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「腕のない子どもたち」が生まれる原因は? フランス健康省の怠慢 (1)

プラド夏樹パリ在住ライター
先天性横軸形成障害を持って生まれるのは通常、新生児1万人に対して1.7人の割合(写真:アフロ)

フランスでは、この秋、先天性横軸形成障害(上腕あるいは前腕から末梢が欠損している疾患)を持った子どもたちが、ある特定地域に集中して生まれていることがメディアで発表され、国民を動揺させている。

これは、通常、新生児1万人に対して1.7人の割合で、フランスでは毎年約150人が持って生まれる疾患だ。遺伝性の場合もあるし、血流不全、薬害、コカインの使用、そのほか環境などが原因とされるらしい。ちなみに1957年から1962年にかけては、日本同様フランスでも、この疾患を持って産まれた子どもたちが急増した時期だった。サリドマイド事件といえば覚えていらっしゃる方も多いのではないだろうか。妊娠初期にサリドマイドが含まれる鎮静・睡眠薬「イソミン」や胃薬「プロパンM」をつわり防止のために服用した母親の胎児の四肢及び耳や内臓に障害があったのだ。

ところが、50年経った今、同じことがフランスの3地域で起きている。

17km以内で7人

2009年から2014年にかけてフランス北部のエン県で7人の新生児が先天性横軸形成障害を持って生まれた。いずれもドリュイラ村を中心として17km以内で生まれた新生児だ。なぜこの地域だけに7人も集中したのだろうか?

この実態を知ったローヌ・アルプス地方の先天性障害登録機関(REMERA)という先天性障害の研究機関は、健康省管轄下にある国民健康局(Agence nationale de sante publique)に報告し、2011年から警鐘を鳴らしていた。しかし、国民健康局は手をこまねくばかりだったという。

2014年、ロワール・アトランティック県、ナント市の近く、人口約1800人のムゼイユ市で2007年から2008年にかけて生まれた子どもたちのうち3人が、同じく先天性横軸形成障害をもっていることが報告され、ようやく国民健康局は重い腰をあげた。

そうこうしているうちに、2015年、ブルターニュ地方のモルビハン県、ギデル市では2011年から2013年にかけて4人の子供が同じ障害を持って生まれたことがわかった。この地域で唯一の産院がある国立ロリオン市病院も、ブルターニュ地方の先天性障害登録機関も、誰も、長い間、アクションを起こそうとしなかった。そして、先天性横軸形成障害を持った子どもの親たちもだ。

その一人、生まれつき左手がなかったシャルロットの母親であるイザベルさんは、先週発表されたル・モンド紙の取材の中で、ショックのあまり、また、母親としての罪悪感にさいなまされ、長い間、ただ途方に暮れるだけで何もできなかったと言っている。しかし、同じ街に、同じ障害をもつ子どもたち、アリエノールとレオがいることを知り、ブルターニュ地方の先天性障害登録機関に定期的に電話をして調査を促すようになった(しかし、こちらも、今のところ、何の返答もないらしい)。同じ思いを抱いている親たちと巡り合ったことで、「せめて、親として原因追及のために戦ったことを子どもたちに知ってほしい」と思うようになったらしい。

農薬疑惑

ところで、この3つの地域に共通しているのは、今は都市から流れて来た中産階級のホワイトカラーの人々と農民が共存しているものの、もともとは農村地帯だったことだ。そこで環境問題なのでは?農薬、あるいは家畜に与える薬剤が理由なのではないか?という声が上がり始めた。

騒ぎ始めたメディアに押され健康省が立ち上がったのは、最初の報告を受けたなんと7年後、今年の10月21日のことだ。健康省大臣アニエス・ブジン氏が「私だけでなく、フランス国民全体がどうして腕や手のない子どもたちがある特定地域に集中して生まれるのか知りたがっている。運命だから仕方がないでは済まない!」として、これまで何もしなかった国民健康局のみならず、外部の独立した立場の科学者に依頼して新たに調査を始めることを発表した。

そして10日後、10月30日、エン県ではさらに、2000年から2014にかけて11人の子どもが同じ障害を持って生まれていたことがわかった。この地方だけで計18人ということになる。どう考えてもただの偶然ではないだろう。

健康省が依頼した新調査の結果は1月末に発表される模様だが、もっと早くに対処していれば避けられたケースもあるのではないだろうか?今、ギデル市の4人の子どもたちには水泳をしたり、ダンスをしたり、屈託無い学校生活を送っているということだが、はっきりした調査結果を発表するなど、国としての責任を果たしてもらいたいものだ。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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