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騒音に敏感なのは男性か女性か? 騒音苦情の男女差とは

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(提供:イメージマート)

 騒音問題に関する相談を受ける中でいつも思うことがあります。それは騒音苦情に男女差があるのかという点です。相談件数は女性からの方が多いということは実感していますが、今回、改めて残っている相談記録を全て集計し、男女の相談比率を求めてみました。その結果は女性68%、男性32%であり、やはり圧倒的に女性の方が多いという状況でした。2倍以上の差ということは、騒音問題に関して男女での有意差があると考えてよいように思いますが、これだけでは確定できません。単に、女性の方が他人に相談しやすいだけということも考えられるため、この機会に騒音問題や騒音トラブルに対する男女差について調べてみました。

音の聴取に関する男女差の問題

 7年前に日本音響学会の学会誌に興味深い研究論文が発表されました。九州大学の研究チームの論文「音の大きさ評価と音楽再生音の最適聴取レベルにおける男女差の周波数依存性(濱村真理子、他)」ですが、音楽を聴取する場合に、どれくらいの音の大きさ(A特性音圧レベル=騒音レベル)が最適と感じるかなどを研究した論文で、成人男女の差を実験により調べた結果が報告されています。

 まず、いろんな大きさや周波数(音の高さ)のノイズ(雑音)を聞かせて、その音をどれくらい大きく感じるか、あるいは小さく感じるかを調べたところ、音の大きさ(騒音レベル)が55dBや60dBの場合には、かなりの差で女性の方が男性よりも大きく感じるという結果でした。騒音レベルが段々大きくなって75dBぐらいになると男女の差は殆どなくなりますが、それ以下の音圧レベルでは、どんな周波数でも明らかに(統計処理の検定結果で)女性の方が男性より音を大きいと判定していました。すなわち、物理的には同じ大きさの音でも、聴覚的には女性の方が音を大きく感じてしまうという結果でした。

 では、どれくらい大きく感じるかという点については、実験結果で示されている同じ大きさに感じる騒音レベルを男性と女性で比較すると、周波数によっても差がありますが、概ね5~10 dBの差が認められました。

 また、ノイズだけではなく音楽を音源とした場合の実験結果も示されており、女性と男性で音楽を聴取するときの最適な大きさ(最適聴取レベル)を調べたところ、その差は約12dBということでした。もちろん女性の方が小さい音を好むという結果です。12dBというのはどれくらいの差かといえば、一般に、音が10dB小さくなると、耳で聞いて約半分の音に感じるということですから、これは大変に大きな差だといえます。男女でこんなに聴取レベルの好みに差があるのかと驚いたくらいです。

 これらの結果、女性の方が音をより大きく感じてしまい、そのため自分の好む音の大きさも男性より大幅に小さいということになります。これらより、音のうるささの感受性についても、男性に比べて女性は10dB程度も敏感に音を感じていることが考えられます。勿論、音楽等の聴取レベルの好みと、騒音苦情につながる音のうるささは、厳密には同一に扱えませんが、ノイズの大きさの評価結果も考えれば、音のうるささについても女性の方が同程度に敏感であることは類推出来ると思えます。

 筆者の研究所への相談件数が、男性と女性で2倍の差があることは既に書きましたが、音の大きさの感じ方に10dBの差、すなわち感覚的に2倍の大きさの差があるとすれば、これらの数値は良く対応しているといえます。もちろん、これは偶然の一致かも知れませんが。

 なぜ女性の方が音を大きく感じるのか。女性の聴覚感度自体が男性より優れているとか、音を感じる基底膜の振動の仕方に違いがあるとか、あるいは音を認知する脳の構造に違いがあるなどが考えられているようですが、まだ確定的なメカニズムは分かっていないようです。しかし、これまでの様々な研究から男女で違いがあることは事実のようです。

低周波音での感覚閾値の男女差

 上記の結果は、周波数が125 Hz以上の通常の音の場合ですが、苦情対象となりやすい低周波音(100 Hz以下の音、20 Hz以下の超低周波音も含む)でも男女差があることが考えられます。

 低周波音に関する感覚閾値(感じるかどうかの限界)は大変に個人差が大きく、また、被害を訴える状況も人によって大きく異なります。消費者安全調査委員会が、エネファームの低周波音について苦情があった事例を調べたところ、頭痛や不眠の健康被害を訴えている人と症状の表れていない人の数を比較すると、住宅同居者での違いも含めて、前者が24人に対し、後者が36人という結果に分かれました。

 また、他の低周波音に関してですが、めまいや吐き気などの低周波音の被害を訴えた事例に関して音圧レベルを比較したデータをみると、同一周波数で最大20dBほどのばらつきがありました。低周波音に関しては不明な部分が多いのですが、これにも男女差が含まれていると考えられ、一般的に女性の方が低周波音に対して敏感だと言われています。

 通常の周波数の音に関する男女差が10dB程度である事を考えると、この20dBというのは大変に大きな差であり、耳で聞けば半分の更に半分、すなわち1/4の大きさということになります。これは、うるささを感じる人と全く感じない人の差であるといってもよく、それらの人が混在する状態であることが低周波数問題を難しくしています。すなわち、一番厳しい音圧レベルで規制すれば、必要のない音源や状況にまで規制が及んでしまう可能性があり、逆に、規制値の音圧レベルを高くすると被害者の切り捨てにも繋がります。個人差の幅が広いため、どちらにしても規制の実効性や問題の共有に疑問が残るということが、低周波音問題の大きなネックになっていると考えています。

ストレス反応に関する男女差の問題

 騒音苦情の発生に関しては、音の聴取に関する男女差の他に、ストレスに対する反応の男女差が関連することが考えられます。騒音苦情の原因はフラストレーションであるというのが筆者の持論であり、その内容は、過去の記事「救急車のサイレンに対する騒音苦情が増加中、その背景にあるものとは?」に書いていますが、そのフラストレーションの原因となるのがストレスです。ストレス反応に関しては生理学や心理学で多くの研究がありますが、最も有名な反応が、米国の生理学者 Cannon が提唱した「fight or flight」です。

 騒音トラブルに関する相談においても、可能であれば「闘い」ではなく「飛び去り」(意識の転換や物理的な引越し)を選択するように進めることが多いのですが、改めて調べて見るると、この「fight or flight」という反応は男性に特徴的な反応だということです。女性特有のストレス反応として現在考えられているのは、生理学者 Taylorが提唱する「tend and befriend」だそうです。ストレスに対して、女性は子どもや仲間を守り(tend)、仲間同士で集まる(befriend)ことにより自己を支えようとする特徴的な反応を示すそうです。

 男性の「fight or flight」反応と女性の「tend and befriend」反応の比較例としてよく示されるのは、分かりやすい次のような事柄です。共働きの夫婦が仕事に疲れはてて帰宅した時、母親は帰宅後に子どもを抱きしめるなどより優しくなる(tend)一方、父親は一人でいることを望み自分の部屋に行きドアを閉める(flight)という態度の違いです(精神経誌「ストレス反応の男女差(山田茂人)」)。確かに、これも納得できます。

 また、女性の「befriend」反応に関しても、何らかの問題が発生すると、まず友達に電話して話を聞いてもらうという行動をとるのが女性に多いことを考えると、これも首肯できる話です。騒音問題や騒音トラブルを抱えた時に、筆者の研究所に相談の連絡をしてくるのも、この「befriend」反応が関係していると考えると、女性の方が相談件数が多いのも当然と考えられます。ストレスに晒された時、男女の生理学的な反応に差があることも認識しておくことも、男女の相互理解のためには必要です。

 脳科学の実験でも生物学的な違いが報告されています。マウスの実験によれば、異常事態を知らせる“CRT”という物質に対して、オスよりはメスの方が敏感に反応するということで、これは人間にもあてはまるということです。自分の身や我が子を守るために異常事態にいち早く気づく必要があるためと考えられており、この面においても、やはり女性の方がトラブルに敏感であると考えられます。

男女差を認識することが、問題解決の大前提

 今まで、このような男女の差を意識して騒音問題が語られることはありませんでしたが、これからは一つの重要な着目点になると思います。これは、女性は音に過敏すぎるので要注意と言っている訳ではありません。同じ音を聞いて女性の方がより大きく、よりうるさく感じるのなら、それを基準に物事を考えなければならないということです。女性には女性特有の感受性があるのですから、それを考慮した煩音対策を考えることも重要だと思います。

 女性から騒音問題の相談を受けた時、決して聞きはしませんが、いつも気になることがあります。それはパートナーがどのように反応しているかということです。女性がbefriendしたくてパートナーに相談しても、一緒に戦ってくれずflightしてしまう状況も多いのではないかと思います。

 夫婦の間で音のうるささの感じ方に大きな差がある場合、男性側は女性側の辛さを実感できないため、どうしても相手を神経質すぎるのではないかと考えてしまうことにもなります。近隣騒音などに関してトラブルになった場合、女性からすれば、自分の辛さをパートナーが共有してくれないことは、音の問題以上に辛い状況だと感じるかもしれません。それがトラブルをエスカレートさせる一つの要因になることもあります。

 逆に、夫婦でトラブルを共有できれば心理的な負担も軽くなり、冷静な問題解決に向けて良い結果を生むかもしれません。一般の場合においても、トラブルでの孤立感をなくすことは問題のエスカレートを防ぐ大事な要点になります。その意味で、音の大きさの感じ方、ひいては音のうるささの感じ方には男女差があるのだということをまず認知することが、騒音問題解決の大前提ではないかと思います。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。我が国での近隣トラブル解決センター設立を目指して活動中。

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