インターネット依存を「予防」するために、いま学校現場で予防教育を実践すべき理由とは
小中学生にパソコンやタブレットといった学習用のデジタル端末が1人1台整備されるなど、学校教育にICTが活用される取組が推進されています。一方、コロナ禍で子どものインターネット依存やゲーム依存が問題になっているという現状もあります。
社会全体としてインターネットやデジタル端末との健康的な付き合い方を考え、実践に繋げていくことが重要になる中で、特に子どものインターネット依存の予防について解説をしたいと思います。
インターネット依存の予防について
海外でも青少年を中心にインターネット依存が問題になっています。依存からの回復や治療だけでなく、「予防」に関する分野も注目され、いくつかの実践報告も見られるようになりました。
日本国内でも、野外活動施設における青少年向けインターネット依存予防教育の実践や、高校生に向けてスマホ依存の予防を目的とした授業実践について研究報告がありますが、まだまだ報告件数は少ない状況といえます。
そもそも予防とは、疾病や障害の発生率を低下させたり、症状の進行や悪化を遅らせたりすることを目的とした幅広い介入を含む広義の用語です。
予防精神医学で有名なCaplanは、公衆衛生の観点から、予防を3段階に分類しています。以下に、インターネット依存の場合にはどのようなアプローチをとりうるかも含め、簡単に整理しました。
一次予防:病気の発症を防ぐ
依存症に関する正しい知識の普及・啓発活動、予防教育を行う。依存症においては、依存の危険性を持つ対象を適切に管理する社会規制の確立も含む。
二次予防:病気の進行を防ぐ
早期発見、早期介入によって、病気の進行や障害への移行を予防する。スクリーニングの実施や相談窓口の設置、人材育成など環境づくり。
三次予防:再発を防ぐ
問題が悪化したり、病気が再発したりしないようにする。依存症においては、依存症への誤解・偏見を正す活動なども含む。
以上のうち、今回は特に「一次予防」を中心に説明をしていますが、これら3つの予防は相互に関連しあい、深く結びついているものになります。
例えば、自身が依存症であると自覚するのは難しいことですし、家族も依存症と気づかず、依存行動を責めてしまうことで状況が悪化してしまうケースもあります。だからこそ、予防教育や啓発活動を通して、早い段階で依存状態に気づくことができたり、専門機関への相談や受診への抵抗感を下げたりすることが期待されています。
思春期の子どもにこそ求められる予防教育
予防的な介入は、主に児童や青年に焦点を当てるべきだという点で、多くの研究者の意見は一致しています。理由は大きく分けて二つ考えられます。
一つ目は、思春期という年代が持つ特徴です。
思春期は10歳から18歳までの成長期と定義されており、危険な行動(飲酒、薬物摂取、暴力への関与など)やさまざまな依存症に陥りやすい時期と言われています。また、価値観の形成、人格の形成、精神面・論理的な思考力なども急速に発達する重要な時期でもあります。
二つ目は、インターネット依存の有病率です。
海外の研究では、インターネット依存症の有病率が最も高いのは思春期の子どもだという結果が示されています。総務省の情報通信白書(平成26年版)によれば、6か国(日本、アメリカ、イギリス、フランス、韓国、シンガポール)共通で、10〜20代のインターネット依存傾向が高い層が多くなり、年齢層が上がるにつれてその依存傾向の割合が小さくなったと報告しています。
青少年にとってゲームやSNSの利用は、日々の生活に楽しさや仲間との繋がりを与えます。ただ一方で、依存的な使用によって学業に支障を来したり、心理社会的な問題が生じたりしている事実もあります。だからこそ、依存症にならない使用パターンについて、子どもたち自身が予防教育によって身につけていく必要があるのです。
エビデンスに基づいた予防教育とは
科学的なエビデンス(根拠)に基づく予防の実践は、健康・教育の分野における政策の立案や健康・福祉の促進に多くのメリット(病気や問題行動の減少、人間の機能の向上、医療費の削減など)をもたらし、治療や危機介入を補完するものとみなされ、海外で奨励されています。
インターネット依存においても、促進するリスク要因と依存を防ぐ保護要因に関連したスキルや能力を高めることを目的とした予防教育を実践していくことが大切になります。
例えば薬物依存の初期の予防活動の多くは、薬物使用の危険性や長期的な健康への影響を青少年に理解してもらうことに主眼を置いていることから、薬物使用の危険性を誇張して表現し、ひたすら恐怖心を喚起するようなプログラムもありました。しかし、こうした試みは理論に基づくものではなく、効果が見られない、ということがわかりました。現在では思春期の薬物使用の病因に関する心理社会的理論に基づき、薬物使用の開始を促進するリスク要因と薬物使用や乱用を防ぐ保護要因に主眼を置いたプログラムが登場しています。
エビデンスに基づく予防教育の実践を重ねていくことにより、インターネット依存の発生率や有病率のさらなる低下に繋がる予防プログラムの開発、政策の検討にも繋がっていくことが期待されます。
学校現場で予防教育を行うことがより重要に
予防教育を推進していく場として、多くの児童・生徒にアクセスできるため効率的であるという点から、学校現場が利用される機会が海外で増えています。
これまで学校現場で実施されてきた依存症予防プログラム(薬物、アルコール、ギャンブル)が、プログラムを行うコストをメリットが上回り、学業成績や健康を増進する行動など、本来意図していたことよりも多くの分野でメリットが得られると評価されてきたことも影響しているでしょう。
児童・生徒への教育及び意識向上だけでなく、教師や保護者のトレーニングなど、さまざまな形での予防教育が実施されています。
さらに韓国では、政府がインターネット依存症の予防と治療のための計画を発表し、就学前の子どもたちへの予防的介入を始めています。また、大学生は高い有病率とインターネットへのアクセスのしやすさから、思春期の次に重要なグループであるとの主張もあります。思春期以外の年齢層についても予防教育を行うターゲットとして視野に入れることも、もちろん大切になるでしょう。
インターネット依存の治療や回復を担う専門機関については、まだまだ数が少ないと言われています。だからこそ学校現場を中心に予防に関する取組も普及させていくことで、健康的にインターネットやデジタル端末と付き合っていける社会づくりを目指していくことが大切と言えるでしょう。
〈引用・参考文献〉
特定非営利活動法人ASK:ASKが目指す3つの「予防」
https://www.ask.or.jp/article/437
総務省:平成26年版情報通信白書
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/html/nc143110.html
Vondráčková, P., Vondráčková, V., Gabrhelík, R. (2016). Prevention of Internet addiction: A systematic review. Journal of Behavioral Addictions, 5(4), 568–579.
Throuvala, M., Griffiths, M., Rennoldson, M., Kuss, D. (2019). School-based prevention for adolescent internet addiction: Prevention is the key. A systematic literature review. Current Neuropharmacology, 17, 507-525.
Caplan, G. (1964). Principles of preventive psychiatry. Basic Books: New York.