イラク人姉妹はなぜ戦争中、日本のアニメを見続けたのか【前半】・動画あり
■中東でも人気の日本アニメ
まずはこのドキュメンタリーをご覧ください。
https://creators.yahoo.co.jp/itomegumi/0200047660
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中東に滞在していると、現地の人からかなりの確率で日本のアニメの話題を振られる。
「ONE PIECE(ワンピース)は最高に面白いよね!」
「銀魂、知っている?」
「私、NARUTO -ナルト-の大ファンなの〜」
「DEATH NOTE(デスノート)は映画じゃなくて漫画で見なくちゃ!」
日本出身だからといってみながアニメに詳しいわけではないのだが、異国の地で自分の出身地について無条件に親近感をもってもらえるアニメ・パワーの恩恵は確実に存在すると思う。
■イラク人アーティスト姉妹
私がイラクで知り合ったある2人の姉妹もアニメ・漫画好きだった。
喧嘩がエネルギー源といってはばからない2人は20代にしてしょっちゅう取っ組み合いの喧嘩をしているのだが、好きなものはアニメとアートと共通している。25歳の姉・サハルは建築の大学を卒業し、求職・受験準備中。22歳の妹・ファラハは医療研究の大学を卒業したばかり。
やや天然で、いつも笑いが絶えないサハルが好きなのは『SLAM DANK』( スラムダンク)。特に主人公の桜木花道が大好きだという。
『SLAM DANK』 は高校のバスケットボール部を題材にした井上雄彦による少年漫画が原作。赤髪が特徴の主人公、桜木花道はまったくのバスケのど素人だったが、一目惚れした女の子に勧誘されて、バスケ部に入部。メキメキと腕を伸ばし、仲間と切磋琢磨して数々の強敵と対戦するというストーリー。1993年にアニメ化された。ちなみにアラビア語版のアニメでは桜木の名前は「ハサン」になっているそう。
いつも空想を自由に繰り広げる姉サハルは、
「もし彼が日本で私と出会っていたら、彼の好きだったあの女の子(赤木晴子)じゃなくて、ぜったい私のことが好きになるって思っていた〜!」
と、小さい頃の話として言いながらも、好きな人のことを思い出して話すみたいに幸せそうな顔をしてはしゃいでいる。
そんな姉の表情を呆れた顔で見る妹のファラハは、『ちびまる子ちゃん』の思い出がある。
『ちびまる子ちゃん』は静岡県清水市に暮らす小学校3年生のまる子と、家族、友達の日常を描いた物語だ。
ファラハは末っ子ながら兄弟姉妹の中で一番、要領がよく賢いと言われているだけあって、思い出すエピソードも彼女らしい。
「まる子がコタツで眠ってしまって、お父さんに抱っこされて部屋まで運んでもらうシーンがあるよね。まる子は本当は起きているんだけど、そうやってお父さんに運んでもらうのが好きで眠ったふりをしているの。私もね、実は同じことをしていたから驚いた!」
彼女たちは日本のアニメを見て、想像したり、自分に置き換えてみたり。日本で見ていた視聴者と同じような楽しみ方がイラクでもされていた。
■もう1つの好きな理由
でももう1つイラク出身の彼女たちならではのアニメの「楽しみ方」があった。
2003年に始まったイラク戦争。彼女たちの子ども時代は戦争と一緒にあった。
「私たちに普通の子ども時代はなかった。家と学校の往復だけ。牢屋にいるみたいだった。学校にほとんど行けない年もあったし、帰り道で戦闘が始まって知らない近所の家に飛び込んで、かくまってもらうこともよくあった」
そう、妹のファラハは振り返る。
米軍と反米武装勢力の戦闘、その後、スンニ派勢力とシーア派武装勢力の宗派対立も始まり、イラク国内は2006−2008年頃をピークに混沌とした状況に陥った。
サハルには今も目に焼き付いている光景がある。
「近所の人が叫んでいるのが聞こえたの。銃弾の音も聞こえた。誰かが来てその家のお父さん、兄弟姉妹、家族を殺していった。キリスト教徒の隣人だった。以前に、誰かが銃弾と「ここにいたら殺す」というメッセージを置いていったのだけど、彼らは出ていかなかったから殺された。私たちは血を見て、叫ぶ声を聞いた。彼らの家と私たちの家は毎日、お互いの家を行き来して、2つの家族みたいな関係だった」
自分も、家族も、友達も、いつ誰が暴力に巻き込まれるのかわからない。そんな環境の中に姉妹はいた。
普段の姉妹はいつも明るい。壮絶な体験をしてきたことを感じさせない。正直な感想をそのまま伝えると、妹のファラハはこう表現した。
「アニメが外で何が起きているのか忘れさせてくれたから」
妹ファラハの言葉を引き取って、サハルが続ける。
「アニメを見ていたことで、自分たちも同じように冒険をしているんだって考えることができていたの。そう考えようとすることでストレスを減らしていたの」
■2人はこんなふうにアニメを使って想像していた
ファラハにはこんな体験がある。
「学校で勉強している時に、学校の隣で爆発が起きて、戦闘が始まることがよくあった。みんな机の下に隠れないといけなかったの。生徒は親が迎えに来てくれるまで家には帰れなかった。私の場合は戦闘が終わるまで誰も迎えに来てくれないとわかっていた。だって父の職場は遠かったし、母は膝がよくなくて家から学校までも遠かったから。
そんな時、私たちは机の下でこう考えていたんだ。『私は今、ジャングルの中にいて、戦争が始まって、それで冒険をしているんだ』って」
どんなアニメをその時、想像していたのかと尋ねると2人とも同じ答えだった。
「『HUNTER×HUNTER』(ハンターハンター)のことを考えていた!」
『HUNTER×HUNTER』は冨樫義博が原作の少年漫画で、主人公の少年ゴンがまだ見ぬ父親と会うため、父の職業であったハンターとなることを目指して、仲間との絆を深めながら旅をする冒険ストーリー。
ファラハがその時の気持ちをこう表現した。
「私はゴンやキルア(『HUNTER×HUNTER』の登場人物の少年たち)みたいになろうって思っていた。彼らは子どもだけど、でも強くて、敵に立ち向かっている。たくさんの困難が待ち受けているけど彼らはぜんぜんへっちゃら。私は彼らと同じなんだって。冒険をしているんだって」
10歳前後の小さな女の子が自分を奮い立たせるために、アニメのシーンを思い出していたのだ。
こんな出来事も。ファラハがはじめて死体を見た時のこと。ファラハは母親と一緒で、母親の方が死体を目にして泣いて、叫んで混乱してしまったらしい。その時、ファラハは自分が「ヒーロー」にならなければならないと思っていたそうだ。母の手を握って「大丈夫だよ、大丈夫だよ」と必死に声をかけていたという。
また彼女たちは社会的にも制約や人の目がある環境で育った。
「私と桜木花道は一緒、そっくりだって思っていた!」
そう表現するサハル。サハルが自信を持って何かに挑戦しようとする時、子どもにできるわけがないと否定をしてくる人たちがいる中で、自分を信じるために、我が道を行く『SLAM DANK』(スラムダンク)の主人公の姿に自分を重ね合わせていたという。
この時の話をするファラハもサハルも、当時のことを優しく、明るく話そうとしてくれるのが、そのことがむしろ、小さかった彼女たちもそうやって自分を強く保とうとしていたのだろうかと想像してしまう。別にいい話でも、美しい話でもない。ただそうすることが小さな女の子が自分を保つ方法だったという事実に表現し難い気持ちになる。
しかしそのアニメは彼女たちを守るためだけのものでは終わらなかった。彼女たち自身をアートの作り手となる道へと進ませた。
(後半へ続く)
サハルのインスタグラム:
ファラハのインスタグラム:
(注)本文中の写真は特記事項の無い限り、筆者が撮影したものです。