シリア北部のマンビジュで住民がクルド民族主義勢力の徴兵に抗議、弾圧で4人死亡:誰が背後にいるのか
アレッポ県のマンビジュ市と同市一帯の町や村で、住民の抗議デモと当局の弾圧の応酬がにわかに激しさを増している。
シリアでのデモというと、政府に対するデモが広く報じられてきた。だが、今回のデモは、クルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)に対するものだ。
マンビジュ市は誰が支配するのか?
マンビジュ市は、アレッポ市とハサカ県ハサカ市を結ぶM4高速道路の沿線に位置するユーフラテス川西岸地域の要衝の都市。シリアに「アラブの春」が波及した翌年の2012年7月、シリア政府の支配を離れ、自由シリア軍を名乗る諸派や地元評議会を名乗る組織が自治を担った。その後、2014年1月、イスラーム国(当時の呼称はイラク・シャーム・イスラーム国)によって制圧された。
2014年9月に米国が主導する有志連合がシリア領内で「テロとの戦い」を開始し、イスラーム国の支配地への爆撃を開始すると、PYDが結成した民兵組織である人民防衛隊(YPG)、そして同組織を母体として結成されたシリア民主軍がユーフラテス川を渡河し、2016年8月にマンビジュ市を解放した。
これに対して、PYDをクルディスタン労働者党(PKK)と同根の「分離主義テロリスト」とみなすトルコは、ユーフラテス川以西地域へのPYDの勢力拡大を安全保障上の脅威と見なし、「ユーフラテスの盾」(2016年8月~2017年1月)、「オリーブの枝」(2018年1~3月)、「平和の泉」(2019年10月)と銘打った侵攻作戦を実施し対抗した。これにより、トルコは「ユーフラテスの盾」作戦でマンビジュ市北の国境地帯を、「オリーブの枝」作戦でアレッポ県アフリーン市一帯を、「平和の泉」作戦でラッカ県タッル・アブヤド市一帯とハサカ県ラアス・アイン市一帯を占領下に置いた。
また、「平和の泉」作戦に際してロシアとトルコが交わした停戦合意に基づき、マンビジュ市とその周辺地域にはシリア軍とロシア軍憲兵隊が展開し、トルコ軍とシリア民主軍の兵力引き離しを行った。
現在は、マンビジュ市およびその周辺地域は、PYDの主導のもとに2018年9月に発足した自治政体の北・東シリア自治局の傘下にあるマンビジュ民政評議会(正式名はマンビジュ市および同市郊外民主民政評議会)によって統治され、自治局傘下の内務治安部隊(アサーイシュ)が治安維持を担っている。その一方、同地の北側を占領下に置くトルコ軍に対する国防は、シリア軍、ロシア軍憲兵隊、そしてシリア民主軍の傘下にあるマンビジュ軍事評議会が担っている。
きっかけは「徴兵制」への反発
抗議デモは5月31日に始まった。反体制系サイトのバス・ニュース、シャーム・ネットワーク、アイン・フラート、イナブ・バラディーなどによると、複数の活動家が「徴兵制」への抗議行動を呼びかけたのを受けたもので、マンビジュ市、同市近郊のフドフード村、カルサーン村、アウン村、アルジャート村、ハイヤ村、アブー・キルキル町など15カ町村以上の住民が呼びかけに応じ、街頭に出た。マンビジュ市では100人以上が中心街のサラブ地区でデモ行進を行う一方、ゼネストも実施された。また、M4高速道路沿線のカルサーン村では、住民が路上でタイヤを燃やすなどして道路を封鎖した。
「徴兵制」と言っても、シリア政府によるものではない。北・東シリア自治局が2019年6月22日に発出した「自衛法」(正式名は防衛自衛法)に基づいて、シリア民主軍が各地で行っている徴兵である。
「アラブの春」波及以降のシリアでは、多くの若者がシリア軍への従軍を嫌い、兵役を忌避し、国外、あるいは政府の支配が及ばない反体制派支配地や北・東シリア自治局支配地に逃れた。だが、彼らが逃れた先でも徴兵は行われている。とりわけ、トルコの軍事的脅威に晒されている北・東シリア自治局では、従軍を望まない学生や教師らが強制連行されるという事件が多発し、住民の間では不満が募っていた。
アサーイシュの弾圧、反発する住民
デモに対して、北・東シリア自治局は強い姿勢で臨んだ。アサーイシュが各地で強制解除を試み、デモ参加者に対して実弾を発砲したのである。英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、これにより、フドフード村で、若者1人が死亡、3人が負傷した。アサーイシュはまた、マンビジュ市内でデモ参加者6人を拘束した。
しかし、これが住民のさらなる反発を招いた。犠牲者が出たことで、一部住民が過激化し、アサーイシュの検問所複数カ所を襲撃したのである。
虚報を伝える親PYDメディア
PYDに近いメディアが一連の騒動を伝えることはなかった。ハーワール・ニュース(ANHA)に至っては、「一部住民とシリア軍兵士が交戦し、複数の犠牲者が出た」との虚報を伝えた。
その一方で、事態の悪化を懸念したマンビジュ民政評議会は5月31日に声明を出し、6月1日深夜までの48時間の外出禁止令を発出し、対処を試みた。
しかし、抗議行動は収まらなかった。
住民らは6月1日未明、ヤースィティー村一帯に設置されているシリア民主軍の拠点の一つを焼き討ちにしたほか、マンビジュ市東のハッターフ村検問所を襲撃、これを制圧した。これら検問所はデモ参加者に向けて発砲したために返り討ちにあったのだという。
デモも続けられ、M4高速道路沿線のカルサーン村では、前日に続いて住民が路上でタイヤを燃やすなどして道路を封鎖した。
さらに、ラッカ県の活動家らが呼応し、ラッカ市、タブカ市、マンスーラ村でも同様の抗議行動の実施を呼びかけた。また、これと並行して、ラッカ県の部族長や名士らが、北・東シリア自治局執行評議会府が設置されているラッカ県アイン・イーサー市で、アブド・マフバーシュ執行評議会共同議長と会談し、自衛法を改正し、徴兵制を廃止することで住民の要望に応じるよう求めた。
しかし、北・東シリア自治局は今のところ態度を軟化させようとはしていない。アサーイシュは6月1日にもデモ参加者に対して実弾を発砲、これによって、住民3人が新たに死亡、10人あまりが負傷した。マンビジュ軍事評議会はマンビジュ市一帯に増援部隊を派遣する一方、シリア民主軍に所属するテロ撲滅部隊(YAT)がマンビジュ市に至る街道を封鎖したとの情報もある。
背後に誰がいるのか?
マンビジュ軍事評議会は6月1日に声明を出し、デモが国内外勢力によるものだと断じ、住民に慎重に対応し、警戒するよう呼びかけた。
声明の内容は以下の通り:
こうした主張の真偽は定かでない。だが、マンビジュ市一帯でのデモに合わせて「不穏な動き」が起きているのは事実だ。
国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるハサカ県タッル・タムル町近郊のイスカンダルーン村近くをパトロール中のシリア民主軍の部隊が、5月31日に「人民諸派」の襲撃を受け、兵士2人を殺害した。
また、北・東シリア自治局傘下のダイル・ザウル民政評議会の支配下にあるダイル・ザウル県カシュキーヤ村でも、「人民諸派」がシリア民主軍の拠点に爆弾を仕掛けて爆発させ、これによって兵士1人が負傷した。さらに、ヒサーン村では、同じく「人民諸派」がシリア民主軍の車輌に爆弾を仕掛けて爆発させ、兵士4人を負傷させた。
「人民諸派」の正体は不明だ。だが、シリア政府は米国の軍事力を後ろ盾とするPYD、YPG、シリア民主軍、北・東シリア自治局に対して「人民抵抗」を行うよう呼びかけるようになっている。
一方、トルコの占領下にある「ユーフラテスの盾」地域や「オリーブの枝」地域では、6月1日、ジャラーブルス市やサジュー村で、マンビジュ市との連帯を訴えるデモが発生した。また、トルコの支援を受けるシリア国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army:TFSA)が、抗議デモを行う住民を支援するとして増援部隊を派遣する動きを見せているとの情報もある。
ANHAによると、マンビジュ市北東のフーシャリーヤ村やアルジャート村では、5月31日と6月1日にトルコ軍とTFSAによる砲撃も激しさを増している。
「人民諸派」、トルコ軍、TFSAの動きと抗議デモを結びつける明確な証拠はない。だが、いずれにせよ、事態が収拾されなければ、PYDが懸念している通り、「国内外の勢力」が干渉を強めるための、格好の口実を与えることだけは確実だ。