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岸田総理が今後の水政策の方向性を示す。3分間の発言をひもとく

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
(写真:つのだよしお/アフロ)

内閣府水循環政策本部会合において岸田文雄総理が今後の水循環政策の方向性を示した。岸田総理の発言(政府広報オンライン) は3分弱だが重要な論点を多く含む。水に関する政策は暮らしに密着しているにもかかわらず馴染みが薄い。そこで総理の発言を紐解きながら、現状の水行政の課題を考えてみたい。

総理の発言は、冒頭の総論、各論1、各論2、各論3、行動計画の5つのパートからなるので、順に見ていきたい。

(総論)「今年度より水道行政が厚生労働省から国土交通省に移管され、上下水道一体となった行政が実現することとなりました。これを機に、人口減少、インフラの老朽化、カーボンニュートラルなど、現下の社会課題の解決に向け、官民連携で次の3点に重点をおいて、水循環政策を見直して参ります」

 そもそも内閣府水循環政策本部とは何か。水行政は複数の省庁にまたがっている。河川や下水道は国土交通省、農業用水は農林水産省など6省に関係し、従来から縦割りの弊害が指摘されていた。そこで水循環基本法(平成26年法律第16号)に基づき、水循環に関する施策を集中的かつ総合的に推進するため、内閣に水循環政策本部が設置され、本部長は内閣総理大臣、副本部長は内閣官房長官、水循環政策担当大臣が務める。

「今年度より水道行政が厚生労働省から国土交通省に移管され」・・・水道行政は厚生労働省から国土交通省へ移管された。そもそもなぜ厚労省が管轄していたかといえば、水道と健康が密接なものだから。日本国憲法には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」「国は(中略)公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」(第25条)と明記されている。この理念の基に1957年に「水道法」が制定され、全国の水道が急速に布設・拡張され、これを厚生省(当時)が担当した。

 国交省へ移管された背景には、水道持続の懸念がある。老朽化が深刻で年間2万件を超える漏水や破損事故が発生し、能登半島地震など災害に伴う長期断水も多い。国土交通省に移管され、災害対策や水道以外の社会資本整備と一体となった整備の促進が期待されている。その一方で、現在あるすべての水道インフラを維持するのは合理的ではないだろう。人口減少にともない水道事業は広げた傘を折りたたむ時期、施設を削減する時期を迎えている。人口が多い地域では既存の水道を維持するが、人口減少地域では以下に述べるような別の方法が必要になる。

 また、水道業務全般は国交省が所管するが、水質部分は環境省が所管することになる。ここは大きな課題を抱える。近年、全国各地の水道水源などから有機フッ素化合物が検出されており、対応が迫られている。世界を見回すと、有機フッ素化合物の基準値は厳しくなる傾向。厚労省から移管されたとはいえ、水道と健康は切っても切り離せない。

(各論1)「第1に流域全体として最適で持続可能な上下水道事業へ再構築を進めてください。令和6年度予算で創設した上下水道一体効率化基盤強化のための補助制度を活用しつつ上下水道一体でPFI、PPPを推進し、業務効率化を進めてください」

「流域全体として最適で持続可能な上下水道事業へ再構築」・・・流域とは降った雨が1つの河川に集まり海へ出ていく範囲。日本には1級河川で109の流域があり、2級河川ではさらに多い。どの範囲で最適化、再構築を図るのか議論が必要だが、(各論3)のエネルギー政策との関係で言えば、流域での水の流れ(水循環)を意識するということなのだろう。

「上下水道一体でPFI、PPPを推進」・・・公民が連携して公共サービスの提供を行うスキームをPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ:公民連携)と呼ぶ。このPPPのなかに、その前にあるPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアチブ)も含まれる。PPPよりもPFIを先に示したのは注力するということだろう。

PFIは民間の資金、経営能力、技術を活用して公共事業の建設・維持管理・運営を行うことで、「コンセッション方式」もその一形態。コンセッション方式は、高速道路、空港、上下水道などの料金徴収を伴う公共施設などにおいて、施設の所有権を発注者である公的機関に残したまま、運営権を民間事業者に売却するというもの。一般的に以下のようにメリット、デメリットが分析されている。

1)自治体と民間との契約期間が長い(20年程度)

 *メリット →自治体の財政負担が軽くなり、民間の経営は安定する

 *デメリット→競争原理が働かず公共サービスの質が低下する

       →変化に対して柔軟に対応できない

2)1つの事業者への包括的性能発注を行う

 *メリット →民間の技術やノウハウを活用することで業務改善が進む

 *デメリット→性能発注であるため業務プロセスがわかりにくく、価格上昇やサービス低下が起きても原因がわかりにくい

       →業務の委託先がコンソーシアム参加企業であることが多いために、個別業務間の責任の所在とお金の流れが不明確になる

3)自治体と民間とのリスク分担

 *メリット →民間のノウハウでリスク管理が徹底される

 *デメリット→民間がリスクを負担できない場合、サービスの途絶・質の低下が起きる

4)民間による資金調達

 *メリット →自治体は支出、借金が減少し、サービス対価を長期間にわたって分割払いするため財政負担が平準化される

 *デメリット→民間が途中で破綻した場合、自治体の負担が増加する

(各論2)「第2に水インフラの耐震化と災害時の代替性、多重性の確保です。今般の能登半島地震の教訓を踏まえ、全国の水インフラの耐震化状況を再確認するとともに、早期復旧を実現する災害復旧手法の構築、地下水等の代替水源の活用など持続可能で災害に強い水インフラ整備を進めてください」

「全国の水インフラの耐震化状況を再確認する」・・・全国の主要な水道管(導水管、送水管、配水本管など)の地震に対する適合率は41.2%(厚生労働省「水道事業における耐震化の状況」(令和3年度))。全国的に見ると耐震適合率にばらつきがある。神奈川県が73.1%でトップ、高知県が23.2%で最下位。能登半島地震で水道の被害が大きかった石川県は36.8%で、全国平均よりも低かった。ただし、石川県では耐震管であっても破損したケースがあるし、4月17日に地震の被害を受けた高知県は耐震適合率は低いが断水などの被害は比較的少なかった。耐震化状況だけではなく周囲の環境を合わせて見る必要がある。

 また、水インフラは上水道だけではない。下水道やかんがい施設(農業用水の供給や排水のためのダム、頭首工、用排水路、用排水機場など)の老朽化も進んでいる。

 日本全国に約47万キロの下水道管が布設されているが、このうち標準耐用年数50年を経過した管路は2017年に約1.7万キロ、2027年には約6.3万キロ、2037年には約15万キロになると予測され、すでに下水道管路に起因する道路陥没は年間4000〜5000件発生している。

 かんがい施設については、全国にダム、頭首工、用排水機場などの基幹施設は約7000、基幹水路は約4万9000キロあるが、その多くは戦後から高度経済成長期にかけて集中的に整備され、老朽化が進んでいる。点検、補修、補強は行っているものの、近年は年間1000件を超える突発事故(災害以外の原因による施設機能の損失)が発生し、その8割が老朽化が原因とされる。

 こうしたものも合わせてみていく必要がある。

「早期復旧を実現する災害復旧手法の構築、地下水等の代替水源の活用など持続可能で災害に強い水インフラ整備」・・・能登半島地震の被災地では断水が長期化するなかで自前の水を活用する人が現れた。井戸水や雨水を活用する人もいた。災害対策だけでなく人口減少対策として、小規模分散型の水インフラ技術は活用できる。地下水を水源として活用し、紫外線発光ダイオードで殺菌して安全な飲み水をつくる技術、生物浄化法といって微生物のはたらきで汚れた水を濾過する技術、民間企業が企画し住宅ごとに設備された膜ユニットによって水を濾過する技術も実装可能になっている。あとは自治体がどの技術を選び、どう管理するかが課題になる。

(各論3)「第3に水力エネルギーの最大限の活用です。水需要の変化を踏まえ、全国の各種ダム等の既存インフラをフル活用し、流域の関係者の連携による最適な水力管理を徹底し、官民連携による水力発電の最大化を実現してください。また、こうした議論をエネルギー基本計画の見直しにおいても進めてください

「水力エネルギーの最大限の活用」・・・再生可能エネルギーとして水力発電を最大限活用するという。1898年、グラハム・ベルが日本の帝国ホテルで講演をし、「日本を訪れて気がついたのは、川が多く、水資源に恵まれているということだ。この豊富な水資源を利用して、電気をエネルギー源とした経済発展が可能だろう。電気で自動車を動かす、蒸気機関を電気で置き換え、生産活動を電気で行うことも可能かもしれない。日本は恵まれた環境を利用して、将来さらに大きな成長を遂げる可能性がある」といっている。日本は雨の多いアジア・モンスーン帯に位置し、その日本列島は雨を集める装置の脊梁山脈で覆われている。ベルは、この日本列島の気象と地形を見て、水力エネルギーの宝庫であることを見抜いた。


「こうした議論をエネルギー基本計画の見直しにおいても進めてください」・・・ただ、単純に水力発電を推進するだけでなく、水とエネルギーの関係を見直す機会にすべきだ。現在の上下水道システムには、多くのエネルギーが使用されている。水源からポンプで取水し浄水場まで導水する、浄水場で浄水処理する、ポンプで各家庭まで送水・配水する過程で使われる電力は、年間約80億キロワット時。固定的にかかる電力量を節減できれば、水道経営は効率化できる。低い場所にある水源から取水して、高いところにある浄水場まで導水したり、遠くのダムから導水したりするのではなく、伏流水やコミュニティー内の地下水などの水源に注目し、高低差を活かして水を運べば導水や送水にかかっていた電力は減らせる。

2015年に水道事業を再公営化したフランスのニース都市圏には比較的高い標高の村々が点在し、地理的には約80パーセントが山間地域だ。ニース都市圏は山間地域へのサービスをいかに提供するかという悩みを抱えていた。山間部では漏水率も問題で、場所によっては水道管が敷設から100年を超えていた。この費用を生み出すことが問題だったが、取水施設や浄水場に小水力発電を導入し、これを都市圏に売電することでその費用をまかなうことにした。こうした考え方は日本でも応用できる。山間にある小さな水道施設は水道事業者からは「お荷物」のように見られることがあるが、位置エネルギーをもっており、小水力発電の拠点として活用することができる。発電量は少ないが、人口減少が著しい山間地域のむらづくりに活用され、流域上流部の山村の経済を下支えできる。

(行動計画)「こうした取り組みを通じて、水循環政策において、これまで進めてきた流域治水から、流域単位での水力発電の増強などのカーボンニュートラルの視点も含めた流域総合水管理に進化させていきます。水循環政策担当大臣を中心にこの夏を目処に水循環基本計画を改定するとともに関係政策の工程表を作成してください。以上です」

「流域治水から、流域単位での水力発電の増強などのカーボンニュートラルの視点も含めた流域総合水管理に進化させていきます」・・・気候変動によって水の流れが変わると、利水や農業生産にも影響が出る。そうなると治水だけを考えるのではなく、利水、林業、農業、環境のことも考える必要がある。つまり流域を生活圏と考え、治水を含めた取り組みを行うことが自然だ。上流域と下流域が連携して取り組むことも考えられる。上流域の課題には、集落の運営、森林の荒廃、耕作放棄地、鳥獣害の深刻化、生活支援、仕事の創出などがある。一方、下流域の課題には、エネルギー(温室効果ガス削減)、食料、災害の増加などがあるが、流域の自治体が連携することで新しい解決策を見つける可能性がある。流域を生活圏と捉え直すことで、持続可能な社会を実現するための施策の選択肢が広がるだろう。

「この夏を目処に水循環基本計画を改定する」・・・水循環基本計画は、水循環基本法に基づいて、水循環に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るために策定するもの。水循環に関する施策の基本計画という位置付けだ。水循環基本法では、「おおむね5年ごとに、水循環基本計画の見直しを行い、必要な変更を加える」こととされている。現在の水循環基本計画は令和4年6月21日に閣議決定されたから2年ぶりの見直しとなる。新しい水循環基本計画は私たちの暮らしに大いに関係するものなので注目したい。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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