Yahoo!ニュース

「腕のない子どもたち」が生まれる原因は? (2)

プラド夏樹パリ在住ライター
いったいなぜ?家族のみならず国民全体が原因を知りたがっている。(写真:アフロ)

昨年末の記事で書いたように、フランスでは、昨年秋から、腕のない子どもたち(以下、先天性横軸形成障害)がある特定地域で、ある特定期間に集中して生まれたことに関しての調査が行われていた。

フィガロ紙電子版2019年2月12日版によると

2009年から2014年 エン県ドリュイラ村周辺7人、

2000年から2014年 同県の他の地域11人

2007年から2008年 ロワール・アトランティック県ムゼイユ市3人、

2011年から2013年 モルビアン県ギデル市の周辺で4人。

nouvelobs誌電子版によると上記に加えて2016年6月から8月にかけて レ・ブッシュ・デ・ローヌ県で3人の先天性横軸形成障害を持った子どもたちが生まれたと報道している。

2018年秋からメディアで報道されるようになり始め、昨年10月、健康省大臣アニエス・ブジン氏が国民健康局(Sante publique France)、国立食品・環境・労働健康局(ANSES)、ローヌ・アルプ地方先天性障害機関(Remera)および、その他の研究機関に調査を依頼した。

そして、フランスの健康省は、先月7月12日、当初の予告(2019年1月末)から遅れに遅れて調査結果を発表した。しかし、残念ながら今回の調査結果では、先天性横軸形成障害を持った子どもたちが、ある特定期間に、なぜある地域だけに集中して生まれたか、その理由は明確にならなかった。

例えば、左派独立メディアMediapartによれば、フランスには障害を持って生まれた子どもを登録する機関が6件あるが、これがなんと国民の20%に当たる地方を対象としているのみ。つまり、国全体として、何人の子どもがいつ、どのような障害を持って生まれたかを調査しようにも、各地の病院の産婦人科に散らばっているカルテをかき集めなければならず、その結果、今のところは人数そのものが不確かで、家族の自己申告を待つしかないのである。それに加えて調査を依頼された各機関の間で調査方法に関して合意することができなかったなど、まだまだ調査は初期の段階ということだ。

そこで、これまでに発表された新聞や雑誌記事、ドキュメンタリー映画を元に、私なりに今のところ何が原因だったと推定されているかを以下にまとめてみた。

・ 農薬あるいは動物用医薬品が原因か?

胎児が先天性横軸形成障害を持つ可能性があるとして妊婦には禁止されている薬として有名なものにサリドマイドや抗てんかん剤デパケンがある。

ローヌ・アルプ地方先天性障害機関は、エン県ドリュイラ村周辺で先天性横軸形成障害を持って生まれた子どもたちの母親たち全員に対して28ページの分厚いアンケートに答えてもらった。妊娠前や妊娠中にどのような薬を飲んだか、何を食べたかから、シャンプーの製品名、家のペンキはどのような成分を含んでいるか、暖房燃料はどのようなものを使ったかまでを網羅するものだった。その結果によれば、彼女たちは特に催奇形物質(胎児に形態異常を生ぜしめる物質)を含む薬や食物を摂取していない。

同機関は、周囲の農地で散布された農薬や動物に投与する薬に含まれている催奇形物質の被害にあったのではないだろうかと推定している。同じ症状の前足のない子牛が数頭、同じ地域で生まれているからだ。

また、2019年、4月25日に放送された上のドキュメンタリー映画「Le mystere des enfants sans bras なぜこの子どもたちには腕がないのか?」では、元健康省の調査官だったエルヴェ・ジレ氏が独自の調査を進める様子が出てくる。同氏は母親たちがそれぞれ妊娠中に暮らした家の周辺の農地でどのような農薬が使用されていたかを調べた。すると、彼女たちのうち何人かが妊娠初期3ヶ月だった頃、すなわち先天性横軸形成障害が形成される時期が、例年以上の害虫が発生した時期にあたっていることが判明した。同氏は、農業組合で許可されている以上の農薬が使用された疑いがあると言う。

ではどのような農薬が使用されたのだろうか? そこで調査は行き詰まる。各農業従事者は使用した農薬名と量を記録することを義務付けられているが、独自に調査を進める人やテレビ局などに記録を見せる義務はないからである。

母親の一人は言う。妊娠中、「車の排気ガスを避けるために農地の周りを散歩するのを日課にしていました。でも、時々、目が痛くなったり変な匂いがして……あれが大量に散布されていた農薬だったのかもしれない」と。

また、インタビューを受ける農業従事者も言う。「とにかく大量生産、効率重視の今の時代に、農薬無しでは私たちは食っていけないんですよ。そして、その農薬は私だって、私の家族だって、子どもだって触れている。このままでいいのか?ともちろん考えます」と。

・ 農薬安全性試験説

新しい農薬を市販する前に、製薬会社は、人間や環境に対する安全性を確認するために農薬安全性試験を行うことが義務付けられている。フランスの場合、試験は農業組合の監督のもとで、あるいは民間の安全性試験企業によって行われる。しかし、試験はなんと開放された農地で行われる。だから、まだ安全性が確認されていない、もしかしたら危険な農薬が私たちの身体に触れる確率は十分にあるのだ。

フランス全体で40の農薬の安全性試験企業があり、大企業のうち1社は毎年3000件近くの試験を行っているという。農業省は試験記録を保管しているはずだが、このドキュメンタリー映画監督が連絡したところ、ノーコメントだったらしい。

・ 飲用水説

2019年4月、ローヌ・アルプ地方先天性障害機関の所長エマニュエル・アマー氏は「エン県の先天性横軸形成障害を持った子どもたちの母親たちはみな、同じ水道管の水を飲用水として使用していた。農薬、工場の排水が水道管に紛れ込まなかったかを今後は調査する」と発表。

また今年4月には、2016年6月から8月にかけてレ・ブッシュ・デ・ローヌ県で3人の先天性横軸形成障害を持った子どもたちが生まれていたことがnouvelobs紙電子版で報道されており、これに関しては、マルセイユ市近くのベール湖の汚染が問題視されている。フランス電力会社の水力発電所から排水が流れ込んでいるからだ。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

プラド夏樹の最近の記事