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アメリカがクラスター弾をウクライナに供与する方針、自主規制政策の大転換

JSF軍事/生き物ライター
アメリカ陸軍資料より155mmクラスター砲弾M483A1と内蔵M42/M46子弾

 アメリカがロシアと戦争中のウクライナにクラスター弾の供与を行う方針です。アメリカの主要各紙は今週中の7月7日にも正式発表される見通しだと報じています。なお7月6日の記者会見で国防総省のライダー報道官は「ウクライナに不発率2.35パーセント未満のDPICM(対人・対装甲クラスター子弾)の供与を検討中」と受け取れる主旨の説明をしており、これはおそらく使用から一定時間後に自爆する機能を持つ信管が装着されたクラスター弾を指すものと思われます。

 クラスター弾は一つの親弾に多数の爆発性の子弾を内蔵する構造で、広範囲を面制圧できる利点がありますが、大量の子弾を放出することで不発弾が大量発生する問題点があります。不発弾を戦後も処理しきれず住民に被害を及ぼし続ける可能性から、国際条約で使用が大きく制限されている兵器です。

  • クラスター弾に関する条約(オスロ条約)・・・2008年調印、2010年発効。クラスター弾の使用や保有、製造を全面的に禁止する。ただしアメリカ、ロシア、ウクライナは参加していない。
  • ジュネーヴ条約やハーグ陸戦条約など(国際人道法)・・・上記のオスロ条約よりも古く以前からあり、民用物への無差別攻撃を禁止している。名指しされていないがクラスター弾は広範囲を面制圧する兵器なので、市街地での使用は無差別攻撃と解釈される場合がある。野外での使用は可。

 クラスター弾の使用禁止に関連した国際条約は複数あります。クラスター弾を名指しして強く禁止したオスロ条約が有名ですが、ロシアもウクライナもオスロ条約に参加しておらず、アメリカはオスロ条約に参加はしていませんが自主規制を行っている状態でした。

アメリカのクラスター弾自主規制の流れと政策の大転換

 アメリカはオスロ条約に参加していないものの、クラスター弾の自主規制を行い使用と製造を中止し、輸出を停止し、保有分を廃棄する方針で解体処分を進めている途中でした。国際的なクラスター弾反対運動の気運が高まった2003年に使用中止を決断、各国によりオスロ条約が調印された2008年に製造停止、翌年には輸出停止となっています。条約に参加していないにも拘らず事実上従っているのに近い状態でした。(追記:最終的な使用中止は2009年)

 それでも当初のアメリカの自主規制方針は「2018年を目標に不発率1%未満のクラスター弾を実用化して運用を続ける」という妥協案を採用する予定でしたが、子弾に自爆機能を付けても動作が保証されず不発率1%未満を達成することが技術的に困難と判明、規制を無期限に継続する方針となっています。

  • 2003年:クラスター弾の使用中止 イラク戦争がアメリカ軍の最後の使用
  • 2008年:クラスター弾の製造停止 MLRS/HIMARSのクラスター型ロケット
  • 2009年:クラスター弾の使用中止 イエメン空爆がアメリカ軍の最後の使用
  • 2009年:クラスター弾の輸出停止 ※一時的な措置
  • 2011年:クラスター弾の輸出禁止 ※CBU-97SFW対戦車自己鍛造弾を除く
  • 2017年:クラスター弾の使用中止を継続 ※不発率1%未満化の目途立たず
  • 2023年:クラスター弾の輸出再開 ※ウクライナ支援の一時的な措置

※追記訂正:アメリカ国防総省の正式発表ではアメリカ軍によるクラスター弾の最後の使用は2003年のイラク戦争となっていますが、実際には2009年12月17日にイエメン南部アビア県アル・ マジャラへのアルカイダを狙った攻撃で、TLAM-D(クラスター弾頭型トマホーク巡航ミサイル)のBLU-97子弾が使用されていました。参考:Cluster Munition Coalition U.S.

 アメリカはクラスター弾を製造停止して既に15年経っており、解体処分しきれていない残っている在庫の弾薬をウクライナに引き渡した後はどうするのかまだ判明していません。新しくクラスター弾の製造工場を建設するのか、あるいはオスロ条約に参加していない同盟国でクラスター弾の製造工場を持つ有力な国(韓国など)にウクライナへの供給を頼るなどの方法があります。

ロシア-ウクライナ戦争でのクラスター弾の使用状況

 ロシアとウクライナの双方が主力兵器として使用している旧ソ連製の多連装ロケット発射機「スメルチ」「ウラガン」の主弾薬がクラスター弾頭ロケット弾であり、開戦以来ずっと常用されています。この他にも短距離弾道ミサイルや航空爆弾、野砲の砲弾などでクラスター弾の使用が確認されています。この戦争でクラスター弾は珍しいものではなく、当初より普段から大量に使用され続けている兵器になります。

 このためウクライナはクラスター弾の使用自体は問題無いと認識しており(ただしロシア軍による市街地へのクラスター弾の使用は非難)、ロシアもクラスター弾を全く問題無いものと考えているので、ロシアにはアメリカによるクラスター弾のウクライナへの供与を非難することは出来ません。

 クラスター弾の使用を全面禁止すべきと訴えているヒューマン・ライツ・ウォッチなどの国際人権団体やこの理念に賛同する国家は、アメリカのクラスター弾のウクライナへの供与に反対するでしょう。ただしその場合でも当事国の全てがオスロ条約に参加していないので、条約違反と訴えることは出来ません。

ウクライナ:ロシアがクラスター弾で病院を攻撃 | ヒューマンライツウォッチ(2022年2月24日) ※開戦当日の使用の証拠。

クラスター弾の種類と効果、および代替手段について

 クラスター弾は内蔵する子弾の種類によって大きく分けて以下の3種類があります。このうち不発弾が大量発生する問題が特に大きいのが対人クラスター子弾と対人・対装甲クラスター子弾であり、汎用性の高さから対人・対装甲クラスター子弾が主流となっています。

  • 対人クラスター子弾 ※通称:ICM(改善型通常弾薬)
  • 対人・対装甲クラスター子弾 ※通称:DPICM(二重用途改善型通常弾薬)
  • 対装甲クラスター子弾 ※自律照準機能を持ち自己鍛造弾を打ち出す

※これら以外にも焼夷弾型や化学兵器型など特殊なクラスター弾がある。

対人クラスター子弾:ICM

 対人クラスター子弾ならば代替手段として「単弾頭の調整破片を強化して空中炸裂させる」方式で近い広域面制圧効果を発揮できます。実際にアメリカ軍はクラスター弾の代替手段として、18万個ものタングステン・ボール散弾を弾殻に内蔵した調整破片強化空中炸裂方式のオルタナティブ弾頭(代替弾頭)を開発して、MLRS/HIMARS用のM30A1ロケット弾の弾頭に採用して既にウクライナでも投入済みです。しかしタングステンの散弾は小さく細かいので装甲車両には効果が無く、対人および非装甲車両や非バンカー施設のみに有効という弱点があります。

対人・対装甲クラスター子弾:DPICM

 対人・対装甲クラスター子弾はDPICM (Dual-Purpose Improved Conventional Munition:二重用途改善型通常弾薬) とも呼ばれます。成形炸薬を内蔵して戦車の上面装甲を貫通する威力を持ち、榴弾としても機能して歩兵にも効果があります。そしてこのDPICMは「広範囲を面制圧して歩兵にも戦車にも全てに効果がある」という汎用性の高さが非常に便利で有効であり、同じような二重の効果を持つ広域面制圧用の代替弾を開発できなかったので、これがクラスター弾反対規制運動に対して軍側から強烈な抵抗が起きた理由でした。DPICMは使い勝手が良過ぎたのです。ウクライナが主に供与を望んでいるのはこのDPICMになります。

 アメリカ製のDPICMの例としてはMLRS/HIMARS用のM26ロケット弾(直径227mm)はM77子弾を644発内蔵しています。なお従来のアメリカ軍の計画ではM26ロケット弾は2016年までに全て解体処分済みの予定でしたが、ただし遅延しています。

 155mm榴弾砲用のクラスター弾の場合、M864砲弾は72発の子弾(M42子弾×48発+M46子弾×24発)を内蔵しています。M483A1砲弾は88発の子弾(M42子弾×64発+M46子弾×24発)を内蔵しています。おそらくアメリカからウクライナに供与される主なクラスター弾はこれらの155mm砲弾になるでしょう。なおトルコが保有していた古いM483A1砲弾が2022年の段階でウクライナに極秘に引き渡されたとする証拠の写真が既に出回っています。

M42とM46の外観は同じで、M46には調整破片の加工が無い(弾殻内壁のエンボス加工が無い)。理由は強度を上げてセットバック時の圧縮破壊を防ぐ目的。親弾に封入した子弾の下三列がM46。
※セットバック(慣性後退):弾丸及びミサイルなどが発射又は飛行中に加速するとき、信管などの内蔵部品が慣性によって後退する運動。
M864はベースブリード弾で、砲弾底部から燃焼ガスを放出し後方乱流を吹き飛ばして空気抵抗を低減する。子弾収納数が少ない代わりに射程が長い。

 この他にアメリカには航空機用のクラスター爆弾などもありますが、自由落下型の爆弾は航空優勢が取れていない状況では使い難くなります。スタンドオフ攻撃が可能なJSOW滑空誘導爆弾にクラスター弾型の設定はありましたが、ただし在庫が残っていない可能性があります。

ATK社の2007年の資料より、底部からDPICMの子弾を放出する155mmクラスター砲弾
ATK社の2007年の資料より、底部からDPICMの子弾を放出する155mmクラスター砲弾

 155mmクラスター砲弾は先端付近に内蔵した少量の炸薬を起爆して、子弾を後方に押し出してお尻から放出します。砲弾は高速回転しているため、押し出された子弾は広がって拡散して行きます。それぞれの子弾は後部に装着したリボンが空気抵抗を受けて姿勢を安定させながら、弾頭の成形炸薬のライナーコーンを下向きにして急角度で落ちていきます。これは戦車の上面装甲を貫通しやすい角度で直撃させるためのDPICMの特徴です。

 この急角度で落ちていく子弾は塹壕の中に飛び込みやすいという副次的な効果を生みます。DPICMのクラスター弾は野外で広域を面制圧できるだけでなく、塹壕戦でも効果的な打撃力を発揮できます。

対装甲クラスター子弾:センサー付き自己鍛造弾

 対装甲クラスター子弾は上空で放出された後にゆっくり落ちて行き(パラシュートまたは回転ウィングレットなどの抵抗ブレーキ手段)、目標の装甲車両をセンサーで自動で識別して照準し、自己鍛造弾(EFP)を打ち出して攻撃を行う高知能化弾薬です。面制圧が目的ではなく、直接目標が見えていない曲射砲撃での遠隔攻撃で移動目標を撃破することが目的です。対装甲車両に特化した弾薬です。

 対装甲クラスター子弾の代替手段の場合は2つ方法があります。1つは「オスロ条約の規制条件の範囲内の子弾搭載数に抑える」という手段です。(1)爆発性の子弾が10個未満で、(2)それぞれの子弾が4kgよりも重く、(3)単一の目標を探知し攻撃できるよう設計がされており、(4)不発弾となった時に、自己破壊装置及び(5)自動的に爆発機能を止められるような自己不活性機能を備えている条件ならば、条約で許可されている合法的なクラスター弾です。これは代替手段というよりは子弾内蔵数を大幅に少なくしたクラスター弾になります。

 ドイツ製の「SMArt 155」やスウェーデン/フランス共同開発の「155 BONUS」といった155mm榴弾砲から発射する対装甲クラスター砲弾は、内蔵するEFP子弾が僅か2個で、その他の条件もクリアしているので、オスロ条約に違反しません。これらは既にウクライナに供与済みです。

 もう1つの方法は高密度自己鍛造弾(マルチプルEFP)という設計で、単弾頭から積層したライナーにより自己鍛造弾(EFP)を多数を打ち出す方式です。詳しくは解説記事:クラスター爆弾の代替を目指す自衛隊の新型兵器「高密度EFP」を参考にしてください。ただし高密度自己鍛造弾はまだ実用化されていない兵器なので、ウクライナへの供与の可能性はありません。

 なおオスロ条約非対応型の古い設計の対装甲クラスター子弾(CBU-97SFWなど)であっても、親弾の子弾搭載数はそれほど多くはなく、自爆機能付きでそれなりに不発率も低く、使用機会そのものが少ないので投入量が少なく(対装甲車両用で歩兵や兵站拠点などには効果が低い)、大きな不発弾の問題は生じません。不発弾の問題については、やはり子弾の数が非常に多くなるICMやDPICMの方が重大なものになるでしょう。

関連記事:自爆機能付きクラスター弾でも不発弾の問題は解決しない

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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