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厚労省が水道料金見直しルール 安易な値上げの前に将来見通しを

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
浄水場(イメージ/著者撮影)

水道料金はどう決まるか

 4月26日、厚生労働省が「水道事業者に3~5年ごとに水道料金の検証と見直しを求める方針」を決めた。料金見直しがルール化され、値上げの動きが広がりそうだ。

 そもそもなぜ水道料金が上がるのか。それには水道料金の算出方法をおおまかに知る必要がある。

 図のような分数式をイメージしてほしい。

水道料金算定のイメージ(分子部分のイラストは総務省資料より)
水道料金算定のイメージ(分子部分のイラストは総務省資料より)

 分子の部分には、施設・設備費(ダムや浄水施設、水道管などの設置、維持費用)、運営費(職員給与、支払利息、減価償却費、動力費や光熱費)、受水費(ダムや近隣の浄水施設からの水供給費用)などのコスト。

 それを分母の部分の給水人口で割って計算する。家庭での利用のほか、病院、ホテル、飲食店などでの利用も含まれる。

 分子のコストが増えた時、給水人口が減った時に水道料金は上がるとわかる。水道料金が違うのは自治体(水道事業者)ごとに分子、分母の数字が違うからだ。

 現在は、その2つがいっぺんに起きている。

<このニュースの内容を動画で解説>

人口減少で水使用量も少ない社会

 まず、分母だが、人口は減っている。現在の日本の総人口は1億2000万人だが、2065年には8800万人になると推計されている。

 付け加えると、1人が使う生活用水量も減っている。2000年頃は1人1日322リットルほどだったが、現在は297リットルほど。節水技術が進んだことによって水使用量は減った。

 たとえば、水洗トイレ。20〜30年前は1回流すと13リットルの水が流れていったが、現在では1回4・8リットルの便器が主流(最新型は4リットル以下)。一世帯で考えてもかなりの節水となるが、オフィスビルなどが建て替わるとトイレが一新され、大規模な節水が行われるようになる。そのほか家庭で調理する機会が減ったり、節水型洗濯機、節水型シャワーヘッド、食器洗浄機なども普及している。

 さらに水を大量に使用する病院、ホテル、大規模店舗、福祉施設などは、水道料金を削減したいと考え、自前へ井戸に切り替えた。大口需要を失い水道事業者は大幅な減収になった。

 水道が普及していった高度経済成長期は、1人あたりの水使用量はどんどん増えていく、人もどんどん増えていくという時代だった。しかし、時代は変わり、当初の需要予測を大きく下回ることになった。

インフラ更新に多額のコスト

 水道は高度経済成長期を中心に整備され、現在の普及率は98%になった。

 しかし、施設も水道管も古くなっている。

 全国に張り巡らせた水道網は66万キロ。そのうち法定耐用年数40年を経過した管路(経年化管路)は15%あり、法定耐用年数の1・5倍を経過した管路(老朽化管路)も年々増え続けている。

 厚生労働省は水道事業者に更新を急ぐよう求めているが、財政難から追いつかず、すべての更新には130年以上かかる計算だ。

 管路だけでなく浄水場などの施設の老朽化も大きな問題だ。老朽化した管は交換や修理が必要だが、人口減が続く自治体は水道料金収入も減少し、予算の捻出に苦しんでいる。

 こうしたことが水道料金値上げの背景にある。

まずは将来を見通した事業計画が必要

 インフラ更新は、設備の老朽化とともに定期的にやってくる。

 物価が上昇すれば、更新コストも上昇する。そして更新は1度だけではない。そこに水道事業がある限り、永遠に必要だ。たとえば1970年に設備投資のヤマがあれば、2020年頃に更新投資のヤマが来て、2070年頃に再度更新投資のヤマがくるはずだ(施設の材質などが同じ場合であれば)。

 一方で、まちの様子は変わる。人口が減少すれば、過去につくったインフラの稼働率は低くなった。

 「思ったより人が増えなかった」、「想像していたより早く人が減っていく」、「想定していた半分も水を使わない」ということになり、現在の水道施設の利用率は全国平均で6割ほど。つまり4割は余剰になってしまっている。

 業務の民間委託が進み、水道現場を担う職員の削減が加速した。水道職員が減ったことで、水道事業から専門性の高い技術が失われつつある。水道専門の職員をおかず、異職種間の人事異動を実施している事業体では、問題の先送りという事態も起きている。

 見通しが立てられないのには、首長や地方議員の無理解や勉強不足も影響している。まちの人口減少にきちんと向き合わず「企業を誘致すればうちのまちの人口は増える」などと考えていたり、過去に計画された合理性のないインフラ拡張工事をそのまま行ったり、選挙運動の際に「おいしい水道をもっと安い料金で提供します」などと、現実にそぐわない公約を掲げるケースもある。

 だが、人口が減り、水道施設がボロボロになっていくという事実は変わらない。

 そこでなるべく早く「自分のまちの水道をどうするか」というビジョンを立て、行動していくことが大切だ。施設・設備や管路の早期更新、長寿命化をはじめとする経営の「見通し」を立てることが急務なのだが、実際には「壊れたら直す」といった泥縄式の事業体もある。

料金値上げの前に適正規模化を

 将来の「見通し」をきちんと立てることのない、安易な水道料金値上げはあってはならないことだし、今回の「水道料金見直しルール」が、その免罪符となるのは最悪のケースだ。

 前述したような余剰施設をそのまま修繕するコストのための水道料金値上げになってはいけない。

 人口減少地域で必要なのはダウンサイジング。施設を減らしたり、小さくすることだ。

 水道は装置産業。多額の固定費がかかっている。現有施設を有効活用すること、大事に長く使うこと、無駄な設備を廃止していくこと、計画中の施設でも今後有効に使えないなら中止にすること。こうしたことで「分子」の部分を小さくしていくことができる。

30、40年後のまちの姿を見据える

 公共インフラは水道に限らず持続性が危ぶまれている。

 平成28年度の下水道統計によると、下水道管は、汚水管に雨水管、合流管を含めて約47万キロ。そのうち下水から発生する硫化水素の影響などで腐食リスクが大きく、定期点検を義務付けられた管は約5000キロあるとされる。支線についてはすべてが完了しているわけではないが、含まれるとこの10倍程度になると推察される。

 下水道管の老朽化に起因する道路陥没事故は年間3000件超。道路の陥没が起きると、地下に埋設されている水道やガスなどのライフラインが寸断され、日常生活に甚大な影響を与える。

 しかし、下水道経営は水道以上に厳しく、そもそも赤字事業だ。使用料収入を超える一般会計からの補填で成り立っている。今後更新時期を迎えるが、費用は水道の3、4倍かかり、さらなる一般会計からの繰り入れが必要になる。そうなると教育や福祉などに使うはずの予算が削られ、私たちは下水道を維持するために税金を支払うようになるだろう。下水道事業の破綻が自治体の破綻につながるケースもありそうだ。

 インフラストラクチャーとは「下支えするもの」という意味だが、インフラを下支えするために私たちが金を払うという社会が見えている。

 インフラを「いかに維持するか」という視点だけでは、対症療法的な議論ばかりになって、根本的な解決につながらない。そうした意味で、都市とは何かということから考え直す必要がある。

 現状をいかに地域で共有しするかが重要。自分の住むまちの30、40年後をイメージし、どのようなサービスが必要か、どのくらいの負担が可能かを、行政、市民がいっしょになって議論していく必要がある。

 具体的な手法は、'''Yahoo!ニュース「水道法改正 コンセッションではない生き残り策」'''にまとめた。

 厳しい現状を打破するには大きなパワーが必要だ。上下水道を取り巻く環境は厳しい。有収水量が減り、施設の老朽化は進み、水道職員は減少している。そして残念ながら多くの市民はそのことについての認識が薄く、おいしい水、安い水を求めている。

 現代に生きる私たちは、子や孫よりも自分たちの暮らしを優先しがちで、このままでは未来へ負の遺産を残してしまいそうだ。30、40年後のまちの姿を見据えたうえで、適正なインフラを設備し、持続可能な料金設定を行うべきだ。人口が減り、更新が必要な地域では水道料金の値上げは必要になるが、そのまえにやることがある。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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