米国が流す「金正恩氏重体」情報――事実なら一大事、でなければ体制動揺を引き起こす狙いか
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の健康異常説に関わる情報が国際社会を駆け回っている。韓国の北朝鮮専門ニュースサイト「デイリーNK」が「金委員長が最近、心血管系の手術を受けた。術後の経過は良好」と報じる一方、米CNNは「米情報当局が金委員長が重体という情報を監視中」と速報し、北朝鮮ウォッチャーの間で緊張が走った。21日午前の時点で、金委員長にまつわる情報は錯そうしており、日米韓中などの情報当局も確認に追われている。
◇何らかの異変
デイリーNKは20日、金委員長が今月12日に平安北道・妙香山地区にある専用病院で心血管疾患の手術を受けたと報じた。医師団は「術後の経過は良好」と判断し、一部を残して平壌に戻ったという。
一方でCNNは21日午前(日本時間)に速報を流し、米情報当局者を引用しながら「金委員長が手術を受けた後、重体になっている」「米情報当局が情報を監視中」と伝えた。
金委員長をめぐっては、今月15日の太陽節(祖父・金日成国家主席の生誕記念日)に、金主席の遺体が安置される錦繍山太陽宮殿を参拝しなかった。2012年に実質的に最高指導者となって以降、太陽節に同宮殿を参拝しなかったのは初めてだった。
北朝鮮では金主席は神格化され、太陽節で参拝しないのは「不敬である」と解釈され、金委員長もこれまで参拝を欠かさなかった。だが、今回それが見送られたことから「身辺に何らかの異変が起きているのでは」との憶測が広がっていたのだ。
◇以前からあった健康異常説
金委員長は1984年生まれとされるが、過度の喫煙や肥満、過労などから、健康に問題を抱えているとの見方が根強い。2014年に左足首のくるぶし部分に水疱が生じ、それを除去するため、海外の専門家を招いて手術を受けたことが韓国当局によって報告されている。
北朝鮮情報に詳しい人物によると、「金委員長の家系は太る体質があり、それゆえ心臓や循環器系で問題を起こしやすい」という。金委員長は2011年の金正日総書記死去により後継体制を確立して以後、叔父の張成沢氏を筆頭に有力者の粛清を重ねており、相当なストレスを抱えていた。それが異常な太り方とあいまって、頻繁に「病気説」が浮上している。
ただ現時点ではCNNが伝えるような「重体説」は確認できない。筆者の取材に対し、韓国の情報機関関係者も「(金委員長の)体調がすぐれないのは確かだが、どれぐらいの状況なのか確かな情報はない」と述べるにとどめている。
一方、錦繍山太陽宮殿を参拝しなかったことと、健康異常説を結び付けることには異論が出ている。「金委員長は、金日成・金正日時代の伝統的な偶像化を終え、現代的な指導者としての地位を固めている」「北朝鮮住民に義務付けられている肖像徽章を金委員長本人がつけないなど『金主席離れ』を進めている。参拝しなかったのも、その文脈で読み解くことができる。今年は生誕108年であり、節目ではない」など、問題視すべきでないとの見方だ。
金委員長の父・金総書記は2008年に脳疾患で倒れ、3年後に死亡した。08年の段階で米メディアが情報当局の見解をもとに「健康異常説」を報じたことが、北朝鮮ウォッチャーに「ポスト金正日」を意識させるきっかけとなったという経緯がある。
もうひとつ気になるのが、トランプ米大統領が今月18日の記者会見で「最近、金委員長から素晴らしい親書を受け取った」と述べ、北朝鮮が直ちに「いかなる手紙も送っていない」と明確に否定した事例。これについては、米国が金委員長に関する何らかの情報をつかんでいて、それに対する北朝鮮側の反応を見極めようとした可能性もある。独裁的な最高指導者の健康異常説を北朝鮮内外に流布することによって、内部の動揺を誘い出したいという意図があるのかもしれない。