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5月9日「ゴクゴクの日」に考えたい収入に占める50リットルの水の値段

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
水くみをするモザンビークの母子(WaterAid/ Eliza Powell)

水をゴクゴク飲めるよう水環境について考える日

 5月9日は「ゴクゴクの日」。初夏の日ざしが気持ちよくなるこの日に、家や屋外でビールなどをゴクゴク飲んで爽快感を味わうと同時に、水に恵まれない地域の人々が水をゴクゴク飲めるよう水環境について考える日だという。

 そこで「ゴクゴクの日」にちなんで、水の値段について考えてみようと思う。

 日本国内の自治体の水道料金の差は、以下に示したように現在約10倍ある。

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 どうしてこのような差が生じるかは、Yahoo!ニュース記事「厚労省が水道料金見直しルール 安易な値上げの前に将来見通しを」にまとめた通りだが、今後その差は広がっていくとされているので、水道料金が上昇し、生活に負担に感じる人が増える可能性がある。

 だが、「ゴクゴクの日に思いをめぐらせよう」とされている「水に恵まれない地域の人々」はさらに深刻な問題を抱えている。

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開発途上国の水と衛生を支援する国際NGOウォーターエイドが、「水の価値とは?」というリポートを発表している。

 このリポートの中には、世界各地の「1日の収入に対する50リットルの水価格の割合」が示されている。

 50リットルとは、世界保健機関(WHO)が定めた「1日に最低限必要な水の量」。

 飲み水は1日に1人当たり3リットル程度必要だが、衛生的な生活を考えるとそれだけでは不十分だ。顔や手、体が洗えなかったり、衣服の洗濯ができなかったりして衛生状態が悪くなると病気に感染しやすくなる。それを防ぎ、最低限の衛生的な生活をするためには1日に1人当たり50リットルの水が必要だ。水というと飲み水のことがまっさきに頭に浮かぶが、生きていくには「ゴクゴク」以外にも「ゴシゴシ」などに水が必要だ。

東京の50リットルは7円。最低日収の0.09%

 さて、あなたにとって50リットルという水は多いだろうか、少ないだろうか。

 日本における1人1日当たりの平均水使用量は289リットル(国土交通省「水資源白書」平成26年版)で、それを風呂・シャワー、トイレ、炊事、洗濯などに使っている。50リットルは、1日の水使用量の17%ということになり、「今日から1日50リットルの水で過ごせ」と言われたら、不自由さを感じるだろう。

 では、日本における「1日の収入に対する50リットルの水価格の割合」はどのくらいだろうか。

 前述のとおり水道料金は各自治体によって異なるが、東京都の場合、1リットルの水道料金は0.14円なので、50リットルで7円。

 一方の収入もまちまちではあるが、厚生労働省が定める東京都の最低賃金時間額985円で8時間働いたとすると7880円。

 この数字から「1日の収入に対する50リットルの水価格」を計算すると0.089%になる。

モザンビークのアメリアさんの50リットルは13円。日収の12.5%

 ところが、この割合が高い国や地域があることが、「水の価値とは?」に示されている。

 モザンビークのマプト州郊外に住むアメリアさんのケースだ。

 アメリアさんは夫とモザンビークのマプト州郊外のボアネ郡に住み、2人合わせて1日100メティカル(約208円)で暮らす。この金額にはアメリアさんが自作のパンを売って稼いだ収入も含まれる。1日の収入は、アメリアさんと夫で2等分すると50メティカル(約104円)となる。

 アメリアさんの家では、3人の子供を含む家族5人分の食事や洗濯、風呂などに1日280リットルの水が必要だが、自宅近くに水源がない。そこで安全な水を確保するために、自宅の水道水を転売する違法な水売り人から買っている。価格は20リットルで2.5メティカル(約5円)。

 50リットルの水価格は、6.25メティカル(約13円)になるから「1日の収入に対する50リットルの水価格の割合」は12.5%になる。12.5%を東京の日収7880円で考えると、50リットルの水価格は985円になる。

パプアニューギニアのエリザベスさんの50リットルは261円で収入の54%

 次にパプアニューギニアのケース。首都ポートモレスビーでは、約半数の人が、急な坂道や洪水の起きやすい非公式の住居に住んでいる。ここは水道本管や下水管から離れているため、公共給水サービスを利用できるようになるまで、何年も待たなければならない。

 郊外にあるゲレカ地区に住むエリザベスさんは屋台でスナック類を売ることを仕事にしている。商売が順調にいった週の売上げは100キナ(約3486円)で、日収にすると約14キナ(約488円)。自宅近くに井戸があるが、覆いはなく水は汚れている。この水で体を洗い、洗濯するが、さすがに飲用・料理用には使えない。

 そこで「ウォーターボーイ」と言われる水宅配サービスから買っている。価格は50リットルで7.5キナ(約261円)で、収入の約54%を払わなければならない。54%を東京の日収7880円で考えると約4255円になる。

 このように「1日の収入に対する50リットルの水価格の割合」が高い国や地域は貧困に苦しんでいる。さらに水環境が悪く、水インフラが未整備なために、高い水を買わなくてはならない。水不足に目をつけた商売人が不当に高い水を売るケースもある。

 先進国の「1日の収入に対する50リットルの水価格の割合」は総じて0.1%程度だが、これは水道インフラが整備されているから。

出典「水の価値とは?」(WaterAid)
出典「水の価値とは?」(WaterAid)

 私たちは普段はそのありがたさを忘れがちだ。

 山に降った雨が、水道水として蛇口から出るまでにはとても長い旅をする。山に降った雨や雪解け水は、森の土にたくわえられ、長い時間かけて少しずつしみ出し、川として流れ、あるいは地面のなかにたくわえられた水がくみ上げられる。こうした水が浄水場に入り、その後、道路の下を網の目のように張りめぐらされた配水管を通って、家庭までたどりつく。水道の蛇口をひねると1分間に10リットルの水が出る。

水道が整備されているのは限られた地域

 「水に恵まれない地域の人々が水をゴクゴク飲めるような水環境」には水源の環境、インフラ環境などの意味合いがある。

 水道がなくても近くに安全な水があればよいが、それもない地域では、遠く離れた場所まで水くみに行かなくてはならない。水くみは、多くの国で女性や子どもの仕事となっている。女性や子どもは水くみに多くの時間を費やすため、働くことができなかったり、学校で勉強できないために働くためのスキルを身につけられなかったりして、貧困から抜け出すことができない。

幼い弟や妹の世話をしながら、毎日、何時間もかけて水くみをするマダガスカルの少女(WaterAid/ PATH/ Ernest Randriarimalala)
幼い弟や妹の世話をしながら、毎日、何時間もかけて水くみをするマダガスカルの少女(WaterAid/ PATH/ Ernest Randriarimalala)

 また、貧困層が水道を利用できないのは使用料を払うことができないからだと思われがちだが、今回のリポートによって収入の大部分を使って水を買っているという実態も明らかになった。

 事態を改善するための障壁は、まず資金不足。水・衛生に対する資金提供が必要だろう。

 それに加え、水政策に関する優先順位を上げる必要もある。多くの開発途上国では、保健と教育に比べ水や衛生に使われる予算は少ない。

 また、仮に水インフラがあっても、制度や管理体制が整っておらず、運用を続けるための技術者や管理者もいないケースがある。都市部であっても、最貧困層は社会的に排除されることが多く、水関連のサービスについて要望を聞かれたり、決定の場に参加したりすることはまずないという不平等の問題もある。

 5月9日「ゴクゴクの日」に、飲み水に感謝しつつ、こんなことも考えてみたい。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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