デンマークの建築デザインはなぜ世界的に有名なのか
デンマークの現代建築は個性的で奇抜だ。ノルウェーに住んでいる筆者からすると、全く異なるマインドセットが市民・政治家・建築業界になければ、こうはならないと感じる。2023年には首都コペンハーゲンはユネスコ世界建築都市にも指定された。そこで、デンマーク建築センター(Danish Architecture Center)の広報ヨハンネさん(Johanne Troelsgaard Toft)に、デンマーク建築のデザイン性の高さの背景を取材した。
「市民はそういうことは普段は意識していないでしょう。でも他国と比較すると、デンマーク人のDNAにはデザインや建築がアイデンティティとして組み込まれているのだと私は感じています」とヨハンネさんは語る。
国王の街づくりから、建築×美術の学校設立へ
まず、デンマークのデザイン建築の美しい歴史の基盤を作ったのは、ロイヤルファミリーだった。
「1500年代には王が作った建物がたくさんあります。この時代、デンマークには建築家がおらず、建築学校もありませんでした。だから、国王がオランダやフランス、イタリアから建築家を招聘したのです。国王が建てた多くの建物を見ると、他国の建築を参考にしたものが多くなっています」
そして「1754年、エキサイティングなことが起こった」とヨハンネさんは目を輝かせる。
「自国の建築学校を設立したのです。重要なことは、学校が『美術アカデミーの一部だった』ということ。このことは、デンマークの建築家たちの建築に対する見方や仕事の仕方に影響を与えました」
「フィンガープラン」計画をコペンハーゲン市民はみんな知っている
80年代から90年代にかけて、破産寸前だったコペンハーゲンは土地の一部を売り払い、メトロを建設し始めた。首都の都市計画で欠かせないのが「フィンガープラン」計画だ。1947年に策定された「5本の指」計画は、中心部から5本の指が伸びた手の形に由来しており、これによって緑地と都市の開発をコントロールすることができた。このイラストはコペンハーゲン市民の間では常識だが、そもそもこのような都市開発の図を「市民みんなが知っている」ことは普通ではない。
ヨハンネさん「私はコペンハーゲン出身ではないのでフィンガープランのことは知らなかったのですが、コペンハーゲンの人たちは誰もが市が策定したこの計画を知っているようです。戦後、この計画をもとにコペンハーゲンにはたくさんの建物が建ち並びました。今日では、一部では海面上昇を防ぐために緑のエリアが必要なので、この計画がまだ機能しているかどうかが議論されています」
世界的に有名なアイコンが市民の誇りに
アルネ・ヤコブセンがデザインしたイスを祖父母から受け継ぎ、世界的に有名なイスが居間にあるのはデンマークの家庭では珍しいことではない。ヤコブセンによる建築も今だに都市空間の一部として愛されている。このような「アイコン」たちの存在の影響は計り知れない。
「都市計画家であるヤン・ゲールは、今でもたくさんのトークショーなどに参加しています。彼は50年代に妻とイタリアに行き、都市空間で人々がどのように行動するのかを研究したんです。例えば、『ベンチがあれば座るのか?』『木があれば、そこにいたいと思うのか?』などね。そして彼は、『人々がいたくなるような都市空間』における『メソッド』のようなものを作り上げたんです。彼は今や世界中に大きな影響力を持ち、専門家でもあります。世界中の多くの都市計画家が助言を求めているんですよ」
「ビャルケ・インゲルスがデザインした建築物が日常生活にあり、彼らのようなアイコンが世界中で有名であることも、デンマーク人の誇りを高めています」
市民が都市開発の議論に参加する民主主義社会
「コペンハーゲンではここ20~25年の間に都市が大きく変貌しました。その一例が港の浄化です。以前は大きな船が行き交う工業港でした。工業地帯を外に移した結果、水はきれいになり、今は泳いだり、小さなボートを漕いだり、たくさんのレクリエーション活動が可能な、特別な都市空間となったんです」
土地開発が進む中、市民は『美しいか』『醜いか』などの議論にも参加するる。これはノルウェーなど北欧他国でも同じだが、市民が都市開発の議論に積極的に参加する風景は、日本に住んでいたものからすると大きなカルチャーショックである。議論が激しくなるほど、計画が遅れることもあるが、民主的なプロセスとして非常に大事にされている。
ヨハンネさんは「昔よりも今はさらに市民が民主的な議論に参加している」とさえ感じているそうだ。
デンマーク政治家の建築デザインに対する理解
この国の政治家は病院、図書館、公民館などを建てる際に、「常に建築家を巻き込むことを重視してきた」ことも関係しているとヨハンネさんは説明する。
「『建築は富裕層のためだけではなく、市民みんなのためのもの』という考えが基盤であることは、とてもデンマーク的なものなのだと思います」
「もし政府が建築家をと建物を作ることを決めたのであれば、『それは金持ちのためだけの建物ではない』ということに気づくことが重要です。学校、市庁舎、図書館、病院など。戦後、社会全体を再構築する際に、政府は『良質なデザインに投資しよう』と考え、『デンマーク建築=良質なデザイン』という考えが浸透しました」
「私たちはたくさんの税金を払いますが、払ったお金は全ての市民に良質な建築物として還元されます。だからこそ建築家は今も『どうすれば社会に還元されるような建物になるか』を必死に考えてデザインしているんです」
建築デザインはデンマーク人のDNA
「他国と比較して、デンマークの若者も建築に対する関心は高いと感じるか」と聞くと、「DNAの一部だと思う」という答えが返ってきた。
「例えば、60年代に建てられた多くの学校や公共施設は、建築家たちによって作られたものです。『空間がどうあるべきか』を考えたのが建築家だった。だからデンマーク人の多くは、建築家によって作られた公立学校で椅子に座ったことがあります」
「恐らく教育現場にも関係してくるでしょう。学校では手工芸・デザインが義務科目です。学校は『aesthetic(エステティック/美的感覚)でなければならない』という考えのもとで教育しています。このエスティックは『生活の質』に還元されます。だからこそ自分の周囲には素敵で機能的なもので取り囲み、清潔な水などを加えて生活の質をさらに高める必要があるのです」
窓など室内空間へのこだわり
そして日本でもよく紹介されるように、北欧の人はマイホームや室内インテリアを気にかける。
ヨハンネさん「たぶん、あらかじめそういう文化があったのでしょう。レストランに出かけたりせず、人を家に招き、自分の家が素敵であることを望んでいたから」
ただ、ゲストが来る時にいかに自宅を素敵にするかは、市民意識に変化が起きていると話した。
「キャンドルは今、何かが変わりつつあると思います。火がついた本物のキャンドルが室内にあるのは、品質的にあまり健康的とはいえないからです。多くの人がそのことに気づき始めていると感じています」
人口増加と海面上昇によるこれからの課題
今のデンマーク建築は「持続可能」で「気候排出量を増加させない」建築方法に強いこだわりがある。この環境・気候への配慮の起源は、1968年に初めて月から地球の全体像が撮影された写真にあるそうだ。『地球はこんなにも小さい、だから私たちは地球のエコシステムを守らなければ』と、デンマーク人の考え方に大きな影響を与えたという。「月からの地球の写真」がまさかデンマーク建築のデザイン性の高さに関係しているとは、筆者は思いもしなかった。
ヨハンネさん「しかし一方で、私たちはまだ家を建てる必要がありますし、質の高い建物を建てる必要もあります。ですからこの分野では、建築家がさまざまな方法でアプローチできることを示しています。古い醜い建物があれば、普通なら壊して新しい建物を建てるでしょう。その方が簡単です。しかし、例えばある建築家は、既存の資材の90%を再利用しようと決めて、ドアや壁を取り払いました。そして壁を使って階段を作ったりしています」
「80年代、90年代にはコペンハーゲンに住みたがらなかった人たちが、今ではコペンハーゲンに住みたがっています。人口増加の大半は、以前は家を持つために引っ越していた家族がコペンハーゲンに留まるようになったからです。その結果、学校や家族が必要とするアクティビティに対する新しい需要も生まれています。しかし、市に住む人が増えることは、市への負担も増えることです」
だからこそ、「持続可能な建築」がこれからの鍵となるのだとヨハンネさんは説明してくれた。それはユネスコ世界建築会議での主要テーマでもあった。
Text: Asaki Abumi