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続・症状がない人もマスクをつけるべきか?

忽那賢志感染症専門医
(写真:ロイター/アフロ)

先日、緊急事態宣言が延長されるにあたって専門家会議から「新しい生活様式」に関する提言が出ました。

新しい生活様式の実践例(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年5月4日)より)
新しい生活様式の実践例(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年5月4日)より)

個人的に驚いたのは「外出時、屋内にいるときや会話をするときは、症状がなくてもマスクを着用」と書かれていたことです。

筆者も「症状がない人もマスクをつけるべきか?」で無症状でもマスクを着用することの意義を解説しましたが、専門家会議もかなり思い切った提言を出したと感じました(なおWHOは今も「マスク着用は有症状者のみ」と推奨しています)。

前回に引き続き無症状であってもマスクを着用する意義について、もう少し踏み込んで書きたいと思います。

新型コロナの感染性のピークは「発症2日前」

前回からの繰り返しになりますが、新型コロナウイルス感染症は発症前から感染性があります。

季節性インフルエンザ、SARS、新型コロナの一次感染例と二次感染例との時間的関係(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5より作成)
季節性インフルエンザ、SARS、新型コロナの一次感染例と二次感染例との時間的関係(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5より作成)

インフルエンザは発症から1日後、SARSは発症から10日後頃に感染性のピークが来ます。

これに対し、新型コロナは発症2日前に感染性のピークがあることが分かっています。

感染した日からの感染性の推移(Science 10.1126/science.abb6936 (2020).およびTomas Pueyo氏
感染した日からの感染性の推移(Science 10.1126/science.abb6936 (2020).およびTomas Pueyo氏 "The Basic Dance Steps~"より)

この図は感染した日(発症した日ではありません)からの感染性の推移を見たScience誌に掲載された論文の図を元にTomas Pueyo氏が作成されたものですが、カッチブーなので前回に引き続きご紹介します。

これによると人から人への感染は、

・発症前の時期が45%

・発熱や咳などの症状のある時期が40%

・環境(高頻度接触面など)を介した感染が10%

・無症候性感染者からが5%

と推計されています。

人から人への感染の約半分が「発症前の時期」または「無症候性感染者」から感染することになります。

会話や呼気でも飛沫が発生する

さて「発症前の時期」あるいは「無症候性感染者」から感染するってどういうことでしょう。

普通、インフルエンザなどの呼吸器感染症は咳やくしゃみなどの飛沫を介して感染します。

しかし、当然ながら発症前の時期、あるいは無症候性感染者では咳やくしゃみなどの症状はみられません。

ではどうやってこの「発症前の時期」あるいは「無症候性感染者」から感染するのでしょうか?

以下はNew England Journal of Medicineに掲載された動画です。

会話によって発生する飛沫をレーザー光を当てることで可視化したものです。

前半がマスクなしで会話した場合の飛沫の拡散、後半がマスクを着けた状態で会話した場合の飛沫の拡散を見たものです。

「Stay Healthy(元気でね)」と繰り返し発音していますが、特に「th」の発音の際に飛沫が多く飛んでいることが分かります。全然ヘルシーな感じはしません。

しかしマスクを着用すると、ほとんど飛沫は飛ばなくなります。

咳で発生する飛沫の量と会話で発生する飛沫の量は大きくは変わらない」とする研究もあり、これらのことから症状がなくても会話などでも新型コロナが伝播する可能性が示唆されます。

これまでにクラスター発生の現場となった屋形船やライブハウス、合唱団は「3密空間で大声でしゃべる・歌う」ことが共通しています。

症状がない人であっても「3密空間で会話」をすることでクラスターが発生してきたのは、接触感染も一部は関与しているかもしれませんが、大部分は飛沫感染(エアロゾル感染)した結果と考えられます。

呼気でもこのように飛沫が含まれていることが可視化されており、またマスクの着用によって飛沫の飛散を防ぐことができています。

このブヨブヨのお腹を見ていただけるとお分かりの通り、私はジムに通ったことがありませんのであくまで想像に過ぎませんが、ジムで激しい運動をして呼吸が荒くなることとクラスター発生とは関連があるかもしれません。

以上のことから、症状がなくても飛沫を発生することがあり、実際にクラスターを発生させた実例が複数あることから、症状がない人もマスクを着用することは妥当性があるように思えます。

それでもマスクは万能ではない

さて、2回に渡り「症状がない人がマスクを着用することの有効性」について議論してまいりました。

しかし、理論的には正しいと思われるものの、まだ実際に予防効果があるかどうかは不明です。

中には、日本や韓国などアジア諸国であまり感染者が増えていないのはマスク着用が文化に根付いているからという理論を唱える方もいらっしゃいます。

文化的にマスクをする習慣がある国/ない国と感染者数(@CoronaUnlock 氏の投稿より))
文化的にマスクをする習慣がある国/ない国と感染者数(@CoronaUnlock 氏の投稿より))

でもこれ、どこかで同じような図を見たことがありませんか?

そうです、BCG理論です。

BCGワクチン定期接種と各国の感染者数(@AkshatRathi 氏の投稿より)
BCGワクチン定期接種と各国の感染者数(@AkshatRathi 氏の投稿より)

各国の感染者数や死者数の違いにいろんな理由を求める人がいますが、まだはっきりとしたことは分かっていません。

また、マスクは「自分から他者」への感染には予防効果がありますが「他者から自分」への予防効果については科学的根拠が不十分です。

新型コロナウイルスは口や鼻だけでなく目からも感染すると考えられています。

よく鼻や口を手で触ってしまう人にとってはマスクを着用するメリットがありそうですが、逆にウイルスで汚染しているマスク表面を触った手で目や鼻を触ることで感染してしまうこともあるかもしれません。

自身の予防のためにはマスク着用以上に、手洗いをこまめに行うことが重要です。

マスクをつけているから自分は安心、と思わず基本的な感染対策もおろそかにしないようにしましょう。

手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)
手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)

そろそろ皆さんも「この筆者は羽海野チカ先生のポスターの話をしたいだけなのでは?」と思ってきた頃ではないかと思いますが、完全にその通りです。

マスク着用も大事ですが、手洗いも大事です!

羽海野チカ先生の手洗い啓発ポスターはこちらからダウンロードできます!

みんなで感染予防して流行を終わらせましょう!

※本投稿はTomas Pueyo氏の投稿とその翻訳「Coronavirus: The Basic Dance Steps Everybody Can Follow(@akjac17, @Soichi_Tatsumi, @golfamdeine01, takashi.sawayama , @kato_ による共訳)」を参考にさせていただきました。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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