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アビガンが治療薬として承認 マダニによる感染症SFTS(重症熱性血小板減少症候群)とは?

忽那賢志感染症専門医
(写真:アフロ)

5月24日、SFTS(重症熱性血小板減少症候群)という感染症の治療薬としてファビピラビル(商品名アビガン)が承認されました。

マダニが媒介するSFTSとはどのような感染症なのか、またアビガンはどれくらい期待できる薬剤なのか解説します。

SFTSってどんな感染症?

SFTS ウイルスのヒトへの感染経路(厚生労働省 SFTS診療の手引きより)
SFTS ウイルスのヒトへの感染経路(厚生労働省 SFTS診療の手引きより)

SFTSは、SFTSウイルス(学名 ダビエ バンダウイルス)による感染症です。

マダニがこのウイルスを保有しており、マダニに吸血されることでSFTSウイルスに感染します。

マダニはシカやイノシシなどの野生動物も吸血しますので、SFTSウイルスはマダニだけではなく、野生動物、ときにペットなどにも感染することがあります。

このため、マダニからだけではなく、ネコなどのペットからも感染することがあります。

またごく稀に人から人にも感染することがあり、日本でも最近SFTS患者を診療した医師の感染例が報告されています。

日本でのSFTSの流行地域は?

日本国内におけるSFTSの流行地域(国立感染症研究所の感染症発生動向調査に基づき筆者作成 ※東京都の症例は長崎県で感染した症例)
日本国内におけるSFTSの流行地域(国立感染症研究所の感染症発生動向調査に基づき筆者作成 ※東京都の症例は長崎県で感染した症例)

SFTSは、西日本を中心に流行している感染症です。

日本最初の症例は、2013年1月に山口県で報告されました。

その後、九州・四国・中国・近畿地方で次々とSFTSの症例が報告されました。西日本に症例が偏っている理由として、マダニがSFTSウイルスを保有している頻度が高いためと考えられています(ただし東日本のマダニからSFTSウイルスが見つかることはあります)。

近年は、愛知県、静岡県、千葉県でも症例が報告されており、徐々に東日本側でも症例が発生しています。

これは、シカなどの野生動物の生息地域が拡大していることとも関連しているのではないかと考えられています。

2013年以降に国内で報告されているSFTS症例の発生時期(国立感染症研究所/ 感染症発生動向調査で届出られたSFTS症例の概要(2023年1月31日更新)より)
2013年以降に国内で報告されているSFTS症例の発生時期(国立感染症研究所/ 感染症発生動向調査で届出られたSFTS症例の概要(2023年1月31日更新)より)

発生時期には季節性の変動があり、5月から9月くらいまでの温かい時期に多く報告されていることが分かりますが、これはマダニの活動性によるものです。

これから暖かくなってくるとSFTSなどのマダニ媒介感染症の報告が増えてきます。

2023年の1年間は133例の感染者が報告されており近年増加傾向にあります。

SFTSの症状は?

SFTSでよくみられる症状 発熱、頭痛、下痢、倦怠感など(いらすとやより作成)
SFTSでよくみられる症状 発熱、頭痛、下痢、倦怠感など(いらすとやより作成)

SFTSの潜伏期は6〜14日程度であり、発熱、倦怠感、頭痛などの症状で発症することが多く、これに加えて、嘔吐、下痢、腹痛などの消化器症状が見られることが多いとされます。

日本紅斑熱など他のマダニ感染症ではマダニ刺咬の痕が痂皮として見られることがありますが、SFTSで痂皮が見られることはむしろ少ないです。

血液検査では、名前の通り血小板が減少するのが特徴的であり、これに加えて白血球も減少します。

SFTSに感染したヒトの27%が亡くなっている

SFTSは27%と非常に致死率の高い感染症です。

国立感染症研究所に届け出られたSFTS症例の致死率だけを見ると10%未満となっていますが、これは医師が保健所に届け出を提出した時点での情報に基づいた致死率であり、届け出の後に亡くなられた方は含まれていません。

実際に、2013年から2017年までの国内のSFTS患者を追跡調査したところ、致死率は27%と依然として高く、経時的に減少するといった傾向は見られなかったとのことです。

見た目上、致死率が低下しているように見えるのは、SFTSという疾患が広く知られるようになり、早期に診断がつくようになったことから、患者が重症化する前に届け出が出されるようになってきたことが一因と考えられます。

感染者の約3割が亡くなられる疾患が日本国内で流行しているという事実は、広く知られるべきでしょう。

亡くなられる方は高齢者に多く、小児では感染例自体が少ないことから、高齢者で重症化しやすく、小児では軽症例が多いと考えられています。

アビガンが治療薬として承認

これまでSFTSに対する治療薬はなく、集中治療室での重症管理や、発熱に対して解熱薬、吐き気に対して制吐薬など、対症療法が中心でした。

ファビピラビル(商品名アビガン)は、日本で抗インフルエンザ薬として承認されている抗ウイルス薬ですが、実験室ではSFTSウイルスにも活性があることが知られていました。

ヒトにおける有効性については、愛媛大学が中心となって行われた臨床研究の結果が報告されています。この研究では、アビガンを投与された症例23例のうち4例(17.3%)の方が亡くなったとのことです。この研究に参加された方は全てアビガンを投与されていることから、偽薬(プラセボ)と比較されてはいませんが、前述の通りこれまでの致死率27%と比較して低いということでアビガンの有効性が示唆されていました。

これらの結果を踏まえて今回アビガンがSFTSの治療薬として承認されたということになります。

ただし、ランダム化比較試験というエビデンスレベルの高い臨床研究の結果に基づく承認ではないという点では、承認後もアビガンのSFTSに対する有効性については継続的な評価が必要と考えられます。

SFTSの予防のためにはマダニに刺されないようにしよう

マダニによる感染症として国内ではSFTS以外にも日本紅斑熱、ライム病、Borrelia miyamotoi感染症、ヒト顆粒球アナプラズマ症、ダニ媒介性脳炎、バベシア症などの報告があります。またダニの仲間であるツツガムシによるツツガムシ病は北海道を除く日本全国で報告があります。

さらに昨今、北海道ではエゾウイルス感染症、本州ではオズウイルス感染症など新たに見つかったマダニ媒介ウイルス感染症も報告されています。

これらのマダニによる感染症を防ぐ最も大事なことは、マダニに刺されないことです。

ハイキング、農作業など、山や草むらで活動する際にはマダニに刺されない服装をすることが重要です。

山や草むらでの野外活動時のマダニから身を守る服装 厚生労働省ポスターより引用
山や草むらでの野外活動時のマダニから身を守る服装 厚生労働省ポスターより引用

また露出した部分には虫よけ剤を使用しましょう。DEETまたはイカリジンという成分を含む虫よけ剤がマダニに有効です。

野外活動後にはマダニに刺されていないかお風呂に入ったときなどに体の隅々まで確認しましょう。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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