7月に売れる商品・売れない商品「対前年増で目標設定」はもう古い?!異常気象が当たり前の今、重要なこと
2019年1月、農林水産省が小売業界に対し、恵方巻きを需要に見合う数で販売するよう通知した。このときお手本とされた企業が、「今年は全店、昨年(前年)実績で作ります」と言った、兵庫県のスーパーだった。
「前年実績」ってなあに?
この「昨年(前年)実績」という言葉は、もしかしたら、一般の方には、なじみがないかもしれない。前の年と同じ実績(数量など)で作る・売るという意味だ。
兵庫県のスーパーは、2018年初め、「もう大量販売はやめにしよう」という趣旨の広告を打った。明言した通り、8店舗中、5店舗で恵方巻きを完売した。2019年2月3日の節分の際も「昨年(前年)実績」で作った。
2019年1月、農林水産省が恵方巻きを「需要に見合う数で」売るように、前年実績で作ったスーパーを見倣うように、と通知した。
結果、どうなったか。
大手コンビニは「メディアが騒いだおかげで20%も売上が減った」とぼやいていたそうだ。
売れ残り食品などを受け入れて豚のエサへリサイクルしている「日本フードエコロジーセンター」では、売れなかったため処分される恵方巻きの量は、こころなしか、少ない傾向にはなったという。
ただ、大手小売企業は、マスメディアの取材に対し、総じて「前年を上回る売上を目指します」と答えていた。経済学者は「恵方巻きの売れ残り10億円」と試算した。2月3日夜に35店舗の売れ残りを調査した筆者の試算では16億円を超える結果となった。
多くの企業は「対前年比何%増」を目標に据える
多くの企業は、今年の目標を立てるとき、「対前年比3%増」というように、前の年と比較して増やした数字を目標に据えることが多い。
ある大手コンビニオーナーは、「本部は、とにかく、何でも前の年より多くないといけない。出店数も、恵方巻きやクリスマスケーキの発注数も」とボヤく。
どこの企業も、業績目標を下げようとはしない。グラフで言えば、常に右肩上がりであることを目指す。
欠品すると小売から「取引停止」と言われるメーカーの弱い立場
前の年より少しでも多く売ることを目指す小売業界。だから「欠品」しないことをメーカーに課す。
「欠品」とは、棚に穴を開けることだ。「売り上げ機会の損失」とされ、多くの大手小売で許されない。
一つの商品に関して、大手小売から見れば、競合商品はいくらでもある。選び放題だ。欠品したら取引停止を命じられる可能性があるため、メーカーは、取引を続けるため、欠品しないようにすることで必死だ。かといって、多過ぎれば、自社の経費で処分(廃棄もしくはリサイクル)しなければならない。多過ぎても、少な過ぎても、だめ。どちらにも転べない。
日本気象協会「2018年の猛暑から一変、2019年の7〜8月は天候不順に?」
多くの小売企業が目指す「対前年増」。
これに警鐘を鳴らすのが、日本気象協会だ。
2018年は猛暑だったため、特に飲料業界では売り上げ数量と金額が大きく上がった。しかし、現時点での予測によれば、2018年の猛暑から一変し、2019年の7月と8月は雨が多く、天候不順の可能性があるという。
「2018年は、7月まるまる1ヶ月、8月も暑くて、暑い期間がとにかく長く続いた特徴があったんですけど、2019年は、暑い期間は続きにくいということで、暑い期間があっても、またすぐ雨が降って気温が下がるなど、変動が激しい夏になることが予想されます」(日本気象協会 商品需要予測プロジェクト 気象予報士 小越(おこし)久美さん)
「対前年増」で計画を立ててしまうと、予測がはずれてしまい、多くの商品が食品ロスになってしまう可能性も否めないという。
「2019年の夏は『無駄な作り過ぎ』が非常に危ないと思っています。2018年が暑かったので、飲料メーカーは欠品を起こしていらっしゃったんですけど、欠品を恐れて2019年は多めに作らないといけない、というので増産される企業が多いんじゃないかなと思っています。ただ、2019年の夏は、暑い日はあっても、2018年ほどまでではないとの予想が出ています」(日本気象協会 商品需要予測プロジェクト 技師 古賀江美子さん)
「平年並み」の「平年」とは、1981年から2010年までの30年間のことだった!
天気予報などで、「平年」という言葉をよく聞く。日本気象協会によれば、気象庁は、過去30年間の平均的な気候状況を「平年」と定義しているそうだ。
その「平年=過去30年間」というのが、実は、直近の過去30年間ではなかった。
2019年現在、「平年」として使われているのは、1981年から2010年までの30年間の平均気温、だそうだ。
この「平年=過去30年間」は、10年ごとに更新される。だが、日本気象協会いわく、異常なほどの高温が2010年以降多く発生しており、2019年現在使っている「平年」には、2010年以降の異常高温が反映されていない。
さらに、「今年の夏は平年に比べて・・・」と言った場合、6月・7月・8月の3ヶ月間を平均して「夏」とされる。たとえ凹凸があったとしても、平均値で語られるとのこと。たとえ7月・8月の気温が多少低かったとしても、6月が非常に高ければ、平均値は上がることになる。
なかなか難しい・・・。
気象データを活用した事例(1)寄せ豆腐(冷奴)の食品ロスが年間30%削減
日本気象協会は、気象データを活用することで、食品ロスを始めとした廃棄ロスを削減しようと、様々な組織と連携して社会的課題の解決に取り組んでいる。
中でも群馬県の豆腐メーカー、相模屋食料と共同で作成した「寄せ豆腐指数」により、需要予測精度が向上し、年間で30%も食品ロスを削減できる結果になった。テレビ東京系列「ガイアの夜明け」には日本気象協会も出演し、「年間2,000万円のロス削減」と紹介された。
気象データを活用した事例(2)冷やし中華のつゆの食品ロスが年間20%削減
冷やし中華のつゆは、気象データの活用により、在庫ロスを20%削減できた。
2015年は、例年に比べて5月の夏日が多かったため、多くのメーカーがそれに基づいて冷やし中華のつゆの夏の生産計画を多めに立てた。が、8月は残暑がなく、余剰在庫を抱えてしまった。そんな中で、日本気象協会の気象データを活用して生産計画を下方修正したメーカーでは、在庫を前年に比べて20%削減することができた。
気象データを活用した事例(3)肉の売上10.5%増、食品ロスは1.1%減
2〜3月は、気温が低いと薄切り肉が売れ、気温が高いと厚切り肉が売れるという、気温と売り上げとの関係性を分析することで、実証店舗の売上は10.5%上昇し、食品ロスは1.1%削減という結果も生み出した。
気象データを活用している企業は、全体のたった1.3%!
このように、気象データを活用することで、企業の売り上げや廃棄ロスを大きく動かすことができる。しかも、その気象データは、過去のデータだけではなく、現在進行形のデータも含んでいる。
にもかかわらず、総務省の調査によれば、気象データを活用している企業は、なんと全体の1.3%に過ぎないそうだ。
「気象データに関しては、データ活用があまり進んでいないという事実がございます。1.3%しか使われていないんです。活用していないがために、需要予測をはずしてしまうこともあるとは思っております」(古賀江美子さん)
7月に暑いほど売れる商品、7月に涼しいほど売れる商品とは?
気温が30度を超えると、アイスクリームよりもかき氷類が売れるなど、気温や気象と食品の売り上げとは密接に関連している。
「7月に暑いほど売り上げが伸びる具体的な商品は、制汗剤や、アイスクリーム、スポーツドリンクです。あとはお茶、麦茶、ミネラルウォーター、殺菌用の塗り薬。日焼け止めなどもランクインしています。あと、麺つゆや、かき氷にかける練乳など」(小越久美さん)
プールに入る機会が増えるからか、目薬や、水虫治療薬なども入っているそうだ。
「7月に気温が低いと売り上げが伸びる商品は、チョコレートやシチュー、ビスケット、クラッカー、あられ、スープ類です。」(小越久美さん)
「温かい商品はもちろんなんですけど、カロリー(エネルギー)の高い商品が売れやすいのが特徴です。というのも、通常、夏はカロリーが低いものほど売れやすい傾向があります。人の体は寒いときは基礎代謝を上げて、エネルギーを使って体温を保っている。暑いときはカロリーを摂取しないようにして基礎代謝を下げて、体温が上がらないように保っている。寒い冬に食欲がわき、暑い夏に食欲が減衰するのはこのためと考えています。32度を超えるとかき氷のほうがアイスクリームよりも伸びる。涼しい夏は、シチューやバターといった脂質の高いもの、炭水化物に当たるあられやビスケット、クラッカー、糖分のあるチョコレートが、暑い夏に比べて伸びやすい傾向があります」(小越久美さん)
ちなみに2019年7月は、次のような商品が、2018年7月に比べて売れると予想されている。
逆に、2018年7月に比べて売上数量が下がると予測されているのが次の商品だ。
異常気象が普通になってしまった今、毎年「対前年比増」を目指すのは大量廃棄を生みかねない 救世主は「需要予測」
世界標準では、100年で0.73度気温が上昇しており、日本では平均1.21度上昇している。しかも東京だけみると、ヒートアイランドの影響が加わり3度も上がっているそうだ。背景には核家族化による世帯数の増加もあるという。
東京では、5月の夏日の日数が、2015年には31日中、22日にもなった。5月に暑いと夏も暑くなると思いがちだが、2015年の残暑は少なかった。
「企業さんは、だいたい、前年度比で計画を立てるんですよね。前年度を参考にしてつくっちゃうと、(振れ)幅が広いので、当てるのが難しいんです。ベテランさんの経験と勘は本当にすばらしく、今までは高精度に当たっていたところもあるんですけれども、近年(の気象の動き)が極端過ぎて、非常に予測が難しくなっているという声を伺います。2018年の夏は記録的な猛暑だったと思いますが、あのような極端気象は珍しくなくなってきています」(古賀江美子さん)
「欠品を起こすと(小売企業からの)ペナルティクレームというのが、企業(メーカー)としては怖れるところです。欠品を起こすよりは廃棄にしたほうがいいというので、つくり過ぎてしまう。 株式会社ともなると、株式を配布しないといけないので、会社の業績上、売らないといけない。今年の夏は寒いから売れないから、と、業績下げますとは言えない。売れる量ではなくて、売らないといけない量を生産してしまうというのが問題かなと。それが常識になってしまっているというのがあります」(古賀江美子さん)
「2019年5月24日に食品ロス削減推進法が成立しましたので、少しずつ変わっていくかな、変わっていってほしいなと。配送のコストや二酸化炭素の排出が出てしまう。気象(データ)をうまく活用していきたいなと思っています。気象は唯一、物理学的に未来を予測できるものです。うまく活用することで、気象は、敵ではなく、味方になります。気象データと企業のPOSデータを掛け合わせて解析することで、商品の需要予測を行っております。予測することで、無駄なつくり過ぎの削減や、製造運搬に伴う二酸化炭素排出の削減、企業の利益最大化の支援に取り組んで、持続可能な社会の実現を目指していきたいと考えております」(古賀江美子さん)
異常気象が常態化した今、毎年「対前年増」は不可能 臨機応変に対応できる企業が食品ロスを最小限にできる
多くの企業で目標設定の時に使う「対前年増」。異常気象が常態化している現在では、売上数量は、必ずしも前年より上回ると断定できない。特に食品は気象によって売上が左右され、商品の特性によってどう動くかも違う。
「永遠の右肩上がり」はあり得ないのだ。
コスト削減のためにも、余剰在庫を抱えて食品ロスを出さないためにも、一つでも多くの組織にIoT(気象データ)を活用して欲しい。
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