ブルースの申し子:クリストーン・“キングフィッシュ”・イングラム登場
クリストーン・“キングフィッシュ”・イングラムのデビュー・アルバム『キングフィッシュ』が、ブルース・ミュージックを21世紀に継承する作品として話題を呼んでいる。
20世紀初頭にアメリカ黒人のあいだで生まれたブルースは、ロバート・ジョンソンやマディ・ウォーターズ、B.B.キングなどの巨人を生み、ロックやジャズなどの源流となってきた。もしブルースが存在しなかったら、我々の知る現代のポピュラー音楽はかなり異なったものになっていただろう。
21世紀においてもジョー・ボナマッサやゲイリー・クラーク・ジュニア、ホワイト・ストライプスやブラック・キーズらがブルースのイディオムを取り入れながら独自の音楽スタイルを築いてきた。
それに対して1999年生まれ、20歳のクリストーンは100年以上におよぶブルースの伝統を背負う存在だ。ブルースの“聖地”と呼ばれるミシシッピ州クラークスデイルに生まれ育ち、名門レーベル“アリゲイター・レコーズ”からのデビュー。バディ・ガイとケヴ・モが全面支援する彼は、現代におけるブルースの申し子といえる。
「クラークスデイルを訪れる人は、常にブルースを感じるだろう。俺たちはブルースを生きている。俺が育ったのは、ロバート・ジョンソンが悪魔と契約を結んだといわれる十字路(クロスロード)から10マイル離れた通りだった。ブルースは生活の一部なんだ」
4歳のときに父親にマディ・ウォーターズTVのドキュメンタリー番組を見せられ、ブルースに魅せられたというクリストーン。地元の“デルタ・ブルース・ミュージアム”の講座でギターの手ほどきを受け、15歳のときにはホワイトハウスでミシェル・オバマ大統領夫人(当時)の前でライヴ演奏を披露している。
北米やヨーロッパのフェスティバル、船上クルーズ・ライヴなどで大観衆にそのギターの腕前を見せつけたことで、クリストーンの知名度と人気は上昇していく。その高評価は、まだレコード・デビューすらしていない状況下で米“ローリング・ストーン”誌が「クリストーン“キングフィッシュ”イングラムはブルースの未来か?」という記事を掲載したほどだった。
複数アーティストの出演するフェスやイベントでジャム・セッションに参加したことも、彼の実力をミュージシャンやファンに知らしめることになった。“新世代3大ギタリスト”の1人と呼ばれ、2019年6月には来日公演も行うテデスキ・トラックス・バンドのデレク・トラックスも「メンフィス郊外のイベントで一度共演したことがある。信じられない腕前をしているよ!」と太鼓判を押している。
そんなクリストーンと契約を交わしたのが“アリゲイター・レコーズ”だ。ハウンド・ドッグ・テイラー、アルバート・コリンズ、ジョニー・ウィンターなどで知られるブルースの名門レーベルである“アリゲイター”が 白羽の矢を立てたというのは、彼が“なんちゃって”ブルースでなく、“本物”であるという証明書にサインしたようなものである。
また、20世紀の黄金期から活躍を続ける伝説的ブルースマン、バディ・ガイが彼をバックアップしているというのも大きな話題だ。
「B.B.キングのバンドでやっていたドラマー、トニー・T・C・コールマンが俺の友人で、バディに俺のプレイを聴かせてくれたんだ。『キングフィッシュ』のプロデューサー、トム(ハンブリッジ)はバディのアルバムを何枚もプロデュースしてきたし、ゲスト参加をお願いしてみた。快諾してくれたよ」
バディはクリストーンのデビュー・アルバム『キングフィッシュ』の先行リーダー・トラック「フレッシュ・アウト」に参加、クリストーンとのギター共演を聴くことが出来る。
また、ケヴ・モが6曲に参加。クリストーンが「ずっとファンだった。彼のスピリット、ソングライティングなどすべてが素晴らしい」と敬愛し、アメリカン・ルーツ・ミュージックへの造詣が深い彼を得たことで、アルバムにはさらなる幅と厚みが生まれている。
『キングフィッシュ』の音楽性について、クリストーンはこう語っている。
「ギターを弾き始めた頃は、トラディショナルなブルースを弾くことに満足していた。でも徐々に“俺らしさ”を意識するようになったんだ。いろんなタイプの曲が入っているんだよ」
「アウトサイド・オブ・ディス・タウン」でのエレクトリックなロック風味ブルース、「イフ・ユー・ラヴ・ミー」のマディ・ウォーターズ「ゴット・マイ・モジョ・ワーキン」ばりのアッパーなブルース、「ハード・タイムズ」でのアコースティックなフォーク・ブルース、「ザッツ・ファイン・バイ・ミー」のブルース&ソウル・バラードなど、アルバムには“ブルース”と呼ばれる音楽のさまざまな姿が描かれている。多彩な曲作りのスタイルで魅せながら、どの曲にもクリストーンらしさが貫かれているのに驚嘆させられる。
ギブソン・レスポールやES-355、フェンダー・ストラトキャスターとスターキャスター、マイケル・シャートフが作ったカスタム・ギターなど、アルバムで幾種類ものギターを弾いている彼だが、そのプレイにも独自のアイデンティティがあり、ブルース界から大きな期待がかかるのも納得だ。
「バディ・ガイは尊敬しているし、アルバート・キングとリトル・ミルトンが2大フェイヴァリット。B.B.キングやフレディ・キングも好き」と語るクリストーンだが、ブルース・オンリーというわけではなく、メタリカやブルー・オイスター・カルト、イーグルスなどのロックも愛聴しているし、プリンスを敬愛、イマドキの若者らしく、ヒップホップにも傾倒している。
「ネイト・ドッグが好きなんだ。知ってる?ネイトは俺と同じ、ミシシッピ州クラークスデイル出身なんだよ」
100年以上におよぶブルースの伝統を受け継ぐことに、クリストーンは躊躇がない。アルバム発表後にはツアーが行われるが、筆者(山崎)とのインタビューでは「日本にもブルース・ファンはいる?ぜひ日本でライヴをやりたいね」と、ブルースの福音をこの国にも伝える意志を見せていた。
「ロックもジャズもヒップホップも、根っこにあるのはブルースだ。根っこは決して死なない。50年後もブルースを弾いていたいね」
クリストーンは“ブルースの未来”だろうか。アルバム『キングフィッシュ』に、その答えはあるだろう。
なお2019年6月25日発売予定のブルース&ソウル・レコーズ誌8月号にクリストーンへのインタビュー記事が掲載予定だ。