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騎手時代の経験を糧に躍進する調教師が、今週の大舞台に送り込む馬達のエピソード

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
さきたま杯で戦列復帰するレモンポップと田中博康調教師

浦和で復帰するレモンポップ

 本日19日に行われるさきたま杯(JpnⅠ)にレモンポップ(牡6歳)が出走する。
 管理するのは美浦・田中博康調教師。先週の東京競馬では、プリティディーヴァが新馬勝ち。今、最も勢いのある若手調教師の1人だ。

6月16日の東京競馬で新馬勝ちしたプリティディーヴァと田中博康調教師
6月16日の東京競馬で新馬勝ちしたプリティディーヴァと田中博康調教師


 レモンポップは2月24日に挑戦したサウジC(GⅠ)以来、3ヵ月半以上、間が空き、久しぶりの出走となるが、管理する調教師は「ここに来て調子を上げて、走れる状態にはなっているし、何よりも1800メートルから1400メートルに戻るのはこの馬にとって良いです」と語る。
 また、発表された12頭立ての7番枠という枠順に関しても、笑みを見せた。
 「枠順に関しては内過ぎず、外過ぎず。丁度良いと思います」
 昨年はフェブラリーS(GⅠ)とチャンピオンズC(GⅠ)というJRAに2つしかないダートのGⅠレースをいずれも完勝。サウジCを勝ったパンサラッサやドバイワールドC(GⅠ)勝ちのウシュバテソーロらを抑えてJRA賞の最優秀ダート馬に選定された。これほどの実力馬の出走態勢が整った上に願ったり叶ったりのゲートを引いたとなれば、当然、相当の確率で好結果が期待出来そう。

昨年のJRA賞最優秀ダート馬に選定されたレモンポップ(写真はチャンピオンズC優勝時)
昨年のJRA賞最優秀ダート馬に選定されたレモンポップ(写真はチャンピオンズC優勝時)

 しかし、若き指揮官は「必ずしも楽観視は出来ません」と口を開き、更に続けた。
 「これが東京のダート1400メートルなら自信を持てるのですが……」
 東京ダート1400メートルは23年の根岸S(GⅢ)など5戦して負け知らずの5連勝。最も得意な舞台なのは間違いない。この言葉の裏を返せば浦和競馬場がどうか?という事か。距離は同じ1400メートルなのだから、そういう事になるだろう。田中は言う。
 「はい。レモンポップにとって初めて走る競馬場になるし、なんといっても小回りですからね。そこだけが未知の不安があるかな……という感じです」
 また、当日は好天の予報だが、前日は大雨。それと関連したかは分からないが、落馬もあったので、その点にも眉をひそめる。
 「まずは無事に回ってきてくれる事。これはレモンポップに限った話ではないですが、全馬、全騎手が怪我も事故も無く、走り終える事を祈っています」

東京ダート1400メートルは写真の根岸S(GⅢ)を始め5戦全勝のレモンポップ
東京ダート1400メートルは写真の根岸S(GⅢ)を始め5戦全勝のレモンポップ

春のグランプリに挑むのは……

 大仕事に臨むのはレモンポップだけではない。週末には宝塚記念(GⅠ)にローシャムパーク(牡5歳)を送り込む予定だ。馬房の中をグルグル回るいわゆる旋回癖のあるこの馬だが、若き指揮官は手をこまねいているわけではない。
 「飼い葉の入った草カゴを馬房の外に吊るしたところ旋回癖がいくらか治って来ました」

ローシャムパークと馬房の外に吊るされた草カゴ
ローシャムパークと馬房の外に吊るされた草カゴ


 外に顔を出さないと食べられないという物理的な理由と、外を見る事が精神的に良い方へ向いているのだろうと、田中は推察する。
 「顔全体を草カゴの中に突っ込んで飼い葉を食べるのですが、これは特段悪い事ではないので、気の済むようにさせています」

草カゴに顔全体を突っ込んで飼い葉を食べるのがローシャムパークのスタイル
草カゴに顔全体を突っ込んで飼い葉を食べるのがローシャムパークのスタイル

騎手時代の経験を糧に

 このローシャムパークと、6月9日にエプソムC(GⅢ)で重賞2勝目を飾ったレーベンスティール(牡4歳)を香港へ連れて行き、かの地のGⅠに挑んだのが、昨年の暮れの話。今春には先述した通りレモンポップでサウジアラビアへ挑んだし、同馬は昨年も中東へ渡った(ドバイ)。このように世界狭しと活躍している田中だが、開業後の重賞初制覇は昨年1月の話。僅か1年数ヵ月前の事だった。同期で試験に受かった調教師が皆、次々と重賞勝ちを記録する中で、人知れずプレッシャーを感じていた中での初勝利。当日の夜、仲間内で行った祝勝会では珍しく酔い潰れていたが、しかし、これを境に一気に開花してみせたのである。

6月9日にはレーベンスティールが重賞2勝目となるエプソムC(GⅢ)制覇(左から2人目が田中博康調教師)
6月9日にはレーベンスティールが重賞2勝目となるエプソムC(GⅢ)制覇(左から2人目が田中博康調教師)


 騎手時代の2011年には「海外で乗ってみたいのですが……」と相談を受け、フランスの競馬関係者を紹介した。すると、その後、私の海外取材に積極的についてくるようになった。そんな努力は騎手時代の成績になかなか反映されなかったが、そんな時でも彼は言っていた。
 「海外で経験した事や学んだ事、日本との違いを知れた事などは、自分が馬に携わる人生の中で、凄くタメになったし、勉強になったし、転機にもなりました」
 立場を変えた現在、当時の経験が少なからず活かされているのは、この言葉からも疑いようがないだろう。
 近い将来、海の向こうでも祝杯をあげられる日が来る事を信じて、まずは今週、さきたま杯のレモンポップと宝塚記念のローシャムパークがどんな走りをするのか。注目したい。

2011年、初めてフランスへ渡った時の田中博康現調教師(当時騎手)
2011年、初めてフランスへ渡った時の田中博康現調教師(当時騎手)

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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