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元大関・貴景勝の湊川親方インタビュー「殺し合いの気持ちを忘れてほしくない」大関陣へエールも【後編】

飯塚さきスポーツライター/相撲ライター
9月場所を最後に引退した元大関・貴景勝の湊川親方に話を伺った(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

大相撲9月場所で引退した、湊川親方こと元大関・貴景勝のロングインタビュー後編。「気持ちで戦ってきた」と自身の土俵人生を振り返る親方に、現在行われている九州場所の注目力士と彼らへの温かいエール、そして親方としてのご自身の展望について、現役の頃と変わらない熱量で、熱く語っていただいた。

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土俵で奮闘の三大関にエール「自分を信じて」

――引退されてから約1ヵ月半。体が少し小さくなられたでしょうか。

「ちょっと痩せましたが、そんな急激に痩せたわけではないですよ。たいしたことはしていなくて、現役時代はやっぱり無理して食べていたので、普通に食べるだけで少しずつ体重は落ちていきます。体は一つしかないので、今後は健康に気をつけないといけませんね」

――ご家族との時間は増えたでしょうか。とはいえ、こうして地方に来るのは変わらないのでそうでもないかもしれませんが。

「まあ、そうですね、稽古も行きますからね。ただ、いままでは次の日も朝稽古だから早く寝なきゃというのがあったけど、そこが緩くなったので、多少は増えたと思います」

――お顔がすごく柔らかくなったので、やはり精神的な面がだいぶ変わったのかなとお見受けします。

「あはは、そうですね。人を倒さないと倒される世界なので、現役のときは優しい顔にはなれないと思いますね。自分が生き残るために人を倒さなきゃいけない、残酷といえば残酷ですが、やりがいのある世界だと思います」

――親方から見た今場所の展望も教えてください。ここまでの土俵をどうご覧になっていますか。

「やっぱり大関の3人に言いたいのは、自分がこうだと思ったことをやり通してほしいということ。いい相撲、悪い相撲って、連日周りから言われると思うんですが、自分のことは自分が一番よくわかっているので、それに惑わされず、自分が今日こうしようと思うようにするべき。だって、抽選で大関になったわけじゃない、3場所33勝という厳しい条件をクリアして上がった3人ですから、実力はあるんです。僕の場合も、自分がこうだと思ってやったときが、一番力が出ました。負けが混んでいろんなことを言われると、たまに気持ちが揺らぐときがあったんですが、揺らいでいいことなんてひとつもなかった。自分で考えたことをやり通せば、自然といい結果が出ます。強いから上がったんですから、自信をもってやればいい。3人で切磋琢磨して、いい相乗効果になれば、楽しい九州場所になるはずです」

土俵を盛り上げる琴櫻(写真中央)と豊昇龍(写真右)。大の里を入れ3人の大関が切磋琢磨して優勝を狙う
土俵を盛り上げる琴櫻(写真中央)と豊昇龍(写真右)。大の里を入れ3人の大関が切磋琢磨して優勝を狙う写真:森田直樹/アフロスポーツ

――元大関である親方からのそのエールは、現役の三大関の皆さんにとってとても心強いものだと思います。

「あとはケガで復帰してきた若隆景関。僕が大関に上がってすぐの頃、次の大関は若隆景関といわれていたのに、ケガで落ちて相当悔しかったと思うんですよね。でも、地道な稽古と努力で上位に戻ってきたので、体の強さはもちろん、精神的な強さが一皮剥けて、今場所すごくいい相撲を取っているので、大関陣をはじめ上位を苦しめる存在になると思っています。大関の意地と、幕内上位から三役陣の、食ってやるぞという強い気持ち。このぶつかり合いの背景を踏まえて、相撲を楽しんでもらえたらと思います」

――同部屋の隆の勝関はいかがですか。

「僕の先輩で、ずっと一緒に稽古してきました。もともと関脇まで上がって、実力もすごくあるので、また横綱大関を苦しめる強い三役力士に戻ることを心待ちにしています。ここ1年くらいで、また体が大きくなって充実していると思うので、いい精神状態で臨めたら、結果は出ると思います」

いまの時代にも根性論は大切

――今後、どんな親方になりたいですか。どんな力士を育てたいでしょうか。

「相撲の起源は、二人の人間の殺し合いです。いまの時代に『殺し合い』なんて言うと、ちょっとそぐわないなと思う人もいるとは思うんですけど、でもその気持ちを忘れてほしくないんです。生きるか死ぬか、自分の人生をかけて目の色を変えてくれるような力士を育てたい。自分は気持ちだけで相撲を取ってきたので、その分ケガが多かったんですけど、それでもやっぱり最後の最後まで諦めない気持ちがあれば、体の大きさ・小ささ、センスのある・なしではなく、ああ、このお相撲さん一生懸命やっているなって、勝負のときは目の色変えて、相手を叩きつける気持ちでやっているなって思ってもらえる。一生懸命出し切る相撲を取っていれば、見ているお客さんも感情が揺さぶられると思うんです」

――番付にかかわらず、一生懸命なお相撲さんは見ていてわかりますし、応援したくなりますもんね。

「本当、そうなんです。強い力士を育てることはもちろん大事なんですけど、体が小さくても、たとえ負けても、あああの子頑張っているな、一生懸命やれることをやっているなって思ってもらえる力士を育てたい。いまって、精神論や根性論という言葉は嫌がられるんですよ。でも、僕はやっぱり昭和の先輩方から、気持ちと根性でぶつかっていくことを教えていただいたから、体がなくても相撲界でやっていけたと思っています。いまのスポーツ科学や新しいいいものはどんどん取り入れつつ、でも昔から受け継いできた大相撲の秩序や文化はそのまま残していきたい。土俵に上がったら誰も助けてくれないし、自分一人で人生を決めていかなきゃいけない。そのときに、最後に自分を奮い立たせてくれるのは、気持ちだけですから。科学や理屈と同じくらい、精神や根性もものすごく大事だと思うので、見ている人にまで伝わるひたむきさを大事にしていきたいと思っています」

スポーツライター/相撲ライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライター・相撲ライターとして『相撲』(同社)、『Number Web』(文藝春秋)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書に『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』。

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