イラク:まさかの?禁酒条項が発効!
2023年3月4日、イラクの関税当局はアルコール飲料の輸入を禁止すると発表した。これは、2023年2月20日にアルコール飲料全ての輸入、製造、販売を禁止する「歳入法」の第14条が官報に掲載されて発効したからだ。この条項は、違反者に対し約7000~1万9000ドルの罰金を科すことも定めている。本件について、『ナハール』紙(キリスト教徒資本のレバノン紙)は、AFPを基に以下の通り報じた。
報道によると、アルコール飲料の消費が論争を呼ぶのは、これが最初ではない。何故なら、イラクでアルコール類の販売を生業とする者は、大抵「宗教的少数派」のキリスト教徒かヤジード派の信徒である一方、飲酒に対する印象は一般的に良くないのでホテルやレストランでこれを供するところは少ないからだ。つまり、アルコールの輸入、製造、販売を禁止することは、単なる自由への制約の問題となるだけでなく、少なくとも現在の政治体制の下では何としてでも尊重すべきものと位置付けられるはずの「宗教的少数派」の生存に関わる問題だからだ。このような経緯もあり、問題の条項は2016年に国会で議決されたものの官報には掲載されず、発効していなかった。当然ながら、この状態は論争を呼び、一部の議員や消息筋はこれを違憲であるとみなしていた。一方、バグダード市内の酒販店は問題の条項が発効した後も通常通り営業を続けているそうだ。また、人権活動家はこの条項は憲法に沿ったものではなく、自由を制限すると主張した。
SNS上でも問題の条項が発効したことは議論をよんでいるそうだ。ヤジード派の活動家は、イスラーム以外の諸宗教はアルコールを禁止していないが、この条項は飲酒に対しムスリムとそれ以外に同じ罰則を科すと異議を唱えた。一方、この条項は「イラクに輸入されるアルコール飲料に4年の間200%の関税を課す」旨定めた2023年2月14日の閣議決定と矛盾している。さらに、連邦制の下自治地域の立場を享受するクルド地区は、この条項の適用範囲外である。
飲酒は、ムスリムが多数を占める地域、特にイスラーム主義者の勢力が強い地域において「イスラーム的統治」が行われていることを示すための「わかりやすい」規制の対象として、女性の服装と共に槍玉にあげられやすいものだ。アラブ諸国の中にはアルコール飲料の製造や販売を国営で営んでいる(いた)国も少なくないし、イラクにも国産のビールがあるようだ。そこでイスラーム主義者の勢力が強まると、政府は飲酒や酒の売買が可能な場所を規制したり、国産・輸入を問わずアルコール飲料への課税を強化したりして自らの「イスラーム性」を示そうとする。こうしたイスラーム主義者への迎合が進むと、全面的な「禁酒」措置が取られるようになる。イラクでも、連邦議会の多数派はイスラーム主義的な志向を持つ政党や会派と思われるので、アルコールを規制する法規が成立したこと自体は不思議なことではない。ただ、イラクで問題となるのは、冒頭でも指摘した通りこれはムスリムの思考・行動様式を「宗教的少数派」に押し付けるものにほかならず、一見「多数決で民主的に議決された」ようでも、実は多様性を無視した措置だということだ。これが、本邦も含む各国が長期間にわたり巨費を投じて支援してきた「イラクの国造り」の帰結だとしたら、筆者としてはもう泣くしかない。
ちなみに、アルコール飲料の「製造、販売、輸入」を禁止する一方で肝心の飲酒行為は禁止されていないようなので、もしイラク政府が本当に問題の条項を適用しようとするならば、そこで予想される事態は当然ながら密輸、密売、密造の横行だ。「イスラーム原理主義の神権政治の統治下にある」イランでも同様の状況が生じており、同国発の報道をぼんやり眺めていると、毎年かなり多数の者が質の悪い密造酒のせいで死んだり、失明したりしている。「禁酒」が本当に実践されるなら、イラクでも似たようなことが頻発することが予想されるし、密輸、密売、密造には、イラク国内にはびこっている(ことになっている)腐敗した官憲や民兵、犯罪集団、テロリストのようなものが関与してそこから利潤を得ようとするだろう。極端な「将来像」として、イスラーム主義政党が擁する民兵や、「イスラーム国」が密輸、密売、密造の権益を掌握し、「反イスラーム」の象徴である飲酒を「メシのタネ」にすることもありうる。このような事態は、筆者だけでなく、本来自由と共存を旨とする生活を送ってきたはずの一般のイラク人民にとっても泣くしかない状態だろう。