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「自作の曲を演奏できなかった作曲家、JASRACに敗訴」の件の判決文が公開されていました

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

今年の4月に「自作の曲を演奏できなかった作曲家、JASRACに敗訴」というニュース解説記事を書いています。「(シンガーソングライターののぶよしじゅんこさんが)東京・八王子市にあったライブハウス"X.Y.Z.→A"でライブを開催するため、自分で作詞・作曲したオリジナル曲を含む12の楽曲の利用をJASRACに申し込んだ。 しかし、"X.Y.Z.→A"との間で、著作物の使用料相当額の清算ができていないとして、JASRACに利用申し込みの受付を拒否された。のぶよしさんは2018年、ライブが開催できず、精神的苦痛を受けたとして、約220万円の支払いをもとめて提訴した」という裁判でJASRACが勝訴したという話です。その後、控訴したという話は聞きませんので、判決としては確定したものと思います(修正:ご本人のfacebookによれば控訴されたようです)。

当時、裁判所のサイトに判決文が載らなかったので、もう公開されることはない(地裁判決文はすべて公開されるとは限りません)と思っていましたが、いつのまにか公開されていました。おそらく、原告の本名等、一部情報を非公開にする手続に時間がかかっていたものと思われます。

基本的な内容は過去記事で書いたことと変わりありません。JASRACが第三者の個別許諾要求を拒否するのは応諾義務違反で違法であり許されないという原告側主張に対して、裁判所は、原告は”第三者”ではなくライブハウス側の人間であり、ライブハウスに代わって演奏利用を申し込んだに過ぎないので、利用を拒絶する正当な理由があったと判断したということです。なお、原告となったアーティストは他にも2人いますが判断は同じです。

他にも、過去記事で触れていなかった興味深いポイントが何点かあります。原告は「自分の楽曲」と主張しているので、当然に個人で直接JASRACに信託していたのかと思いましたが、実際には株式会社ブラスティーという音楽出版社に権利を譲渡していました。JASRACと契約しているのは原告ではなくブラスティーです。

メジャーレーベルの場合には、CD等で楽曲を使用する際には、作詞家・作曲家は著作権を音楽出版社に譲渡してから、音楽出版社がJASRACに信託譲渡(あるいは、NexToneに管理委託)するのが通常です。インディーズや自主制作の場合には、作詞家・作曲家が直接JASRACに信託譲渡することもあります(なお、NexToneには今の所音楽出版社経由の委託しかできません)。

これにより、著作者としての権利に基づく主張(たとえば、受益者として使用料の配分を受ける権利)はすべて根拠なしと判断されました。

また、「被告(JASRAC)の楽曲管理の方法が不適切であるため,演奏した楽曲の使用料が同原告に配分されなかった」との訴えもなされています。原告は、「X.Y.Z.→A」での演奏許諾が得られなかった後に、別のライブハウスで個別許諾を得て無事ライブをやっているのですが、その時の演奏料が支払われていないという訴えです。これについては、「本件許諾店舗(この別のライブハウスのこと)は,被告(JASRAC)に対し,本件10月演奏に係る本件2曲の使用を報告し,被告が,ブラスティー(音楽出版社)に対し,本件2曲に係る使用料を支払っているとの事実が認められる」と認定されています。

訴える前に原告が音楽出版社に確認すれば済む話と思うのですが、JASRACは金をごまかしているに違いないという思い込みがあったのでしょうか?今回の場合、音楽出版社はファンキー末吉さんのバンドのマネジメント事務所でもあり、アーティスト側の立場と思われるので、JASRACを訴える前にまずは音楽出版社と十分な意思疎通を行うべきだったのではと思います。

また、原告は、憲法21条(表現の自由)が保障する演奏の自由の侵害も主張しています。

第二十一条

1、集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

2、検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

日本の法制度では、憲法の人権規定違反を問えるのは国や公共機関に対してだけであり、私的組織を憲法違反であると訴えることはできません(間接適用説)。今回の訴訟では、原告代理人弁護士がいますので、さすがに、

被告(JASRAC)は,私的団体であるが,長きにわたり,音楽著作権を独占的に管理し,著作権等管理事業法所定の公的規制を受ける著作権等管理事業者なのであって,我が国において,被告の関与なしに音楽関連業務を営むことは不可能な状況にあることなどからすれば,被告は,国の行為に準ずる高度に公的な機能を行使する者として,国家と同視され,憲法の適用を受けるべき団体である(米国法上の国家行為の理論)。

という理論構成を行っていますが、裁判所は、

一般社団法人であり,著作権等管理事業法上の著作権等管理事業者にすぎない被告の行為に憲法の人権規定を直接適用する法的な根拠はなく,米国法上の国家行為の理論も適用の余地はない。

ということで一蹴しています(これはしょうがないと思います)。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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