Yahoo!ニュース

貴景勝と明瀬山に「救われた」大相撲初場所 高崎親方が語る“負けっぷり”の美学

飯塚さきスポーツライター/相撲ライター
写真:長田洋平/アフロスポーツ

まだまだ結末の見えない大相撲初場所。一人全勝街道をひた走っていた大栄翔が、九日目でついに初黒星を喫した。それでもなお、単独トップを走る彼を追うのは、2敗の大関・正代と、3敗で並ぶ10人もの力士たちだ。

当初は開催すら危ぶまれた今場所の運営に携わり、第三者的目線で取組を見守る親方は、今場所をどう見ているのか。日本相撲協会広報部の高崎親方(元幕内・金開山)に聞いた。

話を聞いた高崎親方(写真:日本相撲協会提供)
話を聞いた高崎親方(写真:日本相撲協会提供)

開催巡る葛藤

「正直、開催したい気持ちと、本当にやっていいのかという気持ちが半々でした。開催しても、途中で陽性者が出れば、また批判が集中します。中止になった昨年5月場所から、規模を縮小しながらも徐々にV字回復できればと思っていた矢先での緊急事態宣言。本当に、タイミングに恵まれないなと思いました」

そう話すのは、広報部の高崎親方。1月7日には45歳の誕生日を迎えたが、複雑な心境はぬぐえなかった。

しかし、そんな初場所も後半戦に入った。現在までで、出場している関取の途中休場もない。おそらく多くの関係者と同じく、ここにきてようやく集中して相撲を見られているという。

美学貫く貴景勝へのエール

高崎親方が注目している力士は二人。一人は、九日目を終えて2勝7敗と苦しい戦いが続いている大関・貴景勝だ。注目する理由は何か。

「横綱がいないなか、看板大関3人のうちの一人としての責任を感じ、たとえ負けても出続ける美学に、胸打たれているからです。横綱・大関は、負けると休む風潮がありますが、本来そうじゃない。もちろん勝ってほしいけれど、負けても土俵に立ち続けるその姿を、ファンの皆さんにも見ていてほしいんです。本人はとても苦しいはずですが、本場所の運営側としても、なんとか休まないでいてほしい。貴景勝がいるのといないのとでは、本場所の盛り上がり方が全然違います」

結果につながらないのは、体調が悪いからかもしれない。本当はケガをしているからかもしれない。しかし、どんなことがあろうと言い訳せず、本場所の土俵に立ち続ける。それが、大関・貴景勝の美学であり、すごさである。

不穏な空気消し去った明瀬山の功績

そして、高崎親方が「救われた」と話すもう一人の注目力士は、35歳のベテラン・明瀬山。約4年半ぶりとなる返り入幕を果たすと、初日から一気に6連勝して、大きな話題となった。

「初日はやっぱり、開催に関して思い悩んでいたんです。せっかく来てくださっているお客さんも肩身が狭いだろうし、本当にやってよかったのかと。でも、明瀬山の初日の勝利インタビューがすごく心に響いたんです。うれしそうにニコニコ笑って答える彼を見て、きっと今場所のマスコットキャラクターになってくれるなと思い、心が温かくなって救われました」

高崎親方の読みは的中した。初日から6連勝を飾った明瀬山の応援タオルは完売。その後3連敗となったが、「勝っても負けても気負わない」と本人も話す通り、淡々と取組に臨む姿は、さすがベテランと思わされる。「たとえここから全敗しても、名前を売ったし、記憶に残るお相撲さんになりますよ」と、高崎親方も太鼓判を押す。明瀬山の相撲と温厚なキャラクターは、多くのファンを魅了しているが、同時に親方衆のハートもつかんでいたのだった。

考えるべきは“負けっぷり”

全体的な相撲内容に関して、かつて自身も土俵に立っていた高崎親方は、「初場所の初日・二日目は緊張するので、気持ちはわかります」としながらも、今場所の序盤はやはり、どの力士も動きが硬かったと評する。一方で、相撲内容は日ごとによくなっているが、普段より番数が減っている分、悪い相撲が目立ちやすいとも指摘する。

「幕内でいうと、熱戦は2~3番もあれば盛り上がるでしょう。でも、全体の取組数が少ない分、悪い相撲があると、見ているほうもがっかりして目立ってしまいます。土俵の充実のためには、力士たち一人一人が、悪い相撲を減らす努力が必要です。負けるにしても、“負けっぷり”というものがありますよね。力を抜いたり途中で諦めたりするんじゃなくて、負けるなら精いっぱい力を出して負ける。そういう相撲であれば、見ているお客さんも喜ぶんです」

場所は終盤戦。どの力士たちも、体に鞭を打って必死に土俵に臨んでいる。これからいくつの熱戦を目にすることができるか。見る側も、熱い気持ちで声援を送り続ける残り6日間としたいところだ。

追記:本記事公開後に、大関・貴景勝関の休場が発表されました。

スポーツライター/相撲ライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライター・相撲ライターとして『相撲』(同社)、『Number Web』(文藝春秋)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書に『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』。

飯塚さきの最近の記事