向を見せていた。そして、その参考資料とするために、公務災害と認めた地方公務災害補償基金新潟市支部審査会の裁決書や関係者の陳述書等の提出をAさんの家族に求めた。
補償を支払うために誠実に対応してくれるだろうと考え、Aさんは提出に応じたが、新潟市はこの資料を用いて、職員らに対する恣意的な「ヒアリング」を実施した。資料から、ハラスメントについて証言した職員を洗い出し、改めてヒアリングを行ったというのだ。
すでに係争当事者となっている市は「第三者」とはいえず、職員に対しては優越的な地位を持ち、証言を歪ませる恐れがあることはだれが見ても明らかである。実際に、中立の立場で証言した職員たちも、この「ヒアリング」においては内容をトーンダウンさせ、ハラスメントの事実を明確に述べなかった。そして、これをもって新潟市はいじめの事実を否定し、補償の支払いも拒否したのである。
このような「騙し討ち」を新潟市が行ったことには遺族は憤っている。補償を行うためと遺族に資料を提出させた上で、実はいじめの事実を隠蔽するために、そのような発言をした職員を特定し圧力をかけて証言を捻じ曲げさせていると
見ているのだ。
すでに中立の機関にハラスメントの事実を証言した職員が、紛争当事者の「ヒアリング」で証言をあいまいにした。この経緯を踏まえれば、市は最初から補償を支払うつもりはなく、隠蔽工作をしているだけだと見られるのも当然のことだろう。このままでは埒が明かないため、Aさんの家族は、2015年9月、新潟市を民事訴訟で訴えるに至った。
なお、新潟市水道局に資料の提出の理由等について見解を求めたところ、「損害賠償の判断及び行為者及び管理監督者への処分等を行うためには、精緻な調査が必要ですので、調査のための基礎資料として裁決書等の提供をご遺族に依頼しました。当局において関係職員から事情を聴取したところ、裁決書等に記載のハラスメント行為は確認できなかったことから、賠償請求には応じられない旨回答しました」との回答があった。
ついに判決を迎える裁判
実際の裁判でも、Aさんの同僚の一人が、係長「のような人の下では、部下に自殺者が出てもおかしくない」と証言している一方で、新潟市側は同様の主張を繰り返した。いじめやハラスメントは存在しなかった、担当業務もそこまで複雑なもので負荷のかかるものではなかったと、自死の原因が業務にあったことを否定した。
この裁判は8月4日に結審となり、11月24日に判決が言い渡させる予定だ。最愛の家族を失っただけでなく、公務災害と認められた後でも職場の問題を隠蔽しようとする市の「主張」を繰り返し裁判で聞かされることが、Aさんの家族に与える精神的負担は計り知れないものだろう。
しかしそれでも、市にきちんと責任を果たしてほしいと考えるAさんの家族は、裁判を続けている。Aさんが亡くなった当時は1歳で、今は高校生のAさんの娘も裁判所に対して、「パパの命を突然奪った水道局の、非常識な対応によって私たち遺族が何重にも苦しめられ続けています…水道局はパパの命を奪ったことを謝り、きちんと反省してほしいです。そして、二度とこのようなことが起こらないように努めてほしいと渇望します」と訴えた。
合わせて、公正な判決が言い渡されるように、オンライン上で署名キャンペーンも行っている。
裁判の社会的意義
今回のケースは、AさんやAさんの家族だけではなく、近年急増する職場のいじめやハラスメント問題を考える上で、非常に重要な論点を含んでいる。冒頭でもみたように、職場のいじめはますます深刻化している。
いじめやハラスメントを「隠蔽」することが出来てしまえば、企業側はいかなる実行的なハラスメント対策を採用する動機を失ってしまう。ハラスメント被害者からの告発があったとしても、後から労働者に圧力をかけ、嘘の証言をさせることでハラスメントを隠蔽することが「ハラスメント対策」にすらなりかねない。
新潟市水道局は「公務災害認定の事実は制度上覆ることがないため、認定自体を否定するものではありません。しかしながら、損害賠償請求事件において、当局として訴状に記載された事実が確認できないことから、必要な主張をしているものです」と取材に対して回答したが、強引な再調査の経緯を考えれば「事実が確認できない」のは組織的圧力による隠ぺい工作によるものだと推察されても仕方がない。
労働者が命を落とし、それが、公的にハラスメントが原因だとされた職場の環境を改善するよう取り組むべきではないだろうか。
裁判所には公正な判決を求めるとともに、おなじようにいじめやハラスメントの被害に遭っている方や、それらを理由に家族を亡くした方は、ぜひ労働組合や労働NPOといった支援団体にご相談いただきたい。
無料労働相談窓口
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*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。弁護士らと連携し、労働災害、過労死・自死の事件にも取り組んでいます。
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