違反店を利用客に密告させる? 飲食業界を破壊する「愚策」
コロナ対策を強化するための「新たな仕組み」とは
西村康稔経済再生担当相は2日の記者会見で、新型コロナウイルス対策の強化に向けて、飲食店の感染対策状況を利用客が報告する「新たな仕組み」を導入すると発表した。感染対策の「第三者認証制度」の基準が守られているかどうかを、グルメサイト上のアンケートに回答し、国から情報提供を受けた都道府県が「違反店」を指導するという。
具体的には、店の利用客が「食べログ」「ぐるなび」「ホットペッパーグルメ」の3つのグルメサイトを通じて、座席間隔・マスク着用状況・手指消毒・換気などの対策が講じられているかどうかをアンケート形式で回答する。収拾した情報は国や都道府県だけで共有し、グルメサイトは保持しない。国はシステムに関する問い合わせを受け付けるコールセンターも開設する(参考記事:産経新聞 7月2日)。
従来より、飲食店のコロナ対策については足並みが揃っておらず、しっかりと感染対策をしている店とそうでない店との差がある中で、一律的な時短要請や協力金の支給などが問題視されていた。そのため、政府は「第三者認証制度」の推進を都道府県に推奨してきた経緯もあり、今回の施策はそれをさらに強化させる目的があるのだろう。
「第三者認証制度」を強化するのは誰の責任か?
「第三者認証制度」を強化していくことは、飲食店にとっても利用客にとってもメリットがある。その先例であり、政府も参考にしているのが、山梨県の「やまなしグリーン・ゾーン認証」だ。同制度では39項目の細かな認証基準が設定されており、飲食店はその基準に従った感染防止対策を行った上で申請し、県が実際に店へ足を運んで調査して基準を満たしている店に対して認証する仕組みになっている。
4月には政府から各都道府県知事に対し、飲食店の感染防止対策を徹底するために、すでに一部の自治体で成果を上げている「第三者認証制度」を参考に導入する旨の事務連絡が出ている(参考資料:内閣官房「飲食店における感染防止対策を徹底するための第三者認証制度の導入について(5月改定)」)。これに応じる形で、東京都の「徹底点検 TOKYOサポート」プロジェクトをはじめ、各都道府県でも第三者認証制度の導入が進められている。
しかしながら東京都を例に取れば、それまでに「感染防止徹底宣言ステッカー」の配布や「コロナ対策リーダー」などの取り組みなど、いくつも類似する施策が後から出てきており、第三者認証制度について飲食店側の理解が追いついていないケースが散見される他、そもそもの周知が万全であるとは言い難い。さらに申請したものの現場確認が追い付かずに遅れている事例もみられる。
今回の政府の発表は、それをより強化するための仕組み作りというのは理解できる。しかしながら、そもそも「第三者認証制度」というのは、店側の自己申告を自治体が追認する仕組みを客観的に第三者が判断するものであり、それを利用客にチェックさせるというのは、自治体が設置した「第三者認証機関」に信頼性が無いということと同義ではないか。そしてその信頼性の担保を利用客に委ねるというのは無責任極まりない。
飲食店と利用客、そしてグルメサイトの関係を壊す「愚策」
今回の仕組みでは飲食店を利用した客が、グルメサイトを通じてその店のコロナ対策を評価することになっている。飲食店側からすれば利用客から「監視」されているような形になり、利用客は飲食店を「密告」するような形になる。そしてグルメサイトはその密告場所を提供するような形だ。これによって飲食店と客の関係性が変わってしまう懸念がある。
この仕組みはある意味「性善説」に基づいた設計になっているが、残念ながら実際にはそうならない可能性が高い。例えば利用した飲食店に対して、コロナ対策の不備以外での何らかの不満(接客や料理など)を持った客が、虚偽の報告をする可能性がある。あるいは同業他社からのリークなどもあるだろう。これらの事例は、コロナ以前より採点式のグルメサイトなどでは問題になっていた点だ。
さらに一般的なグルメサイトは、端的に言えば飲食店の広告媒体であり、飲食店による広告費がグルメサイトの収入源になっている。飲食店からすればお金を払って広告を出している媒体を通じて、自店のコロナ対策がチェックされていることになる。これは飲食店とグルメサイトにおける従来の関係性を壊しかねない。
百歩譲ってもし「第三者認証制度」を強化するために利用客のアンケートを取りたいというのなら、自治体のホームページなどに報告や相談の窓口なりフォームを設置すれば良い。その窓口をグルメサイトに委託するというのは、より多くの人が簡便にリーチ出来るというメリットを取ったのだろうが、上述したデメリットの方が遥かに大きい。
繰り返すが「第三者認証制度」を万全なものにするのは行政の責任である。その信頼性を強化するために利用客やグルメサイトを巻き込むのはやめて頂きたい。