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【マイスター・ハイスクール】探究的実践でリベラルアーツを身につける! 進化する専門高校の学びに期待

矢萩邦彦アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授
現地取材したマイスター・ハイスクールのモデル校(写真:学校提供)

今、先端的な学び場としていくつかの専門高校が注目を集めている。令和3年度より文科省が進めるマイスター・ハイスクール(次世代地域産業人材育成刷新事業)は、地方公共団体や産業界・大学と連携することで、産業構造や仕事内容の急激な変化に対応する人材育成を目指すプロジェクトだ。DXや六次産業など最新の概念をすばやく取り入れて実習の中で学んでいくスタイルは、その重要性が認められ急速に広まりつつある探究的な学びそのものであり、汎用性のあるリベラルアーツを身につけていく基礎力になる。本記事では私の専門の一つである「実践リベラルアーツ」の視点でマイスター・ハイスクールを分析してみたい。(各学校の具体的な取り組みについては、本記事の最後に取材記事へのリンクがあります。)

●従来型の学びでは身につきにくい現代社会で「生きる力」

そもそも日本における専門高校は、特定分野において卒業後のキャリアに直結する実践的な知識やスキルを身につける学校だったのだが、大学進学率の上昇と共に普通科の陰に隠れるようになってしまった。しかし、一問一答型の座学的な学びが中心となる普通科では、生成AIをはじめ様々な新技術が日常に入り込んでくる現代社会で活躍するための能力が養われないのではないか、という問題が至るところで議論されている。

私は、約30年におよぶ学校や私塾・予備校での現場経験のなかで、従来型の受験対策に偏重した教育によって柔軟性を欠いていく小中高生を数多く見てきた。そこで主体性を重視する「探究型」や「リベラルアーツ」の学びを取り入れることで、学ぶことを楽しみ、自立的に成長していける精神や能力を開発することに力を入れてきたのだが、ここに来て急激に探究型の学びに注目が集まっている。同時に今まで探究同様「実践的ではない」という印象から軽視されがちだったリベラルアーツも重要視されはじめた。これらの背景には、社会人として必要な基礎力や能力に対する価値観が変化しつつあることが挙げられる。従来型の学びで獲得できるスキルは、AIに取って代わられるものが多いと考えられるからだ。

リベラルアーツ・探究・アントレプレナーシップの3つに共通するのは、主体性である。〈リベラルアーツ〉は「主体的に生きるための知識・技術」、〈探究〉は「主体的な活動の中で学び成長する方法」、〈アントレプレナーシップ〉は「主体的に社会との関わり方を選択していこうという精神」、と言いかえることができる。この3つは三位一体だ。「自己決定」しながら主体的に自分の人生を歩むためにはこれらを学ぶことが有効なのだが、横並びのカリキュラムや、一面的な評価しかされない環境では、なかなか身につかない。

●自己決定するための3要素

自由に生きるためには、主体的な選択が必須である。自分が何をするのかを自分で選ぶことが自由への第一歩だ。そして、選択するためには「判断基準」が必要になる。それらを整理し活用できることがリベラルアーツを実践することにつながる。

「自己決定」のための判断基準として、私は次の3つを意識することを提唱している。1つ目は言語や論理、数学など古典的リベラルアーツで重要視されていた時代を超えて通用する「世界の基本構造」を知ること。2つ目は真・善・美など、自分自身の価値観を認知して「自分軸」を持つこと。3つ目は自分が自己決定しようとしている〈いまここ〉の文化や技術など「最新の世界観」をとらえることである。

1つ目の「世界の基本構造」に関しては、いわゆる普通科の学校や従来型の受験勉強でも扱うが、多くの場合体験とひも付かない表層的な知識にとどまる。データ的な知識量には多く触れることになるかもしれないが、経験として落とし込まれていないと応用力や転用力につながらない。その点、マイスター・ハイスクールでは、実際に農業・漁業・工業・商業などの実践的な経験の中で、学際的に知識と技術を身につけることができる。探究のためにつくられたバーチャルなコンテンツをカリキュラム通りこなすのではなく、その仕事に従事している人たちの力を借りながら予測不可能な現場での対応を経験することこそ、今求められている探究型の学びの理想型のひとつだ。

2つ目の「自分軸」については、いわゆる普通科の学校や従来型の受験勉強が最も蔑ろにしているポイントの一つである。当然のことながら、人によって価値観が違うことを前提にした出題は難しい。公平に評価するためには、模範解答が必要だからである。その結果「いつでもどこでも誰でも」同じ解答になる問題ばかりを解く訓練をされ続ける。そこでは自分ならではの考えや価値観は否定的に評価されることになる。その結果、「やりたいことが分からない」「別に楽ならなんでもいい」という大学生や社会人が量産されても不思議はない。実際「親や先生に言われたとおりにやってきたが、いざ社会に出ろと言われてもどうしたら良いか分からない」という高学歴の大学生や院生からのキャリア相談を受けることは少なくない。

3つ目の「最新の世界観」は、この激動の時代において最も注視すべきポイントの一つだ。例えば、コロナ禍で10年は早まったと言われるICT技術。そして、昨年から急速に一般化し実用フェーズに突入した生成AI。これらは一時の流行ではなく、確実にインフラ化が進んで私たちの生活の「前提」になりつつある。10年前に「シンギュラリティが訪れて多くの職業が新しい職業に取って代わる」と騒がれたが、当時「未来の仕事」はかなり曖昧なイメージだった。しかし、実際に生成AIに触れることで、リアルに想像できるようになった。その代表例が「プロンプト・エンジニアリング」だ。この概念を意識するかどうかで、国語や現代文の学びは意義も方法も大きく変わるだろう。生成AIの構造を理解するか、実際に使いながらその挙動を把握して指示を調整していくような方法で学ぶのが最も効果的であると考えられる。そのような現実的かつ対話的な学び方を身につける環境が、マイスター・ハイスクールにはあるのだ。

●うまく行っている学校の共通点と課題

取材を進めるうちに、うまく行っている専門高校にはいくつかの共通点が見えてきた。まず、CEOや教員が生徒と一緒にトライ&エラーを繰り返しながら成長していること。そして、それ自体を楽しんでいることだ。もちろん、すべてがゼロベースではない。実務家教員が経験を活かしてお膳立てをするのだが、教科書通りの予定調和にはならない。例えば天気や気候は予測通りになるわけではないし、商品化までは計画通りだとしても売れるかどうかは分からない。社会に出れば当たり前のことだが、カリキュラム通りに進行する教科書通りの学びでは、実感することができない。「模範解答」のない、終わるかどうかも分からない未定のプロジェクトだからこそ、リアルな学びになる。

模範解答がなかったり、終わりが見えなければ、普通は不安になる。従来型の学習スタイルに慣れていればなおさらだ。しかし、トライ&エラーを繰り返しながら正解のない問いに立ち向かい、一歩一歩改善しつつ進めて行くことで、「自分の行動が結果に影響する」という自己有用感を覚え、自分やチームの成長を実感できる。それは、模範解答のあるテストで高得点を取るよりも楽しい学びになるはずだ。うまく行っている場では、そういう笑顔が多い。正解かどうかではなく、経験に価値があると全員が理解している。そうなるためには、まず教員の価値観が変容する必要がある。変容した誰かが種火となり、生徒や他教員にも伝播していく。予測不可能ななかで共に試行錯誤して成長する力こそ「生きる力」だといえるだろう。

もちろん、課題も山積している。課題の共通点としては、まずどんなテーマであっても生徒全員が興味を持つわけではないという点が挙げられる。各自が自分の興味分野を選べれば本質的探究だが、現在の学校現場では構造上それは難しい。さらに、自分の興味分野がまだ分からない生徒も少なくない。まずは集団で構造的探究をするなかで、自分の興味分野を知る必要がある。そして現状では、マイスター・ハイスクールの理念に共感して入学してくる生徒ばかりでもない。入試についても方法の変更や周知の必要がある。加えて、就職ではなく進学を選ぶ生徒のための高大接続も改善が必要だ。

次に、時間の問題が挙げられる。前述のように、探究的な学びはカリキュラム通りに進めるのは難しい。そのうえ、専門高校は探究学習だけでなく教科学習の時間も確保しなければならないのだ。就職か進学かを選択しやすくするためにも基礎学力は必要になる。また、予算をいかに確保するのかという問題もある。現在は文科省からの支援があるが、なくなっても続けていける仕組みをつくらなければならない。とはいえ、関わる全員が主体的でポジティブに成長する場であれば、企業や大学との連携は自然に起こるようになるはずだ。

以上、マイスター・ハイスクールの現場取材から考察してみた。このような変化はあらゆる教育機関でも起こりつつあるが、専門高校には、普通科をはじめとした一般的な教育機関では実現が難しいスペックが最初から備わっている。専門高校の価値を再発見・再評価し、探究的な学び、実践的なリベラルアーツの場として活用する視点が、日本の教育を先導する一つの潮流になると期待している。

◾関連サイト

マイスター・ハイスクールまとめページ

(本シリーズの他、全取材に同行して頂いている池田哲哉氏による関係者インタビュー動画もまとめてありますのでご覧頂ければ幸いです。)

文部科学省マイスター・ハイスクール(次世代地域産業人材育成刷新事業)

◾シリーズ記事

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アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でパラレルキャリア×プレイングマネージャとしてのキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究するアルスコンビネーター。2万人を超える直接指導経験を活かし「受験×探究」をコンセプトにした学習塾『知窓学舎』を運営。主宰する『教養の未来研究所』では企業や学校と連携し、これからの時代を豊かに生きるための「リベラルアーツ」と「日常と非日常の再編集」をテーマに、住まい・学校職場環境・サードプレイス・旅のトータルデザインに取り組んでいる。近著『正解のない教室』(朝日新聞出版)◆ご依頼はこちらまで:yahagi@aftermode.com

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